ほどなくして、遺族から連絡を受けた葬儀社が寝台車で迎えに来た。
「お世話様です。加藤様のお迎えに参りました町屋祭典です」
寝台車を止め、降りてきた40代半ばくらいの、
ちょっと人のよさそうな男が、霊安室の前で待っていた兼子に声を掛けた。
「ああ、どうぞ」兼子は素っ気なく言い放った。
葬儀社の男は霊安室に入ると、遺族と挨拶をかわした。
そのまま待合所で話し込んでいたが、話が一段落した頃、兼子に近寄って、
「もう出発してもよろしいですか?」と聞いた。
「ちょっと待って、まだ見送りが来てないから」
兼子は見送りの看護婦たちが来るのを待つように言った。
「ちょっと」そして葬儀社の男を霊安室から廊下に連れ出した。
「あのさあ、遺族からは何ももらってないんだけど、このまま行く気?」
兼子はどう見ても年上の相手に対して敬語を全く使わず、そう言った。
相手も同業者ということもあり、露骨な心付けの催促だった。
「ああ、そうなんですか、失礼しました。私が立て替えておきますので」
そう言うと男は一旦その場を離れ、内ポケットから小さな包みを出した。
包みにボールペンで表書きをすると、
中に3000円を入れ、兼子に差し出した。
「はい、それじゃありがたく」
兼子はその包みをポケットにしまい、
何事もなかったかのように霊安室に入っていった。
そのうち、見送りの看護婦がようやくやってきた。
遺族は丁重に謝意を告げ、故人の遺体とともに寝台車で病院を出ていった。
それを見届けた兼子と舟木は霊安室に戻り、舟木が焼香台を片付けた。
兼子は事務所で包みの中を確認して、
「何だ、たったの3000円か。あんなに言ってやったのに」
相変わらず憎まれ口を叩いていた。