葬儀小説 【連載】三途の川のツアーコンダクター

葬儀小説 【連載】三途の川のツアーコンダクター

ご愁傷様です。僕たちは三途の川のツアーコンダクター。元ホテルマンの葬儀や営業部長をモデルにした葬儀小説の連載です。人生とは本当の幸せとは葬儀とは。

「ご愁傷さまです 俺たちは三途の川のツアーコンダクター」 情優志 


葬儀小説 【連載】三途の川のツアーコンダクター-ご愁傷様です



葬儀社の敏腕営業部長として病院の冷暗室に勤務している、元ホテルマン木野。
病院で亡くなった方々をお迎えしながら、葬儀の仕事を取るのが仕事。
お葬式は人生の縮図であり、病院や霊安室では、さまざまな人間模様が繰り広げられます。
亡くなられた肩をお世話していた看護婦、駆け付けた家族の思い。
葬儀の舞台裏を明かしながら、時に悲しく、時にユーモラスに、時に穏やかな語り口で、
物語は進んでいきます。
人生とは何か、本当に幸せの死とは、葬儀とは何かを考えさせられる作品です。
ここでは、この物語の連載をお読みいただくことができます。

第1話からどうぞ⇒こちらから
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夕方になると泊まり勤務の清水と舟木が出勤してきた。
木野は二人に婦長からの情報を話した。

そして、夜中の1時過ぎ、霊安室の電話が鳴った。

「はい、霊安室です。ああ、婦長お疲れ様です、木野です」
「はい、はい、そうですか、お待ちしておりました!おっと、失礼いたしました」

待ちに待った1501号室の出動要請に、
木野は思わず口にしてはならないことを口走ってしまい、舌を出した。

電話を切り、クリーニングから上がったばかりの白衣を取り出した
木野は舟木を呼んだ。

「舟木8、いくぞ。清水、
悪いけど舟木にも1501号室を見せてやりたいから留守番しててくれ」

「はい、いいですよ。舟木、ヘマするなよ」
「任せておいてください。木野さんが一緒ですからね」

『コンコン』
「失礼いたします。この度はご愁傷様でございます。
故人様を霊安室にお連れいたします」

木野はいつもより丁寧な口調で深々と一礼した。

ベッドには亡くなったばかりの北大路房枝(享年64)が寝ていた。
傍らには夫の北大路隆雄、長男、次男、長女の各夫婦、
それに孫たちと大勢が房枝の最期を看取っていた。

そして、婦長の斎藤も看護婦二人を従え、
の部屋で木野たちが迎えに来るのを待っていた。

木野と舟木はみんなが見守る中、
房枝の遺体をこの上なく慎重に扱い、霊安室へと運んだ。

霊安室で遺族たちは順番に線香をあげ始めたが、
人数が多いため時間がかかるので、木野たちは一度事務所に下がった。

「これは上客に間違いない。家族たちの身なりを見れば一目瞭然だ」

木野が小声で事務所にいた清水に耳打ちをする。

「へえ、そうですか」
思わず清水が事務所から焼香をしているところをのぞき込む。
「いやあ、ほんとうですね。これは絶対頂きましょう」

そのうち遺族たちの焼香がおわった。
そして一番後ろで見守っていた斎藤が
「私もよろしいでしょうか?」

と、遺族に了解を得てから線香をあげた。

「さあ、あなたたちも」斎藤は一緒に来ていた他の看護婦たちにも、
線香をあげるよう促した。


この日、木野は婦長の斎藤静江に誘われ、
病院内の食堂で昼食を共にしていた。
「木野さん、この前はチケットありがとうございました」

「とんでもありません。楽しんでいただけましたか?」
「お陰様で最高だったわあ」
「それは良かった」

「ところで、ちょっと木野さんの耳に入れておきたかったことがあるんですけど、
1501号室の北大路さん、いよいよ危ないのよ」

「えっ!1501号室といえば、ここで一番高い個室じゃないですか」

「そうよ。だから木野さん、がんばってね。私もお宅のこと、それとなく話しておいたから」
「ありがとうございます!なんとしてもうちで扱いたいですね」

「実は担当医の栗林先生が来週からハワイ旅行なのよ。

だから今夜あたりになりそうなの。私もずっとお世話をしてきたから、
今日は泊まろうと思ってるのよ」

「えー、またハワイですか?それにしても担当医が旅行に行く度にこれじゃ、
患者さんの家族もかないませんねえ」


「まあ、我々にとってはありがたいことですけどね。わかりました、私も待機しています」
「そう、それじゃそのときはすぐ連絡するから、お願いね」

「はい、いつもありがとうございます」
二人は無意識に小声で会話していた。
ほどなくして、遺族から連絡を受けた葬儀社が寝台車で迎えに来た。
「お世話様です。加藤様のお迎えに参りました町屋祭典です」

