映画「祈りの幕が下りる時」(2018)を見た。
昨日地上波初放送で平均視聴率11・3%と好調。民放で映画の2桁は異例という。
監督は、福澤克雄(「半沢直樹」「陸王」他TBS系ドラマシリーズ多数)。
東野圭吾原作の日本橋署刑事の加賀恭一郎を主人公とする「新参者」シリーズのフィナーレとなる作品。単なるミステリーでなく、登場人物のひとりひとりに”祈り”があり、深みのあるヒューマン・ミステリーとなっている。
かつて映画で見た「飢餓海峡」や「砂の器」などの家族や親子の数奇な運命や宿命を描いた名作にも劣らない重厚な作品と思った。登場人物の人間関係などがやや複雑だが、整理してみると、実に上手くつながっていることが分かる。
出演は、主演の阿部寛、松嶋菜々子のほか、キムラ緑子、小日向文世、伊藤蘭、田中麗奈など演技達者が多い中、松嶋菜々子の中学生時代を演じた女優(桜田ひより)なども印象に残る。とりわけ小日向文世が役柄で晩年と、ふさふさ頭の40代くらいを演じているのも見応えがあった。
・・・(ネタバレもあり、これから見る人はスルーを)。
最初に「仙台に田島百合子が、たどり着いたのは1983年の冬だった」という字幕があり、物語の幕が上がる。
加賀恭一郎(阿部寛)の母・田島百合子(伊藤蘭)が家族を残して家を出て、たどり着いたのは百合子がたった一度旅行で行ったことがあるだけで縁のない土地・仙台だった。
街のスナック「セブン」で働き始め、以後2001年に心不全で亡くなるまでの18年間、一人で海沿いのアパートに暮らしていたようだ。百合子はこの間に、客の一人である綿部俊一と知り合い、深い仲になる。
百合子が亡くなると、スナックのママ・宮本(烏丸せつこ)は綿部に連絡。
連絡を受けた綿部は百合子の葬式に顔を出さなかったものの、息子である加賀恭一郎を見つけ出し、宮本に伝える。加賀は仙台へ行き宮本から母親の遺骨を受け取るが、綿部はすでに消息不明になっていた。
加賀は母の事を聞き出すべく綿部の行方を追うが、「母親の恋人 綿部俊一の消息をつかめぬまま16年の月日が流れた」という字幕が出る。そして物語は現代へと舞台を移っていく。
場面は現在に移る。東京都葛飾区で起こった事件が映し出され、事件の概要も字幕に詳しく記される。「荒川沿いのアパートで、異臭を放つ液体が滴り落ちてくるという階下の住人の通報で死後20日の腐乱死体が発見される」「死体は痛みが酷く、顔や年齢は認識不可。衣服以外所持品もなく、判明したのは性別が女性、死因が絞殺である事だけだった」。
その後の捜査により、加害者はアパートの住人・越川睦夫、被害者は滋賀県在住の押谷道子(中島ひろ子)という40歳の女性と身元が判明し、捜査一課の松宮(溝端淳平)は滋賀県へ向かう。
「何故、押谷道子は東京に向かったのか?交友関係に越川睦夫の影があったのか?友人、職場、親族に徹底的な聞き込みをするため、押谷道子が暮らしていた彦根の街を訪れた」 松宮は押谷の勤務先や営業先に足を運ぶが、なかなか有力な情報は得られずにいた。
しかし老人ホーム「有楽園」で、大きな手がかりをつかむ。押谷は有楽園で、中学の同級生で舞台演出家の浅居博美(松嶋菜々子)の母親・厚子(キムラ緑子)に偶然出会ったのだ。厚子は、中学時代に夜逃げしており、長い間消息不明だった。押谷は博美に厚子の現在を知らせるために東京へ向かったのだ。
捜査の結果、押谷が殺害されたのは5月14日とみられることが分かる。
そしてその前日の5月13日、博美が演出した公演初日の前日に、押谷が博美に会いに来ていた。松宮は任意で話を聞くため、博美の事務所を訪れる。 そこで、博美と母・厚子(キムラ緑子)の確執が明らかになる。
彼女の口から語られたのは26年前、14歳の時の博美に起こった出来事だった。
博美の母・厚子(キムラ緑子)は父・忠雄(小日向文世)のほかに男を作り、店の金も持ち逃げした挙句に多額の借金をしたのだ。忠雄は取り立てを苦に、ビルから飛び降り自殺してしまった。 後に父の自殺は嘘だったことが判明するものの、博美が語った母への恨みは本当だった。
厚子が家族に借金を押し付けたことが発端となり、忠雄と博美の人生が狂い始めたからだ。 捜査が進み、自分の逮捕が目前であることを感じた博美は、母がいる施設へ向かう。博美は肉体的な危害を与えなかったものの、厚子が正気を失うほどの言葉をかけて部屋を出た。
事件前日に押谷に会っていた博美。松宮は博美に事情を聞くため、彼女の事務所を訪れる。そこで加賀と博美が映っている写真を目撃した松宮は、加賀に対して、博美との関係を問い詰めることに。
実は博美は、加賀が講師を務めていた剣道教室に博美の事務所の子役たちを連れて来たことがあり、加賀とはそこで知り合っていた。加賀はその時に博美から「子どもを堕したことがある」という告白を受けていたことを思い出す。「私、人殺しなんですよ」と言い「母性というバトン」を母から受け取らなかったために自分には母性がない、と語った博美。
なぜ博美は2、3回しか会ったことのない加賀にそんなことを打ち明けたのか?
