絶望は言葉だけ聞くと悲惨なことだと感じるかもしれない。

おそらく誰もが絶望など経験したくないと願うのではないだろうか。

実際、絶望を経験する瞬間は本人にとっても人生末体験の苦しみだろう。

 

絶望は本人が願ってできることではない。

なぜならば心の準備が全くない状態で、予期せぬ出来事を突然体験させられるからだ。

結果的に立ち直れなくなる人もいるだろう。

しかしそれを乗り越えられたら希望しかない。

そしてその後の人生は大きく変化する。

年齢的な制限はないが、若くして経験できるならばその人は恵まれていると思う。

 

絶望を経験しても本人が肉体的な死を選択しない限り人生は終わらない。

残念ながら道はまだまだ続くのだ。

 

 

 

 

 

いざという時こそ勇気が必要だろう。

結果的に自分が傷ついてしまうような勇気もあるだろう。

 

恋愛問題では傷つくための勇気を奮い立たせる人が多いかもしれない。

しかし、「これ以上傷つくための勇気」であれば後悔も覚悟した方がいい。

 

自分が病気と気づかずに気丈に活動を続ける人がいる。

しかし病院で診察を受け、病名が判明した瞬間、気丈は消え失せ壊れてしまう。

手遅れになる前に事実を知ってよかったのかもしれない。

しかし知らなければ活動は続けていただろう。

 

自分の状態を知るという行為は一瞬で自分に変化をもたらす。

知ることにより安心感、希望をもたらすこともある。

知ることにより不安感、絶望をもたらすこともある。

これは病気に限らず、人生の様々な面で起こりうる。

知らないままの方が結果的に良い場合もあるのが皮肉なものだ。

 

 

精神的に弱くなった時、自分の短所を見つめやすくなる。

その結果、思考は悪い方向に傾き悪循環に陥る傾向がある。

つまり短所が強くなっていく世界を自ら創造することになる。

 

精神的に弱くなった時こそ自分の長所を見つめる。

短所を強めるのではなく、長所を強めるべきなのだ。