友人の母親が亡くなり、もうじき四十九日の法要がある。
そんなことを思っている所へ、友人から父親の具合も良くない、とメールをもらった。
そう、友人と私の共通点は、高齢の父親が残っていること。
父も私が苦手。
なのに、一緒に暮らしているこの不条理。
父は戦前の生まれ、昭和も一桁生まれだ。
昨年夏前に母が亡くなったから、父と2人で住んでいるのだけど。
母がいなくなった分、お互いにお互いの行動が掴めなくて『⁉︎』と思うことがほとんど。
父は男親だと思ってる私にとって、父の言動は母と同じ、女親のそれだから。
ものすごーーく細かくなって、行き先や私のポリシーに対しても、口を挟むようになっている。
まるで『男のお母さん』
料理や掃除、洗濯をしてくれれば良いが、それは
私任せだ。
母が入院していた頃のこと。
遠方の病院に入院した母は、激務の私に『寂しいから毎日来て欲しい』と言った。
当時、人事労務財務会計を担当していて、てんてこ舞いの毎日を過ごしていた私にだ。
そして、家には家事や自分のことを一切できない父がいる。
毎日、仕事帰りに遠方の病院にいる母を見舞い、帰ったらお洗濯をしながら、翌日の父のご飯を作り、夕食を食べる頃には 10時すぎていて食べないこともあった。
入院から3日ほどした時、母の幼なじみが『仕事しながら病院行ってご飯作るの大変やから。』
と、鍋いっぱいのカレーと春雨のサラダを持って来てくれた。
本当に 本当に 嬉しかった。
おばさんの顔を見て、合掌する勢いの喜びだった。
仕事を終え、母のいる病院へ寄って帰宅した。
なんと、カレーも春雨のサラダも食べてないではないか!!
なんで食べてないのか⁉︎ 父を問い詰める私。
まずい!!こんなん食べられへん‼︎
と、父。
信じられへん!!せっかく作って持ってきてくださったのに…
私も口にした。
うっ!!私の苦手な豚コマ肉が入ってる…
私もダメだ…食べたいけど、ごめんね、おばちゃん。
そんな父の所業を、入院中の母に密告した。
『ママ、女のお父さんやったら良いのに…』
それを聞いた、母も同室の人もお腹を抱えて笑った。
ソウルフードって、お味噌汁かな?
と思っていたけれど、カレーライスも同様、それぞれの家庭の味がある。
ま、オヤジの言い分も聞いてやろう。
※カレーとサラダは、ご飯を作りたくない方が協力してくださった。
その節はありがとうございました。
父との回想録(まだ生きているが)はたくさんある。
真剣に怒っている私が、見方を変えると、笑えてくるようなエピソード集でもある。
高齢者との暮らしは、見方を変えることで、愉快な出来事に変わることが多々あった。
ドン・キホーテと暮らしたらこんな感じかも知れない…と、父との残り少ない日々が、キラキラした思い出に変わるよう、見方変換の学習している最中である。
また、ご紹介させてくださいね。
