史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道- -162ページ目

史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道-

史佳の日頃考えていること、感じていること、普段着を着ているようなリラックスしたコラムを紹介します。
史佳が一度三味線を持ったならば、どんな場所でもそこがライブ空間となる。三味線一本で世界どこへでも行ける。
世界への糸道、さぁ、出発だ!

弘法大師さまの聖域、奥の院です。


気候もちょうどいいようだ。


マネージャいわく、空気薄くない??だって。



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歴史上の人物のお墓が沢山あります。


ひでよし、みつひで、みつなり、いえやす、


だんじゅうろう、


自然の気が満ちている。



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へびを発見。


結構長いじゃん。白へびは神の使いと言うし。


なんかの前触れか?


背中がわずかに白いからね。白へび。



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後ろからも。



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さぁ、ここからは聖域。写真撮影がこれ以降できません。


この奥に、弘法大師さまが今も生きておられます。


その途中に「みろく石」があります。四方を木の枠で


囲んでいて、手を入れます。


その石を片手でもって、台にのせることができたら


善人、できなかれば悪人だそうです。


ひろのぶが挑戦しました。


なんと軽々と台の上にあげちゃいました。善人だぁ!!


証拠写真が撮れないのが残念。


相当重いのよ。


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ぼくも今回で5回目くらいの奥の院ですが、持ったことが


ありません。決まっているでしょう。


ぼくは、悪人ですよ。間違いなく。自分が一番良く分かる。



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平成27年が1200年という節目。


その年に、高野山で演奏会が出来ればと思っています。



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ここが三宝院さまのお部屋。曼荼羅という最高級のお部屋です。


紀野先生が階段が危ないということで、私たちが使わせて


いただきました。


ここは、紀野先生のお部屋なのですよ。




8年ぶりの高野山での演奏がこれから始まります。


あたらしい歴史を作れるか、いや作りたい



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さぁ、歴史をつくろう


いざ、出陣



フミヨシです。


私が会社をやめて、新潟に帰ったのが2000年1月。


私はこの2000年という年に、生涯の恩師と出会うのである。


会社を辞めた私は、重いうつ病を患ったままの状態がつづき、


生きる希望を無くしかけ、人生の歩みを止めていた。


わたしにとってまさに、どん底であった。


そんな私に、母は「どうせ暇なんだから、三味線でも触ってなさい。


気がまぎれるわよ」 と一言。


それも一理あると思い、三味線を10年ぶりに触ってみた。


そしたら、どうだろう。


手が自然と動いて、曲が弾けた。


「なんだこの感覚は!!!」


何も能力がないと自分を否定しつづけた会社員人生。


その私に三味線は、やさしく語りかけてくれた。


「ふみよし、三味線ならやれそうじゃないか」


そう語ってくれているようであった。


それから、私は三味線に無我夢中になる。


そして、2000年4月  そう運命の出会いが待っていた。


大阪リーガローヤルホテルで


あるお寺の伽藍祝賀会でアトラクション出演をしていた。


新潟高橋竹山会のメンバーと20人程度での出演であった。


この大阪リーガローヤルホテルの2キロほど先には、


私が4ヶ月前まで勤めていた会社ビルがあった。


色々な複雑な思いをめぐらし、その出演にのぞんだ。


三味線にのめりこんでいた時期なので、必死だった。


祝賀会会場は、大変な賑わいで、三味線の合奏の音すら


聞こえない状況であった。


目の前で、平気で名刺交換をするお坊さんたち。


一切私たちの三味線に耳を傾けることのない来賓者。


「なぜ、この人たちは、私たちの三味線をきいてくれないんだ!!」


と心で憤り、その気持ちが表情に表れていた。まさに鬼の形相で


踏ん反り返って演奏していた自分がいた。


その演奏から一週間くらいたったある日のこと。一本のビデオテープが


送られてきた。主は、紀野一義と書かれてあった。


さっそく開封してみる。お手紙には、こう綴られていた。


先日の大阪での公演大変素晴らしかった。あのような環境ではなく、


ぜひ私の主催する仏教の会で、演奏してごらんなさい。


その会が真如会であり、高野山結集だったのである。2000年9月に


私は高野山に行く・・・・・。


送られてきたビデオには、私の演奏のアップがおさめられていた。


すごく恥ずかしくなった。あの会場で、紀野一義先生は、間違いなく


私たちの演奏を聴いていてくれたのである。


私は、ビデオに映っている自分の姿をみて、恥ずかしくなり、また


あることを悟った。それは、どんな状況であろうとも、その一瞬に


ベストを尽くすのが演奏家ではないのか。



久しぶりに紀野先生と高野山三宝院でお会いできた。


89歳をお迎えになられる。



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大広間で紀野先生のご講話を拝聴する。


題材は、四国お遍路と良寛の話題が中心。


偶然にも、私が今後取り組みたいことと一致していた。


これは、お告げだろう。と思った。



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講話が終わり、午後からは奥の院を散策した。


弘法大師さまが今をいきておられる聖域である。



高野山散策から戻り、三宝院様で記念撮影。


精進料理の夕食です。さぁて、たのしみ。



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真如会結集。8年ぶりの結集です。



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二の膳まである。一の膳にあるのが、ゴマ豆腐。


このゴマ豆腐が美味しい。



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仏教の業界用語では、この飲み物を


アワ般若(はんにゃ)というそうです。


喉乾いたね。ぐいっと行きますか。


水般若もよろしくお願いします!!!


水般若って、きまっているじゃん。


つまむきのおんさけ(爪むきの御酒)


日本酒の始まりは、邪馬台国時代にさかのぼる。


お米を爪でむいて、女性の口に入れて、そのお米を


口から出す。そうすると、唾液で米が発酵して


お酒ができるのです。


日本酒の起源です。




「微風揺撃」


紀野一義先生の書かれた書です。こうありたいものです。



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さぁ、ほろ酔いになったところで、明日の予行練習と


いきましょう。


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初めて、三味線の音を聞かれた方も、多くいらっしゃいました。



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ほろ酔いの音色も、いいものだわ。



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大盛況。一曲のはずが、アンコール!!!



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アンコールを終えて、ご挨拶。



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おおきに。ありがとうございました。


明日のパフォーマンス、楽しみです。



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