史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道- -161ページ目

史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道-

史佳の日頃考えていること、感じていること、普段着を着ているようなリラックスしたコラムを紹介します。
史佳が一度三味線を持ったならば、どんな場所でもそこがライブ空間となる。三味線一本で世界どこへでも行ける。
世界への糸道、さぁ、出発だ!

弟子空海、性薫(しょうくん)我を勧めて還源(げんげん)を思いと為す。
経路未だ知らず、岐(ちまた)に臨んで幾びか泣く。

源とは大日如来の法身、
すなわち大自然とひとつになった我が身体、我が心

源に還った時、 風の風伝 は Legend に。
 

さぁ、8年ぶりの高野山ライブ。


まずは、津軽今昔をソロで。


いすに座られているのが紀野先生。


どどどーーーん。


八年前の耳の感覚と、今の感覚を無意識に比べている。


こんなに音大きくでてたっけ?音が回って返ってくる印象。


やれそうだ。必要以上の硬直もない。自然と曲に入れた。



小林史佳F'projectのブログ


続いて親子共演で、綜合曲。


親子共演で、ますます皆さん、曲に吸い込まれていく。



小林史佳F'projectのブログ


続いては北前の旅。


プログラムは、どんどん盛り上がっていく。


津軽じょんから新節の演奏は、華麗な撥さばきと


指さばきがみどころ。


気負いなく丁寧に演奏する。


じょんから節のあと、紀野先生が声をあげた。


「すばらしい」


会員の皆さんもどっと沸く。


さぁ、プログラムは、越中おはら節、そして三下りメドレーと


進んでいく。




残り2曲は、フミヨシの独奏で締めくくる。


Roots -tabibito-


このとき、2000年4月のあの話を会員の皆さんに


はなしかけたときだった。


突然、涙が溢れ出してきた。


なみだがとまらない。なぜだろう。なぜだろう。


やばい。号泣とはこのことだ。


すべての情景が克明に頭に浮かんできた。


Roots -tabibito- を泣きながら演奏したのは初めてだ。



小林史佳F'projectのブログ


会員の皆さんも涙をながしている。


そして、最後の即興曲。私は皆さんにこう訴えた。


「ぼくは、最近お客様から三味線がじょうずになった


うまくなったね。とよく言われる。しかし、正直なところ


ぜんぜん嬉しくない。うまくなるために三味線をしている


のではないからです。世界中の人に感動を与えられる


三味線を奏でたいのです」


さぁ、即興の大勝負だ。どこに向かうふみよし。。。。。






即興演奏終了後、付き添いの人がいないと


立てなかった紀野先生が、お一人で私に


近づいてきてくれた。あやうく転びそうでひやっとした。


体より先にこころが動いたように見えた。


紀野先生からのおことば。


「おみごと!!!」


ぼくに三味線の道を啓いてくれた恩師、神様が


発してくれたこのことば・・・そして


「君の名前は?」



・・・

こばやしふみよし といいます。紀野先生


ありがとうございました。



この瞬間、ぼくは、新生フミヨシになったと悟った。





小林史佳F'projectのブログ

小林史佳F'projectのブログ

小林史佳F'projectのブログ

小林史佳F'projectのブログ


この紀野先生との一瞬のやり取りは、


ぼくの三味線人生において、最大、最高の瞬間だった。


何かを突き抜けた感覚があった。


放心状態、興奮状態。。。。




突き抜けたのであれば、次はその解き放たれたエネルギーを


放出するのみである。



新生フミヨシの音色、まずは、佐渡小木ライブで、真価を試してみよう。



紀野先生、本当にありがとうございました。


これからも、どうぞ、お元気で長生きされてください。


また、三味線演奏させてください。