去年より早い開花予想の発表。
目黒川沿いの桜並木、そのつぼみが膨らみ始める2月の終わり。
「Pizzaカッパリ」開店30分前。
トニーは恨めしそうに通りを眺めているななこに声をかける。
「どうしたんですか、ななこさん?」
「あのなオーナー、日に日に長くなってないか?」
「何がです?」
「あの行列なのだ。」
カッパリから50mほど先。
カッパリより少し前、今年初めにオープンしたカフェ。
その開店を待つ長い行列。
その行列は、カッパリの手前まで続いていた。
「あ~~、おとといはテレビの取材で乃木坂46の子も来てましたからね~~。」
「そんな呑気な事言ってていいのか、オーナー!?」
「焦ってもダメですよ、ななこさん。うちはうちで頑張りましょ。」
「う~~~。。あの行列がうちの前まで来たら文句言ってやるのだ!!」
「ははは、やめてくださいよ。」
「Pizzaカッパリ」も開店してからもうすぐひと月。
テレビ局の取材なんか来ない。
乃木坂どころかでんぱ組。も来ない。
お店が気に入ってくれた常連さんは数人できたものの、繁盛というには程遠い。
そして昨日は給料日。
「少ないですが」とオーナーが渡した封筒。
自転車が余裕で買えるお金が入っていた。
大した売り上げもないのにと、私は心配になるのだ。
そして、私はもえに相談した。
「給料を返すぅ!?」
「私は自転車を買えれば良かったのだ。それなのにほれ、1万円札が1枚、2枚・・」
「あああ、テーブルに並べなくていいから!それなら生活費、入れてもらおうかしら?」
「生活費?」
「だからこのマンションの家賃とか食事代よ。」
「だってマンションはもえのお父さんのものだろ?食事だって私が作って洗濯や掃除だってしてるのだ。逆に家政婦として・・あっ!なぜ、封筒から抜き取ろうとしてるのだ!?」
「ちょうどANEMONEの新作のワンピース買いたかったのよ。」
「こないだルミネでワンピース買ったばっかじゃないか!それなら私だってアクシーズファムの新作パーカーほしいのだ!」
「あ~~~、あれ可愛いよね!ななこ、コンバースのスケルトンシューズも欲しいって言ってたじゃない。セットだと似合うと思うな~~~。」
「 (o・∀・)b゙イィ!!最っア~ンド高なのだ!!」
もえは私の耳元に唇を寄せる。
「 買 ・ え ・ る ・ の ・ よ。💛 このお金で。ぜ~~んぶ。。💛(息を吹きかける音)」
・・・・・・・
悪魔だ。
お巡りさん、ここに悪魔がいます。
もえは抜き取った一万円札を目の前にヒラヒラさせて、更に押し倒すように囁いた。
「買えばいいじゃない。ね、ななこちゃん。二人で使っちゃおうよ。。」
「・・・(ハッ!)。ダメダメ、ダメなのだ!そんな悪魔のささやきに乗るもんか!」
「だ~~~れが悪魔ですってぇ~~~!!」
お金は怖いのだ。
お金は人を狂わせるのだ。
優しかったもえはもういない。
ここにいるのは黒い翼広げたデスノートのルークなのだ。
結局、金に目がくらんだもえは相談相手にもならず、「今夜は叙々苑の焼き肉が食べたい食べたい食べたいのよ」としつこく迫り、
私の初任給の一部は新橋の「焼肉ライク」でなんとか押しとどめて消えた。
そんな夕べのゴタゴタを思い出しながら、店の外を見る。
ん?
やっぱり!
行列がここまで!!
一言文句言ってやろうと、店を飛び出した。
「こら~~~!うちの店に並ぶな~~~!」
「えっ?だってもうすぐ開店ですよね?」
「そう!もうすぐ開店、・・・は?」
十数人の若い男女、Pizzaカッパリの前に列を作っていた。
並ぶ一人の女の子。
そのスマホを覗いた。
Twitterの口コミ。
Pizzaカッパリの写真と、絵文字いっぱいの記事。
いつの間に?
「ちょちょちょちょっと、それ!見せてくれないか?」
間違いない、カッパリだ。
アカウントのユーザー名を見た。
そこに書いてあった名前は「七海」
「ななうみ?なな・・うみ・・・!!あっ!!!」
開店初日のあの日、おずおずと写真を撮っていった姿を思い出した。
「ななみ!奈々未だ!」
開店から客は途切れることなく常に満席。
オーナーも私も、休む暇なく働いた。
いまだかつてなかった大繁盛。
店は若い女子とカップル中心で、一日埋め尽くされた。
ななみのTwitterはフォロワー3万人。
そのツイートは、女の子を中心に支持されているのを知った。
あんなにおとなしく、おどおどしてた子なのに驚きなのだ。
まだ冬の空気を残した、へとへとの肌寒い夕暮れ。
閉店間際となり店の列も掃けた時だった。
「へえ~~~、ここかぁ。」
やってきたのはもえ。
ゆっくりと店内を見回している。
「もえ!どうした!?」
「一度行くって言ってたじゃない。」
もえは私のエプロン姿をしげしげと見つめる。
なんか照れ臭いのだ。
「はじめまして、もえさんですね!私、この店のオーナーのトニーと申します。」
あっ。。
なんだ、これ。。?
オーナーがもえのテーブルにメニューと水を運ぶ。
ただそれだけ。
ただそれだけの事。
私は何かを予感した。
胸の中で鳴る「チクチク」が騒ぐ。
グルグルと警告するかのように。
それは かなしいこと?
それとも うれしいこと?
オーナーともえの目が合う瞬間。
大切な何かが遠ざかる気がした。
【インスタななこ その11】
港区新橋 「焼肉ライク新橋本店」 (最寄り駅JR新橋駅)
私の初任給が使われた現場です。
一人焼肉のファーストフードとは画期的。
一人一台のロースターでリーズナブルに、遠慮なく楽しめるのだ!