寝台車を止め、降りてきた40代半ばくらいの、
ちょっと人のよさそうな男が、霊安室の前で待っていた兼子に声を掛けた。

「ああ、どうぞ」兼子は素っ気なく言い放った。

葬儀社の男は霊安室に入ると、遺族と挨拶をかわした。

そのまま待合所で話し込んでいたが、話が一段落した頃、兼子に近寄って、
「もう出発してもよろしいですか?」と聞いた。

「ちょっと待って、まだ見送りが来てないから」
兼子は見送りの看護婦たちが来るのを待つように言った。

「ちょっと」そして葬儀社の男を霊安室から廊下に連れ出した。
「あのさあ、遺族からは何ももらってないんだけど、このまま行く気?」

兼子はどう見ても年上の相手に対して敬語を全く使わず、そう言った。
相手も同業者ということもあり、露骨な心付けの催促だった。

「ああ、そうなんですか、失礼しました。私が立て替えておきますので」
そう言うと男は一旦その場を離れ、内ポケットから小さな包みを出した。

包みにボールペンで表書きをすると、
中に3000円を入れ、兼子に差し出した。

「はい、それじゃありがたく」
兼子はその包みをポケットにしまい、
何事もなかったかのように霊安室に入っていった。

そのうち、見送りの看護婦がようやくやってきた。
遺族は丁重に謝意を告げ、故人の遺体とともに寝台車で病院を出ていった。

それを見届けた兼子と舟木は霊安室に戻り、舟木が焼香台を片付けた。

兼子は事務所で包みの中を確認して、
「何だ、たったの3000円か。あんなに言ってやったのに」
相変わらず憎まれ口を叩いていた。

『トゥルルル……』今日も霊安室の電話が鳴る。
「はい、霊安室です。ああ、どうもお疲れ様です。はい、はい、わかりました。
それでは早速伺います」

「出ました。412号室、加藤様だそうです」
舟木が書き留めたメモを見ながら木野に言う。

「よし、兼子、頼むぞ」
「はい」

事務所には木野と舟木、それに兼子哲夫(31歳)が待機していた。

白衣を着た兼子は舟木を従えて、
担架を乗せたストレッチャーを押し、病室へ向かった。

今回の亡くなった患者は高齢の女性で、
病室に寄り添っていた家族たちも覚悟ができていたらしく、落ち着いていた。

兼子と舟木はいつもどおり、遺体を丁重にストレッチャーに乗せ、
遺族とともに霊安室へと戻ってきた。

舟木はすぐに焼香の準備を整え、遺族たちに焼香を促した。

全員が焼香を終えると、これもいつもどおり、
兼子がそっと近付いて、遺族に声を掛けた。

「この後、どうされますか?故人様をご自宅に連れて帰られますか?」
「はい、そうします」遺族の一人が兼子の方を向いて返事をした。

「そうですか。それで葬儀社はもうお決まりですか?
まだでしたら、私どもでご搬送からご葬儀までお手伝いをさせていただきますが」

「いえ、もう頼むところは決まってまして、もうすぐここに来ることになっています」

「ああ、そうなんですか……わかりました。じゃあ、ここで待っててください」
兼子は急に冷めた態度になり、とっとと事務所に引っ込んでしまった。

「どうだった?」事務所に入ってきた兼子に木野が聞く。
「だめっすねえ」兼子は椅子にドカッと座り、答えた。

「まったく、最近の遺族は準備がいいってゆうか
……事前に葬儀社を決めちゃってることが多いですよねえ。
まだ本人が生きているうちに。本当、罰当たりな」

しかし、それは葬儀社の言い分で、いざというときのために備えは必要であろう。

それが葬儀社の言いなりにならないための最善策のひとつでもある。

「まあしょうがない、兼子、小遣いくらい頂いておけよ」
「そうですね」

心付けのことである。病院に迎えに来た葬儀社が、
霊安室を任されている葬儀社に手間賃として心づけを渡すことがよくある。

無論、その分は後で遺族へ請求する。

本来、遺族の意思であるべき心付けが、
勝手にやり取りされたり金額が決められていたりするのである。
「以上で、ご納棺も済みましたので、ご準備がよろしければ、
間もなく出発させていただきます。

皆様、お帰りはお車ですか?タクシーを呼びますか?」
「ええ、車で来ていますので……」

「そうですか、それでは、寝台車で後ろをついていきますので、先導してくださいますか」
「わかりました」

木野と正一の簡単な話し合いが終わると、今度は敏子が木野に話し掛ける。

「あのう、寝台車にもだれか家族が乗った方がいいですよねぇ?」
「いや、寝台車は狭いので、どうぞ自家用車にゆっくりお乗りください」
「そうですかあ……」

敏子は心の中で、”お父さん寂しくないかねえ”と思っていたが、
口に出すのをためらった。

本当なら家族が一緒に寝台車に乗るのが普通だが、
葬儀社の人間は煙草を吸う者が多い。

木野と清水もかなりのヘビースモーカーであったが、
病院の規定で霊安室の事務所は禁煙になっていた。

つまり、寝台車に乗っているときは、
二人にとって大切な喫煙時間なのである。

遺族が一緒ではそれもままならなくなる。
だから寝台車には乗せたくなかっただけなのだ。

木野は清水と二人で棺を寝台車に運んだ。

霊安室の奥にある事務所の脇をぬけると、
ここにも観音扉があり、さらに進むと駐車場になっている。

寝台車はすでに準備されており、棺はハッチバックの後方から乗せられた。

遺族は見送りに出てきた担当医と看護婦に丁寧にお礼を言い、
自家用車に乗り込んだ。

寝台車は清水が運転し、木野は助手席に乗った。
そして、正一が運転する車の後を追い、病院を出発した。

『シュポッ』
「なんかいろいろうるさいことを言う奥さんですね」
清水がさっそく煙草に火をつけ木野に言う。

「たいしたことねえよ」木野も煙草を吸いながら微笑して答えた。
「あとは枕飾りをして……どれくらい頂くかだな」

「40万くらいですか?」
「そうだな、まあ家を見てからだけど……もう少しがんばってみるか」

葬儀社の担当者は自宅を見て皮算用することが多い。
遺族の『あまりお金がないので』という言葉には最初から聞く耳を持っていない。

病院を出て小一時間、2台の車は自宅に到着した。

「でけーじゃねえか」木野は車を降り、
値踏みをするように家をジロジロ見ていた。

「今、仏間を片付けますので」

自家用車の後部座席から降りた敏子は、
そう言いながら先に家の中に入って行った。

家族たちもすぐ後に続いて行く。
「どうぞごゆっくり」木野が親切そうに言う。