自分と博美の立場を逆転して考えたときにその答えが出る。博美は、身元を偽りながら離れて暮らす父の恋人である百合子がどんな人だったのか気になっていた。そして百合子の息子である加賀の存在を知り、子役の指導という名目で、彼に会いに来ていたのだ。
加賀が10歳の時、剣道の夏稽古から帰ると「探さないでください」という手紙を置いて百合子はいなくなっていた。2001年に百合子が亡くなったと連絡が来てからは、家を出た後の百合子の恋人であった綿部を探し続けていたのだ。
加賀が綿部に会って聞きたかったのは、なぜ家を出たのか、そして最後まで自分に会いたいとは思わなかったのか。また、生前の百合子が幸せだったのかを気にかけていた。
物語の最後に、家を出ていったあとの百合子のことが、綿部の手紙の内容によって明かされる。 百合子が家を出たのは、精神を病んでいたからだった。水商売で働いていた百合子は、夫・加賀隆正(山崎努)の親族に嫌われ、悩んでいたが、それを誰にも相談できず一人で抱え込んでいた。
そしてある夜、気が付くと百合子は手に包丁を握っていた。 自殺しようとしていたのか、息子を手にかけようとしていたのか、それすらも分からず自分自身の行動に錯乱した百合子は、家を出ることを決意した。
百合子は仙台で暮らしていた時も、息子の事を片時も忘れていなかった。恋人の渡部が加賀の写っている雑誌を見せたときには、思わずその雑誌を抱き寄せた。しかし、すぐに家族を捨てた過ちを思い出し、私にはその雑誌を持っている資格がない、と綿部に返すのだ。 それでも百合子は、窓の外の海を眺めながら、これからの恭一郎の活躍と幸せを願うのだった。
加賀と、彼の父・隆正には確執があった。
母・百合子のうつ病の前兆を知りながらも何もせず、家庭を顧みなかった父・隆正に対して加賀は、家族を不幸にした責任があると思っていた。 しかし加賀が百合子の遺骨を持って帰った時、隆正は「悪いのは俺だ」と認めた。
水商売をしていた百合子に隆正の親戚はつらく当たったが、百合子は仕事ばかりで家にいなかった隆正に相談もできず、子育てと親戚のいじめに悩んで精神を病んだのだ。 そして、隆正は加賀に「看取らなくていい。一人で逝く」と語った。そのため、加賀が父を看取らなかったことも明らかになる。
ところが、最期を看取った看護師の金森(田中麗奈)に隆正が語ったことが、加賀に大きなヒントを与え、また父への気持ちに変化を生む。それは「ずっと子どもの成長を見ていられるなら、肉体なんか滅んだっていい」というもの。
加賀は、博美の父も同じことを考えたのではないか?とひらめいて、これが事件を解き明かすヒントとなた。 最終的に加賀が父に対してどう思っていたのかははっきりと描かれないが、隆正が加賀の事を陰ながら想っていたことを知り、加賀の表情は少し穏やかになった。 父はすでに亡くなってしまったが、ようやく親子のわだかまりが解けたのか。
亡き母・百合子の影を追っていた加賀は、母の恋人であった綿部の行方を16年間にわたって調べていた。それが今回の事件で、ようやく実を結ぶ。綿部は、博美の父・忠雄と同一人物だった。 博美の父・忠雄は、借金を苦に飛び降り自殺したとされていた。しかし能登の警察署に確認したところ、街のビルから飛び降り自殺という事件の事実はなかった。
加賀は、忠雄が死んだのは別の場所なのでは、と再度事故の履歴を調べることにした。そして確かに彼の死亡履歴は残っていたものの、その遺体も浅居忠雄であるという確証はなかった。 ここで、博美と忠雄の壮絶な過去の真実が明かされる。
厚子の家出によって借金の取り立てで酷い目にあい、博美と忠雄はともに滋賀から能登へと逃げた。
博美は、逃亡先で出会った原発労働者の横山一俊(音尾琢真)から暴行されそうになり、側にあった割り箸で首を刺してしまう。博美が人を殺してしまったことを知った忠雄は、自分が横山に成り代わって暮らしていく方法を思いつく。
