史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道- -15ページ目

史佳Fumiyoshi 普段着コラム -世界への糸道-

史佳の日頃考えていること、感じていること、普段着を着ているようなリラックスしたコラムを紹介します。
史佳が一度三味線を持ったならば、どんな場所でもそこがライブ空間となる。三味線一本で世界どこへでも行ける。
世界への糸道、さぁ、出発だ!

お正月、大吟醸酒を飲み干した史佳です。

よし、明日から禁酒だー!!

説得力ないね、、、、、汗、汗、汗

さて、

1月2日の熱い答弁はこちら。。。

なぜ、ミュージシャンは飯が食えないのか???

ここを話すと、今の音楽業界を敵にまわしかねない。

だから、やめておこうと思う!!


なんて、うそ!!!!

語らせてもらうよ。

まずさ、東京に2年出てみて感じた事。

すばらしいミュージシャンが沢山いるのだが、

そのほとんどが、アルバイトをしながらの活動である。

しかも、演奏ギャラに関しても、非常に厳しい現実が

あるようである。

プロダクションや音楽事務所が入っていれば

なおさらの事。末端のミュージシャンには、日当くらいしか

はいらない現実がある。

なんで、日本の音楽業界は、今の現状なのか。

それには、海外と根本的に、音楽への取り組みが違うのである。

日本の音楽業界は、電気メーカーに依存しているのである。

海外は、まったくそれがない。

あまり、語りだすと、それこそ、バッシングされるだろうから

このへんにしておこうか?

名物プロデューサーもいなくなったよね。

売れなければ、自分の首が飛ぶ訳だからね。

冒険ができないわけだ。。。

ははは、まったくつまらん。


史佳が、飯が食えている理由は、ただひとつ。

非常にシンプル。

その音楽業界にそまっていないからだ。

三味線の道に再び戻ってきた時、決意したことは

ただひとつ。三味線イッポンで飯をたべること。

家族を養う事。

ミュージシャンは、飯が食えないという

常識を覆したいのだ。

本当に、いいものをもっているのに、

それが発揮されないで埋もれる事が一番残念だからね。

だから、今年からは、自分のことだけでなく、

若手のミュージシャン=アーティストに目を向けて

いこうと思っている。

今年からの新しい取り組みも、そのうち明らかになるだろうね。

まぁ、皆さん、楽しみに待っていてください。

史佳、40代になるから、

そろそろ、後継者育成にも動かないとだね。




新年明けましておめでとうございます☆

今年も、熱いブログをお届けいたしますので、

よろしくお願いいたします!!

