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沼津でFP啓蒙<ファイナンシャル・プランナーの覚悟

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「BOX 袴田事件 命とは」を妻と鑑賞した。


久々に見るドキュメンタリー映画で、見終わった後で

「人を裁くことの困難」をガツンと叩き込まれました。



袴田事件が清水市で起きたこともあって、学生の頃から耳にしていた記憶はありましたが、詳細はほとんど知っていなかったのが実情です。


映画から知った熊本裁判官(当該事件の主任裁判官で、被告に「死刑」の判決文を書かされたことを生涯悔やまれている。)の裁判官としての独立性を貫こうとした態度に強く共感しました。裁判官同士の話し合いの内容を暴露したことが「守秘義務に反する」として熊本裁判官の行動を非難することも可能ですが、絶大な公権力の恥部を暴きだすための「緊急避難的行為」として許容されるべきことと私は考えます。


強制の疑いが強い自白を根拠に犯人だと決め付ける検察側の

あたかも獲物を逃がさない「獰猛な野獣」の言動に腹ただしさを禁じ得ませんでした。


公権力を背景に小さな存在を容赦なく攻め立てる警察、検事には自分の経験からも憎悪をぬぐいきれません。


現在、70歳を超えておられる袴田被告は冤罪を叫び、再審請求が続けられています。法律を学習するものとして、

「人を裁くことの困難と命の尊さ」をしっかりと肝に銘じることができる骨太の映画でした。



お昼時間帯のテレビサスペンションで「正当防衛」の言葉をよく耳にします。


人を殺してしまったのに、なぜ処罰されないのでしょうか?


人を処罰する刑法では、処罰までの流れを厳格に定めています。いい加減な定めで処罰されたらたまったもんじゃありませんからね。



殺人罪、暴行罪、傷害罪、窃盗罪、強盗罪などと

明確に規定しています。このことを罪刑法定主義と申します。


人を殺した場合、

先ずは殺人罪の適用が考えられます。


が、

すぐに殺人罪として処罰できません。


それなりの理由がある場合があるからです。


刑法は、その場合を4種類定めています。


①法令による行為

②正当業務行為

③正当防衛

④緊急避難


この4種類のどれかに該当する場合は、

処罰しないとして、これらを違法性阻却事由と呼称しています。


つまり、行為自体は犯罪として認定されても、

その行為を行ったことは違法ではない、違法性が阻却されるとして、処罰されません。


例えば、②の正当防衛を考えて見ます。


見知らぬ人からいきなり刀で切りかかれたらどうでしょうか?

とっさの防衛行動で、身近な棒切れか石を手にとって切りかかってくる相手に棒で殴るか、石を投げつけるかして自分の命を守りますね。


もちろん、逃げる余裕があれば逃げたほうがいいです。

逃げる余裕がなく、仕方なく石を投げつけた、


そしたら、石が相手の額に命中して、相手が死んでしまった、

このような場合に、


相手を殺したから、即、殺人罪とはならず、

「正当防衛」という違法性阻却自由により、


仕方ない殺人として、違法性が阻却されて、処罰されずにすみます。


ただし、相手が殴りかかってきたときに、こちらが刃物で応戦したら、これは「過剰防衛」と判断されて、処罰されます。


「素手」に対して「ナイフ」では、正当防衛として社会通念上相当性に欠くと判断されるからです。


正当防衛が成立するための4条件:

ⅰ。 急迫不正の侵害: いきなり暴行を受けるなど、

    身の危険を感じたこと


ⅱ。 自己または他人の権利を防衛すること:

    自分ではなく、友人を助けるためでもいいんです。


ⅲ。 防衛の意思:初めからこちらが喧嘩を仕掛けたときは

   いけません。ただ、防衛のために幾分攻撃にならざるを

   得ない場合は許されます。


ⅳ。 やむを得ないでした場合:社会通念上、相当な場合。

    「素手」に対して「ナイフ」は相当でないと判断されます。


これらすべての条件を満たせば正当防衛として判断され、

処罰されません。


正当防衛と主張できるだけの条件は、常識的に考えれば

うなづけますね。

一般的な因果関係は、「雨が降れば、桶屋が儲かる」式の

原因と結果で表現されます。


刑法では、「相当」という概念が導入されます。

ある行為から結果が発生するのが社会通念上相当である、


てな具合です。

単なる条件的な因果関係で考えてしまうと、因果関係が広く認められてしまい、生まれたばかりの赤ちゃんが死んだ場合にも、


母親が生んだから赤ちゃんが死んだ、生まなければ死ぬようなことがなかった、などと受け入れがたい因果関係を認めてしまうからです。


因果関係を明確にすることで、


ある実行行為から生じると言える結果の範囲を確定することができます。


逆に言えば、社会通念で考えて偶発的な結果は、その行為から生じたものではないとして排除できます。


ここで、「相当」かどうかの判断材料をどうするかで学説が分かれます。


この判断材料を「基礎事情」といいます。


折衷的相当因果関係説では、

①一般人が認識しえた事情と、

②行為者が特別に認識していた事情


の両者から因果関係を判断します。


例題としてよく挙げられるのが、

血友病の被害者を刃物で切りつけた事例です。


加害者が、被害者の血友病のことを知っていれば、

社会通念上、傷つければ血が止まらなくなり出血死で死亡することが予測できるので、


傷つけることと、死亡が因果関係にあるとされて、殺人既遂になります。


加害者が血友病のことを知らなければ、

傷つけることと死亡との因果関係が否定されて、

殺人未遂になります。