ファッション大好きなみなさん、おしゃれもいいけど、支援もねヾ(@^▽^@)ノ
ご存じのとおり、2年前の本日、東日本大震災が起こりましたね。
きっと今日は、東京でも復興支援関連のTV番組で目白押しでしょうね。
昨日から宮城にいますが、TV番組のロケなんかもされてました・
ということで、普段忘れちゃってるような方に、
少しでも東北や茨城や千葉などの被災されている方々が、
まだまだ普通の生活に戻れていないのよ~~~

という状況を知ってほしいと思い、ブログで発信しています。
36人の方が仙台に集合しました。
FBで拡散され、知らない方も結構いらっしゃいました。
石巻門脇小学校
昨年の状況は下記で確認できますよ~
子供たちが野球をしてました。
そんな姿を見ると少し安心します。
この小学校は、このまま残そうという話が出ているそうです。
ガレキはさすがに整理されていましたが、まだまだ車の残骸や、
残っているお家もありました。
名取市閖上(ゆりあげ)の日和山です。
ここには、町があったんですって。
平野なので、逃げる高台がなく、多くの方が亡くなった場所です。
四方にあった町はすべて流され、何もありません。
南相馬小高区で活躍する久米さん。
Bridge For Fukushimaの活動についてご報告頂きました。
放射能の問題で、飲める水がないので、全国から支援してもらったミネラルウォーターを、
週に2回小さなお子さんがいる家族や、妊婦さんに配布しているそうです。
毎日の水を購入しなければならないというのは、かなりの経済的な負担になるそうで、
それをこの団体が支援しています。
700人以上のお母さんがここに登録をしていて、
コミュニティができるように、場所の提供をしているそうです。
外で遊ぶことができない子供に、今度室内砂場を提供するらしいです。
原発から20km県内へ・・・
13000人の人口(あれ?どこの人口だっけ・・・)のうち、
3000人が戻るかどうかという状況だそうです。
残りの10000人は、既に別のエリアに移動してしまったり、
今後出て行ってしまう方々だそうです。
高齢者の方々は、今から家のローンを組むことができず、
戻るという選択肢しか残されていないのですが、
実際には、いつ戻れるかどうかも全くわからない状況だそうです。
20km県内は、自治体の管轄ではなく、国の管理下になっており、
国がルールを決めているそうですが、話し合いの場は1年に1回程度、、、
水も出ない、電気もとおっていない、
ゴミは(放射能のことで)出せず、自分の家にためているそうです。
説明してくださった久米さんは、明るい方でしたが、
ご主人とも別居せざるを得ず、急に涙が止まらなくなるんです・・・
うつ病なんですとおっしゃってました。
そうですよね・・・
それでも、町にいつか戻る人たちのために、
これからNPOを立ち上げて、何かできないかと考えているそうです。
飯舘村の公民館前。
いまだに高い数値が出ています。2.56・・・
人が住まない町は、住宅街にもかかわらず真っ暗でした。
さて、私には何もできなわぁ・・・というのは私も同じです。
が、情報を発信することや、普段お買いものしている一部を支援金に回したり、
東北のものを買ったりすることはできるでしょ
みんなで忘れないという行為はだれでもできますよね

できることを、自分のタイミングで、ただし継続して欲しいんです。
もしも、自分の家族が居なくなったら?
ある日急に一人きりになってしまったら?
家があるのに、放射能エリアで戻ることができない・・・
建てたばかりの家に入れない・・・
家族で一緒に暮らせない・・・
放射能で子供の将来が不安・・・
うつ病になってしまった・・・
働き口がない・・・
こんなんじゃ書ききれないくらいの悩みを一人がたくさん抱えています。
自分だったら?
自分の家族だったら?
改めて考えていただきたいのです。
応援してね

▼昨年石巻で会ったおじさんは、サイトも立ち上げ頑張ってました。
味平やきそば
http://fukko-miyagi.info/ajihei/
Bridge For Fukushima
http://bridgeforfukushima.org/
久米さんが所属する団体です。
・月々1000円の寄付金で24リットルの安心な水を
継続して赤ちゃん世帯にお届けしてくれるそうです。
・寄付会員5名で親子向けイベントを1回開催。
東北の産品はこちら(過去のブログ紹介)>>>★
少しでも多くの人に見てほしいので、応援をお願いします。
にほんブログ村