東中野に越してきて、気になっていたお寿司屋さんがありました。

店構えが品よく、大きな暖簾が風格を物語り、

いかにも美味しそうなお寿司屋さんだったので、

一度はくぐってみたいなと思っていました。

何より、うちの三人の好物です。


クリスマスが明けて26日、

そのお寿司屋さんの前を通りかかり、

「そうだ、晦日の夜はお寿司にしよう」と…、

親たちも好きですし、良い機会です。

で、暖簾をくぐって、


「お寿司を4人前頼みたいのですが、いつまでやってます?」と聞くと、

「30日までです」とご亭主、

「じゃぁ、30日に特上で4人前お願いします」

「出前ですか?」

「いいえ、取りに来ます。器も持ってきますけど何時頃までやってます?」

「そうだなぁ、5時頃までなら…やるかな」

「では5時に取りに来ますね」

その向こうでお母さんが、「器は30日に欲しいので取りにいきますよ」

私は手でいえいえをして、

「マンションだから入れないだろうし…、遅くなるかもしれないけど持ってきますよ」


で、30日、17時に行くと支度がすっかり整っていました。

注文通り、2人前の桶が二つ、

「ありがとうございます、ところでお正月はいつからですか」

…とご亭主はしばし黙って、「お客さん、お正月はやらないんです」

「あぁ、だったら5日以降ですね」と返すと、

「いぇ、店が今日までです」

「…えぇ!」仰天した私に、

「お客さんはうちが今日までだと知ってて、最後に注文してくれたんだと思っていました…、

だから、取りに来てくれると…、持ってきてくれると…、知らないで注文してくれたんですね」


「引っ越してきたばかりで…、これからお願いしようと思ってたんですが…、それは残念です」

その後、二言三言交わして、お寿司を手にしつつ、

偶然とはいえど、この成り行きに何か人生のドラマを目の当たりにしたようでした。

新しい街で新しいおつきあいを期待したお寿司屋さん、

調理場もカウンターも広くて、つい燗酒を楽しみたくなるようなお店なんです。

そのお店の最後のお客になりました。




見てください、

店じまいのせいか、ネタが少ない気もしますが、

バランもビニールではなく、卵焼きも仕入ではなく、懐かしい味、

それは、手で握った昔ながらのお寿司でした。

特上で1700円です、近頃にしては安いですよね。

でもね、今どきは機械で握ったご飯にお箸でネタを載せたお寿司でも

そっちの方が売れたりします。

便利さが勝つのは当然ですが、衛生面や特典なんかもそれらの要素、

ただ、こうして本物の味や文化がすたれていくのは残念だなぁ。

ん、本物?そうか本物も偽物もないのよね、各々が個性。


夜、器を返しにいくと、まだ暖簾もかかっているし、灯りも漏れている、

ガラリと戸を引くと、ご主人が一人、

「ご馳走様」と声をかけると、最敬礼をされました。

「ありがとうございました」深々と二つ折りになった長身を前に声が出ず…、

なんとなく照れ笑いを浮かべて出ましたが、少し淋しかったです。


これが2015年最後の思い出話です。

最初のお付き合いにして最後のお客、

東中野に何年住むことになるのか分かりませんが、

忘れられない思い出になりそうです。


ご主人もお元気で… (_ _;)