「美しい人生よかぎりない喜びよ♪」

 

こんばんは。

日焼けサロン店長、シゲル松崎です。

 

「日に焼けた肌ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

12月12日になりました。

まるでツインデー。

 

「いふいふの日!」

 

何の記念日だよ!

 

気分的に新しいブログを作りたくなったのでブログを移転します。

タイトルは『双龍の魂禊』です。

 

 

福岡県の方から『魂禊』と教えてもらったのですが、そのままブログのタイトルにしたくなりました。

そして僕とパートナーは龍神様と関係もありますので『双龍』にしています。

 

基本的に冗談半分の内容が多いと思いますが、ツインの関係についても書いてみようと思います。

ツインレイのことはよくわからないですけどね。ははは

 

「はははじゃねーよ!」

 

興味がありましたら読んでみてください。

いままでどうもありがとうございました!

 

『双龍の魂禊』

https://ameblo.jp/twinaura/

 

 

先日長野県のご案内をした方は福岡県に住んでおられます。

実は長野県をご案内した時に「今度は『幣立神宮』と『秋元神社』にお連れします」ということを約束していました。

その方は熊本県の幣立神宮に訪れたことがなかったようです。

せっかく九州地方に住まれていますし、「神社を巡るならば早いうちに幣立神宮に行かれるべき」と感じたのです。

 

僕自身、何度も幣立神宮に訪れています。

そして『秋元神社』は山奥のために誰でも気軽に行けるような場所ではないことを知っています。

「道をわかる人が案内した方が良い」と思ったので、今度は熊本県と宮崎県を案内しました。

 

偶然の出会いのようですが、僕とその方はおそらくソウルメイトだと感じています。

歳は離れていますが、初めて会った時から全く違和感を感じない状態で仲良くさせていただいています。

そして「この人には協力してあげたい」と思ってしまうような人の良さを感じるのです。

機会があれば日本各地を案内してあげたいと思っています。

 

ちなみにその方もソウルメイトのような関係を感じているようで、僕が息子のような感覚があるそうです。

神様からは「魂ならび(たまならび)」の関係と教えてもらったそうです。

前世の存在は確かめようがありませんが、もしかしたら今世で親孝行しているのかもしれませんね。

 

今回は僕と、僕のツインレイのパートナー、そして福岡県の方の3人で各地を巡ってきました。

…うん、たぶんツインレイ。おそらくツインレイ。

僕とパートナーの関係について、福岡県の方が神様に尋ねてくれたところ「魂禊(たまみそぎ)」の関係と教えてくれたそうです。

 

魂禊とは「お互いしのぎあって削りあって魂を磨く関係」ということらしいです。

その言葉のおかげでパートナーとの関係性に納得ができました。

現在ツインレイが流行していますが、不倫の言い訳のために「私たちはツインレイの関係」と思っているような人も多いと感じます。

不倫関係のツインレイも実際にいるのかもしれませんが、僕の経験上わかったことがあります。

 

「ツインレイと出会うと本当に大変だよ~!普通の恋愛とは全く違うよ~!」

 

冗談抜きでめちゃくちゃ大変です。

僕は基本的に怒ったりすることはなく、相手に対して感情的になることもないのですが、パートナーとは別です。

なぜかお互い感情的に衝突するような展開になり、衝突が終えると、関係が進展していくような状態の繰り返しになっています。

強制的に衝突しないと進展しないような関係性がツインレイの初期段階だと思いますので、「幸せ~!ラブラブ~!」と浮かれているようなツインレイは偽物のような気がします。

 

さて、今回は熊本県の『幣立神宮』が一番の目的でしたが、宮崎県の『秋元神社』を含めた高千穂周辺の神社にも行ってきました。

高千穂周辺には細かい神社がたくさんありますが、重要な神社はとりあえずご案内することができたと思っています。

幣立神宮

 

今回の旅の目的ともいえる『幣立神宮』です。

僕自身は8月と9月に5回訪れていますし、それ以外にも何度も訪れています。

そのため神社に対しての感動はないですが、福岡県の方を無事お連れできてよかったです。

福岡県の方に何かしらの良い影響があると信じています。

 

