学生時代に会社員生活とはどのようなものと考えていたのか?

今となっては笑ってしまうかもしれないが、当時(まだエクセルも一時代前のロータス1-2-3も無い時代、ましてや携帯電話もインターネットもない)私がイメージしていた会社員生活とは以下のようなものだった。

①朝一番から深夜まで営業あるいはデスクワーク。
②皆で同じ目標に向かって走り続ける、体育会系生活。
③プライベートと仕事の区分などありえない。

振り返ってみるとかなりバイアスがかかっていた。

城山三郎の著作を読んでいたせいかもしれない。

「自分の判断で好きなことを好きなときにする」というのを生活の基本にすえていた私には、会社員生活というのは耐え切れない生活のように思えた。

50歳前に会社を辞めるというのは、特に厳密な計算をしたわけではない。
70歳位までは自分の欲したい行動がとれると考え20年程度は、「自分の判断で好きなことを好きなときにする」生活を送りたいと思ったからである。

それなら、最初から会社勤めをせずアルバイトで生計をたてればいいのではないか?という疑問があろう。
確かに友人の中には、そのような生活を選んだ者もいる。

現在ならフリーターといわれる生活だが、アルバイトで生計をたてることは20代では可能かもしれないが、アルバイト情報誌をみていても長期にわたって生計をたてることは不可能だと考えていた。

アーリーリタイアメントしてから3年がすぎた。

よくアーリーリタイアメントした理由を聞かれる。
本人としては、もともと大学卒業前から50歳前には会社を辞めて、大学在学中のような生活に戻りたいと考えていたので、それを実行したにすぎない。

大学在学中の生活とは、今の大学生はどうだがわからないが、好きなときに本を読んだり・映画館や博物館にいったり、興味のあることには自分が納得するまで勉強する。自分以外の誰かからこうしろああしろと指図されるのではなく、自分がやりたいと思ったことをやるという生活だ。

金銭的にはどうだったか?
幸い奨学金に恵まれ授業料は全額免除だった。加えて都道府県と日本育英会からも奨学金をもらっていた。残りはアルバイトでかせぎ、実家からは金銭的な援助は受けていなかった。

そのころから金銭的な独立がなければ、言動も自由に行えないと考えていた。

できれば奨学金ももらいたくなかったくらいだ。なぜ?奨学金は一種の恩恵的なもので打ち切られても文句も言えず、その為奨学金給付元に従属しなければならない場合があり、自分の自由意志に反したことを強いられる。と考えていた。

変わった学生だったかもしれない。
4/15
本日が韓国最終日。

飛行機は金浦発12時ころなので朝食は再度明洞へ。目的の店はコムタンで地元で有名な河東館。食べ疲れた胃にやさしいスープ(ご飯入り)だ。

$自由人のアーリーリタイアメント生活-コムタン 河東館

食事のあとは、世宗ホテル前から6001番のエアポートバスで金浦空港へ。ハングルがメインでたまに英語のアナウンスが流れるが、飛行場が目的地であるので間違いは無い。

こうして無事羽田に到着し、今回の旅行は終わった。
費用はすべてあわせて10万円はかからなかったので、費用と満足度で見た場合充実した旅行だったといえる。
4/14

本日は朝からチャガルチにいく、チャガルチ市場そのものはキレイになりすぎておりまた観光客も多く、個人的にはあまり興味をひかなくなった。むしろチャガルチ市場から出て港湾ぞいでオバチャンたちが個人でやっている路上での商いに興味をひかれる。現在は太刀魚・アナゴなどがシーズンのようだ。でかいミミズのようなユムシというのもシーズンのようだが食欲はわかない。

円高ウオン安により対馬海峡周辺で水揚げされた魚をわざわざ韓国漁船から買い付けるという話や昔大阪中央市場近辺の魚卸でアルバイトをしていたころ、ハモが韓国から大量に輸入されていたことを思い出した。

昼食はあわび粥を食べに済州家(チェジュガ)へ。漢字で店名が書いてあるので間違いなくたどりつける。ここのあわび粥はソウルで以前たべたのと全く異なっており、肝の味がきいている。

$自由人のアーリーリタイアメント生活-あわび粥 

その後釜山駅までいき、KTXのソウル行きを予約する。ソウルまでは約3時間だ。日本のJRとは異なり改札でのチェックはない。ヨーロッパの鉄道のようだ。韓国はKTX以外にもセマウル号・ムグンファ号などの特急列車があるが本数が少なく高速バスと比較して実用性は乏しい。

ソウルには夕刻到着したが慶州出発前と比較してかなり気温が低い。体が冷えそうだったのでインサドンキル(仁寺祠)で韓国茶を飲み体を温める。

夕食は明祠で地元の人でいつみても満員で気になっていたタッカルビ(鶏カルビ)のユガネという店に入った。旅行に行った先ではいつも地元の人で満員という店を選ぶこととしている。英文メニューはあるが、いつも通り回りの人を食べているのを指差して注文した。予想通りおいしいタッカルビで締めのチャーハンもおいしかった。

