この世の中は、どうやらチグハグに出来ているらしい。

チャンスはピンチの顔をしてやってくるし

人の良さそうな顔をしている人が性悪だったり

ゲテモノが美味しかったりする。

 

表面的なものしか捉えることしかできない人は

そうしたことを大きく見誤ってしまう。

もちろん、わたしも

全てを見透かせる訳ではないけれど・・・

 

一番見誤る時は

チャンスの顔をしたピンチだと思う。

一攫千金のチャンス

飛び込んできた大きな商談

あなたの仲間になりたいと近寄ってくる人・・・

 

人は幸運をつかみたいと思うし

それ自体は悪いことではない。

けれど、

「幸運は自分で掴みにいくもの」

ということを知っていないと

チグハグなものに惑わされやすくなる。

 

貴重な情報というものは

いつも人が運んでくる。

ということは

あなたがどのような人物と付き合うかで

あなたの選択肢の幅が変わってくるし

選択肢の質が変われば

あなたの人生の質も変わってくる。

 

わたしは幸運にも

「人をしっかりと観察するように」

という父親の教育を受けてきたから

幾分かは人を見る目は養ってきたつもりです。

それでも、今でも見誤ることはあるので

大したことはありませんが・・・

日々、勉強ですね。

 

では、巡ってきた情報が

本当のチャンスなのか、それとも

あなたを惑わすピンチなのかを見抜く方法が

あるのだろうか?

その答えは

 

「あるには、ある」

 

けれど、あなたが出来るかどうかは

分からない。

 

その方法とは

「妙なこだわりを捨てて、一呼吸を置く」

 

え?

それだけ?

って疑問に思うかもしれないけれど

そういうものなのです。

 

巡ってきた大きなチャンスらしきものには

人はこのチャンスを逃してたまるものかと

何も考えずに飛びついてしまう。

だから、見誤る。

 

けれど、本当のチャンスとは

一見、ピンチのような顔をしてやってくる。

それは、大きなお金を必要とする時や

時間や労力をかける必要があるようなものです。

 

その情報が舞い込んできた時に、

賢者は、一呼吸だけ置く。

あまり長く考えてはいけない。

そして、

「これは、本当はチャンスかもしれないよ」

と、自分に質問してみる。

その時に、

「あれ?もしかしていけるかも」

という直感のようなものを感じたのなら

それはやるべきことだろう。

 

反対に

「いけるかも」

という直感が働かなければ

無理に動く必要はない。

 

何故そんなことを言い切れるかといえば

そもそも、あなたが「絶対に無理」なものは

何ら考えることもできなくなるからです。

 

例えば

「あそこのネズミを捕まえて、生のまま食べてください」

とか言われたら、考えることもないはずです。

けれど、一瞬でも考えてみようと思うことの大半は

あなたにはその可能性がある

という兆候なのです。

それが、直感というものであり

大概は、その直感が正しかったりします。

 

ところが、

「チャンスの顔をしたピンチ」は

その直感を鈍らす機能を持っている。

本当に、厄介なものです。