忠雄は、横山の遺体を崖から飛び降り自殺したように見せかけ、誰の死体か分からなくなった彼を自分に見せかけることにした。そして自らが横山一俊として、娘と離れて生きていく事にしたのだ。 横山に成り代わった忠雄は、他にも偽名を使っており、その一つが「綿部俊一」だった。つまり加賀が追い求めていた母の恋人・綿部は、博美の父・忠雄だっただ。 また、押谷殺害事件の容疑者である越川睦夫という人物も、忠雄の偽名。忠雄はこの二つの偽名があったのだ。
加賀が母・百合子の遺骨を引き取る際、遺品の中にカレンダーがあった。一見何の変哲もないカレンダーだが、そこにはある秘密があった。
百合子の遺品であるカレンダーには、1ヶ月ごとに東京・日本橋界隈の橋の名が書かれていた。押谷が殺害されていたアパートにも同様に橋の名が記されたカレンダーが見つかり、筆跡鑑定の結果同一人物によって書かれたものであることが分かる。
両方のカレンダーに橋の名前を書いていたのは忠雄だった。
カレンダーに書かれた日本橋界隈の12の橋の名は、忠雄の博美が密会をするために指定した場所だった。博美の初舞台だった明治座が、父と娘の聖地。その明治座がある日本橋で、二人は親子の絆を確かめ合っていたのだ。大勢の人ごみの中で、少し離れてお互いの顔を見ながら携帯で話し合っていた!
博美の父・忠雄は横山の遺体を崖から落とし、自分が身投げしたように偽装して成り代わった。加賀の母・百合子と知り合ったのは、横山に成り代わった後のこと。 その後、忠雄は、劇作家になった娘に再会。それ以来、たびたび二人は会うようになるが、忠雄は自分の正体を知る人物を、立て続けに殺害していくことになる。
博美の中学時代の担任であり博美の恋人だった苗村は、博美の後をつけてたどり着いたホテルの前で、死んだはずの博美の父・忠雄と出くわす。忠雄は自分が生きているという秘密を知られたため、ネクタイで苗村の首を絞め殺害。
物語序盤に腐乱した状態で発見された被害者・押谷は、博美の舞台を見に行った時に観劇に来ていた忠雄を発見した。またしても忠雄は秘密を守るために、押谷を絞殺する。 そして押谷殺害事件と同時期に起こったホームレス焼死事件。これは博美が、自殺しようとしていた父に自ら手をかけ、その後に火をつけた事件。
押谷を殺害後に自殺を決意した忠雄だったが、それを察した博美が止めようとする。しかし、忠雄の「逃げ続ける人生に疲れた」という言葉を聞いて、彼の心情を深く受け止める。 忠雄がかつて言っていた「焼死するなんて想像しただけでゾッとする」という言葉を思い出した博美は、焼身自殺しようとする父をみて、いたたまれない気持ちに襲われる。
博美は父を愛するが故に、自らの手で彼を死に至らしめ、その後で火を放った。 博美が手がけた舞台「異聞・曽根崎心中」でも、最後に愛する人を手にかけて幕を閉じている。2人の顛末は、なんとも皮肉なものになった。
加賀は母の遺品から見つけたカレンダーに書かれた橋の名を手掛かりにして、16年間、綿部を探し続けていた。それこそが加賀が日本橋署にいることにこだわっていた理由。ただ、母のその後の人生が幸せだったのかを知りたかったからだ。加賀には、母が幸せであって欲しいという「祈り」があった。
また、博美は実の父である忠雄と離れて暮らしながら、夢を叶えて劇作家として活躍。悲惨な人生を歩んできた彼女にとって、舞台は別の人物になることのできる場だったのでは、と加賀は推察した。 そんな博美は、自殺しようとする父を自ら殺める。
博美の「祈り」は、逃亡生活に疲れた父が安らかに眠ることだったのではないか。 そして博美の父・忠雄の「祈り」は、博美が幸せになってくれること。そして加賀の父・隆正と同じように、自身が死んだ後も彼女のことを見守っていたい、と考えていたのだ。 加賀の母もまた、息子の幸せを「祈り」ながら亡くなっていた。息子を置いて出ていった後悔を抱えながらも、息子が幸せであることを誰よりも望んでいたのだ(以上、一部ネット解説情報を参照)。
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見ごたえのあるドラマで、 親子のシーンでは泣かせるシーンもある。
カメオ出演(香川照之など)には気がつかなかった。「笑点」の司会で知られる春風亭昇太が捜査一課主任で出演シーンも多く、役者としての存在感を見せていた。