$自由人のアーリーリタイアメント生活

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4/13
本日は慶州の中心部の観光をする。11番バスで芬皇寺(ブンファンサ)前まで戻り、そこから芬皇寺→皇龍寺址(ファンリョンサジ)→国立慶州博物館→雁鴨池(アナプジ)→半月城(バンウォルソン)石氷庫まで見物。半月城のまわりはピンクの桜と黄色の菜の花で美しく彩られている。

ここで前日予約していた瑶石宮(ヨソクグン)で韓国宮廷料理をいただいた。ここは伝統的な韓国のお屋敷をそのままレストランとしており、チマチョゴリを着用されたウエイトレスが給仕をしてくれる。ここでのんびりと食事をとりながら中庭を満喫した。このレストラン周辺一帯は木造瓦葺の古家が軒を並べている。これらの建物は300年以上の歴史を持つ朝鮮時代の民家ということだ。あたりには校洞法酒(酒造)や慶州郷校などがある。

自由人のアーリーリタイアメント生活

自由人のアーリーリタイアメント生活


食事後は、鶏林(ケリム)→瞻星台(チョムソンデ)→大陵苑(デヌンウォン)天馬塚と見てまわり、15:20発の高速バスで釜山に向けて出発した。

約1時間で釜山の高速バスターミナルに到着した。バスターミナルに隣接している地下鉄駅(老圃洞駅)内にあるインフメーションで釜山の地図をもらい、海鮮鍋(ヘムルタン)のおいしい店を紹介してもらう。チャガルチ市場に行けばあるとのことであったが、地元の方が普通に行く店でお勧めはと聞くと、西面(ソミョン)にあるチョンドンジン(正東津)という店を紹介してもらう。西面のロータリーで栄光図書という本屋のある道路をまっすぐ行けば、栄光図書の反対側にあるとのこと。但しハングルしか通じないよと念をおされた。

夕食に西面までいくのであれば、西面のロッテホテル内でマーシャルアーツとコメディーをミックスしたパフォーマンス「JUMP」を見ておこうと考え、当日券をロッテホテルで入手した。
幕があくのが20:00であるので、その時間を使って先ほどのチョンドンジン(正東津)にいくこととした。当然店の看板をハングルであるので、路上の靴磨きのオジサンにチャンドンジン?と聞くとすぐそこのビルの2Fだと場所を教えてくれた。

店は地元のサラリーマンやOLで満員。せっかちな韓国人もだまって待っているのをみると、おいしい店なのだろう。店員にイルボン(日本人)かときかれたので、そうだと答えると英語のメニューを持ってきてくれた。とはいえメニューだけではよくわからないので、回りの人のたべているのを見ておいしそうなのを指差しこれをくれとオーダー。今回は海鮮鍋が食べたかったのでそれを注文した。期待にたがわず非常においしい。惜しむらくは昼食に韓国宮廷料理をたべていたので、鍋のみしか食べれなかったことだ。

食事後ロッテホテルまで戻り、「JUMP」を鑑賞する。客は約半分の入り。平日ではこんなものか。パフォーマンスそのものはハングルが分からなくても理解できるものだ。客も日本人・欧米人・韓国人と多彩だ。宣伝文句どおり、マーシャルアーツとコメディが融合したパフォーマンスで何も考えることなく素直に笑い・驚くことができる。



4/12
本日は慶州へ移動。ソウル高速バスターミナルから高速バスがでている。ここの窓口では英語が通じた。慶州(GYEONGJU)までは4時間くらいかかるとのことなので、一列3席のゆったりした優等高速バスをチョイスした。料金は27600w。8:50のバスであったが前後の時間は7:15、8:05、8:50、9:20、10:05のバスがある。

バスは2時間くらい走るとドライブインで休憩があり、ハングルと英語でアナウンスがある。朝食をとってなかったのでここのスナックで朝食をとる。

高速のインターを降りて慶州市内にはいるとあいにくの雨。しかし昨日にも増して桜がきれいな街だ。慶州の高速バスターミナルではタクシーの客引きがしつこいが無視して、出口をでたところにあるインフォメーションへ。日本語と英語が通じる。地図をもらったあと、瑶石宮(ヨソクグン)という韓国宮廷料理の店を明日の昼食に予約してもらう(料金は3万w、5万w、10万w、15万w)。

本日の昼食はサムパブ(ご飯やいろいろな食材をサンチェの様な葉でつつんで食べる食事)と決めていましたので、インフォメーションで教えてもらった皇南小学校近くの店へ(名前忘れました。名刺もらったもののハングルオンリーで読めない)。13:00を回っていたものの地元の人で混雑している。当然ハングルしか通じなくメニューもない。しかしながらきょろきょろ回りのテーブルを見渡し、地元の人が食べているものの中からおいしそうなのを見つけ指差せばたいてい理解してくれる。その後みぶりてぶりでどうやら肉の種類(ポークかチキン)によってメニューが分かれているのがわかった。このあたりは万国共通。1980年代半ばまだソ連が存在した時代の東欧やアラビア文字のイスラム圏を旅行した時もこれで通じた。