今年の干支は、馬ということで、

ビシッと、元旦のブログは、

決めていきますよ。

「千里の馬は常にあれども、

伯楽は常にあらず」

これは、唐の時代の人物の作。

千里を走る資質を持った馬は、常に存在するけれども、

良馬と見極めて、その資質を見いだし名馬にする人は

極めて少ないという意味。

伯楽(はくらく)とは、馬を見極める職業の人のことで、

千里の馬とは、人材の育成の喩え


ぼくにとっての伯楽とも言える方が、去年12月28日に

お亡くなりになりました。91歳の長寿を全うされました。

ぼくが、恩師にはじめてお会いしたのが、2000年4月。

大阪の’とある’お寺の祝賀パーティーの時であった。

2000年4月と言えば、ぼくが会社をやめて4ヶ月しか

経っていないときである。

人生のどん底のとき、三味線が、ぼくを復活されてくれたのだが、

そのまさに真っただ中に、この出会いは起こったのだ。

三味線で飯を食べれるか分からないけれども、がむしゃらに

この時期、三味線と向き合っていた。

そんな折、大阪で新潟高橋竹山会の合奏の仕事が舞い込んできた。

しかも、大阪のリーガロイヤルホテルが会場である。

ここは、ぼくが辞めた会社からわずか1キロしか離れていない

のである。こんなことって、あるんだよね。

ぼくにとっては、この4月の演奏は、まさにリベンジに近い

思いがあった。大阪からは、負けて帰ってきたのだから。


その祝賀会で、演奏が始まったのだが、

会場は、相当に賑やかで、だれひとりとして、三味線の演奏など

聴いていないように思われた。

ぼくは、前列の一番左側で演奏をしていた。

目の前では、お坊さんたちが、名刺交換やら、なんやらかんやらで

騒がしかったのだ。

ぼくは、三味線でなんとか頑張りたいと思っていた時期だから、

心の中で、こう思った。

「なんで、この坊主!! 三味線の演奏を聴かんのじゃ」

言い方は汚いだろうけれども、本当にこう思ったのだ。

だから、ぼくの表情は、こわばっていたことだろう。



その大阪公演から、数日後の事、ぼくの自宅に、1本のビデオが

届いたのだ。その宛名が、今回亡くなられた恩師である。

そのビデオには、ぼくたちの合奏の演奏が収録されていたのだ。

そして、その合奏の中、ぼくの姿に焦点が絞られていく。

まさに、面白くない表情で演奏している自分の姿があった。


その恩師のお手紙には、こう書かれてあったのだ。

「素晴らしい演奏をありがとう。

ぜひ、高野山で私たちの仏教の会の皆さんに聴かせたい。」


ぼくは、すごく恥ずかしくなったのだ。面白くない表情で

演奏していたにもかかわらず、この恩師は、そこを責める事無く、

素晴らしかったと言ってくれたのだ。

だれも聴いていないとおもっていた会場に、この恩師は、

僕めがけて、カメラを回していたのである。


この恩師との出会いがなければ、今の史佳の三味線演奏家と

しての立場は、無かっただろう。


その恩師が、その高野山演奏会で、みんなの前で

言ってくれた事があるのだが、

それは、まさに、恐れ多いお言葉であったので、

公に語る事は、これからも無いのだが、

それを、今も最終目標に挙げている。

言ったところで、チープになるからね。

このお言葉を実現できると、確信している。


その恩師が、12月28日に天国に召された。

ご冥福をお祈りします。

そして、その思いを、1月19日のライブに

込めたいと思います。

なるほど、新曲のタイトルは、2週間前に

決まっていたのだが、、、

そういう意味もあるんだな。。。

なるほど、

まさに、神様だったね。ぼくにとって、、、


さぁ、今年の史佳

初心に戻ったところで、

名馬を目指して、突っ走るよーーーーーーーーー☆☆☆



あの大阪公演以来、ぼくがずっとやってきている事がある。

それは、どんなに賑やかな場所(宴会場、渋谷スクランブル交差点)

でも、どれだけの人を振り向かせる事ができるかってね。

俺の三味線が、魂が入っているという事はそういうこと。

他のプレイヤーと一緒にするなよ。

音楽は、魂が入ってこそ、人を感動させることができる。


出た杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれないらしい。

出過ぎた杭になろう!!!





史佳です☆

年の瀬だけど、以外と落ち着いている史佳です。

ブログのテンションが上がってきてますね。

連日のように熱いブログですが、

それくらい、新曲がカッコいいのよ!!

テンションが上がらずにはイラレナイ☆

それに、

腹括ったからだな、、、ははは、

さて、新春の史佳が観れるのは、

1月4日

なんと、東京学館新潟高等学校の書道部の皆様と

コラボレーションが実現します。

なんと、史佳のオリジナル曲での書道パフォーマンスが

観れます。

前回、ブログ同様、書道づいております。

書のパフォーマンスに、史佳のオリジナル曲を採用して頂いた

書道部の先生、本当にありがとうございます!!

これぞ、先見の明

どのオリジナル曲でやるのかは、当日のお楽しみということで。

詳しい情報は、

2014年1月4日(土)
新潟日報メディアシップ みなと広場
10:20~


お酒抜けてなくても、きてくださいね!!!



首の筋がつってきたぞおお!!

去年のレコーディングを思い出す。

はやく、体のメンテにもいかないと。