ただ当時とちがっているのはこちらの食欲が圧倒的に落ちてきたこと。韓国料理はこれでもかというくらいボリュームがすごい。おいしかったけれど食べ切れなくて残してしまった。ただ国によっては、残すのが礼儀という場合もある。

食後は高速バスターミナルまで戻り、市内バス11番(当然ハングルのみ)にのって仏国寺(ブルグクサ)へ。アナウンスもハングルしかないが、耳をすましていればなんとかわかる。ここから12番にのりかえて石窟庵(ソックラム)へ。仏国寺から石窟庵へいくバスは最終が17:20。この一便前16:40のバスで石窟庵にいくこととし、それまでの間仏国寺見学へ。ここと石窟庵は世界遺産に指定されている。当日は小学校の遠足あるいは修学旅行で非常に混雑していた。ここは豊臣秀吉の朝鮮侵略によりほとんどの建物が焼失してしまっている。こうしたことを小学校のころから引率の先生から聞いていると思われるので、日本についていい感情は持たないはずだ。

石窟庵にいくと、一面すごい霧で一寸先も見えない状態になっている。バス停から15分程度歩くと石窟庵につく。現在では石窟全体が建物で覆われガラス越しに拝観するになる。10数年前に訪問したときは、ガラスに覆われてなくもっと接近して拝観できた記憶があるのだが・・・

拝観終了後仏国寺経由で普門湖畔の普門観光団地のホテルにチェックイン。

夕食は普門湖畔の湖畔荘(ホバンジャン)。天候が悪いせいか客はだれもいない。売り物である民族舞踊ショーはあるのか尋ねてみると「やっていない」とのこと。残念。またレストランをさがすのも面倒なのでここで本日夕食。普通のプルコギ定食を注文。
4/11
本日はプヨ(扶余)へ日帰り旅行。
プヨはかなり田舎という印象があるため、お弁当がわりにホテルちかくのパリバゲットでパンを何点かピックアップ。

プヨへいくには、南部市外バスターミナル(高速バスターミナルではない)から市外バスで2時間半程度かかる。バスターミナルでチケットも無事購入でき(窓口でハングル及び漢字でプヨと書いてみせた。ちなみにアルファベットではプヨではなくBUYEO)、ドライバーがとばして2時間もかからずにプヨに到着。ちなみにプヨ行きは、7:10、7:50、8:30、9:10があった。

到着ついでにソウルに戻るバス時間をチェックしようとしたが、ターミナルに時刻表が掲示されていたがすべてハングル又窓口のおばさんに尋ねようとしたが日本語・英語とも通じない。しかたないので「ソウル」といって「腕時計」をゆびさしたら、理解してくれたみたいで時刻表をみせてくれた。どうやらこれがソウル行きの時刻表のようだ。ノンストップ便と鈍行便がある。ちなみにソウル行き最終はノンストップ便の方が遅く19:20その前は18:30だった。

プヨの観光のメインスポットである扶蘇山城入り口まで歩いて15分ぐらい。この入り口の手前に観光案内所があり、日本語及び英語が通じる。扶蘇山城入り口から落花岩まではブラブラ歩いて30分程度。そこから石段の道を降りてコランサ方面にいくと船着き場があり、百済舟の遊覧船で扶蘇山城入り口近くのクドゥレ船着場まで船くだりができる。

そこから白馬江沿いの桜をぶらぶら鑑賞後、定林寺址にいった。10数年前にプヨを訪問した際は、石造りの五層の塔があるだけだったが、現在では博物館が併設されており博物館側から入場する仕組みになっている。中国・韓国・日本の仏像の対比を伝来を示しながら展示してあったのだが、説明は全てハングルでよく理解できなかった。ガッカリ。

その後バスターミナルに戻り、15:40のノンストップバスでソウルに戻ったが、帰りのバスは約3時間かかった。

夕食は明洞のガイドブックなどでよく紹介されている「百済参鶏湯」で参鶏湯を食べた。好みは好き好きであろうが、個人的にはキョンボックン(景福宮)近くの「土俗参鶏湯」の味の方がすきだ。


$自由人のアーリーリタイアメント生活
2010/4/10から4/15にかけて韓国旅行に行ってきた。

行程は以下の通り。
4/10 羽田→ソウル
4/11 ソウル→プヨ→ソウル
4/12 ソウル→慶州
4/13 慶州→釜山
4/14 釜山→ソウル
4/15 ソウル→羽田

自分でエアチケットとホテル予約を組み合わせた完全な自由旅行。
今回はソウルでの観光はかんがえておらず、①プヨ・慶州観光、②韓国の食事が旅行の目的。

4/10
ソウル(金浦)到着は18:00。そこから地下鉄9号線→4号線で明洞へ。ホテルはホテル・プリンス
チェックインが終了したのは20:00頃であったが、さっそく明洞へ。
ブラブラしていましたが、コスメ関係のショップが多数又それを買い求める日本人も多数で非常に込み合っていた。

一時間ほどぶらついて夕食は明洞餃子へ。オーダーしたのはカルグッス(韓国風うどん)マンドゥ(蒸し餃子)

自由人のアーリーリタイアメント生活

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