東水神宮

 

幣立神宮は龍神様でも有名です。

龍神様がいる場所が東御手洗池付近といわれています。

そしてそこにある神社が『東水神宮』です。

幣立神宮に行かれることがあればぜひ東水神宮にも足を運ばれると良いと思います。

龍神様関連の参拝客が多いと思いますが、湧き水を汲みに訪れる方も多いようです。

 

ちなみに僕が約10年ほど前に訪れた時は、神気が強かった場所ですが、現在はかなり弱まっている気がします。

訪れる人が増えたのが原因なのかはわかりませんが、「昔はもっと良かったのに…」と思ってしまいます。

 

天御中主命の御陵

幣立神宮には天御中主命様の御陵(お墓)があるといわれています。

この場所が本物の御陵の場所かはわかりませんが、『天御中主命の御陵』となっています。

僕が幣立神宮に訪れた時にはなるべく寄るようにしている場所です。

ちなみに本殿から少し離れた場所にあるので、道に迷う人もいるかもしれません。

 

瑞穂年の神木

『瑞穂年の神木』は、人によっては幣立神宮で一番神気を感じる場所のようです。

僕自身は「何とも…」という状態で、多少の神気を感じる程度です。

毎回は訪れませんが、おそらく大切な場所なのでしょう。

 

秋元神社

『秋元神社』は凄く好きな神社です。

あまり人が訪れないせいか神気が守られていると感じます。

高千穂周辺の神社では一番オススメの神社ですが、多くの方にはあまり知られたくない神社です。

実際のところ秋元神社に行くためにはかなりの山道を走る必要がありますし、道幅的に観光バスは近づけないでしょう。

そのため行きたくても行ける人は限られる神社だと思います。

 

福岡県の方が秋元神社に感動して泣いておられたのが印象的でした。

本殿がひとつあるだけのシンプルな神社ですが、「この場所は素晴らしい!」と素直に感じられる場所です。

雪が降る前にご案内できて良かったです。

高千穂神社

『高千穂神社』は完全に観光名所となっているので、僕自身はほとんど訪れることがありません。

今回は「福岡県の方が寄った方が良い」と感じたのでご案内させていただきました。

高千穂周辺の神社に訪れたことがないのであれば、基本として1度は訪れるべき神社だと思います。

 

ちなみに約10年ほど前に僕が九州地方に訪れる原因となったのは「高千穂神社に行きなさい」と友人に伝えられたことがきっかけでした。

そういう意味では思い出深い神社のひとつです。

観光名所になった影響なのかはわかりませんが、神気があまり感じられない状態になっていることが残念です。

 

天岩戸神社 西本宮

 

福岡県の方は過去に『天安河原』に行ったことがあるということでした。

しかし『天岩戸神社』には訪れたことがないということでご案内しました。

 

ご存知の方もいるかもしれませんが、『天岩戸神社 西本宮』では、御神体の『天岩戸』を見せてもらえます。

高千穂に訪れたせっかくの機会なので福岡県の方に天岩戸を見せてあげたくなったのです。

 

天岩戸を見る方法を紹介しますが、天岩戸神社の社務所の前に待合室があります。

待合室で待っていると30分ごとに拝殿裏にある御神体の天岩戸に案内してもらえるのです。

案内中に天岩戸神社についても説明してもらえますし、料金は基本的に無料です。

観光目的の方はぜひ利用されてみてはいかがでしょうか。

 

ただし、御神体の天岩戸は岸壁にある窪みのような状態で「どれが天岩戸なのかよくわからない」のが困った問題です。

僕は「ただの岸壁だよなぁ…」と思いながらお祈りしています。

ちなみに御神体の天岩戸は御神域のため写真撮影が一切禁止です。

 

八大龍王水神社

 

福岡県の方が龍神様関係ということもあり『八大龍王水神社』にご案内しました。

龍神様関連の方にはオススメしたい神社です。

縁ある人であれば、この神社に訪れることにより龍神様が付くかもしれません。

 

約10年ほど前は神気が凄まじく、「ここは凄い神社だ!」と感動していました。

しかし現在は正直なところかなり弱まっている気がします。

僕の記憶では神社(井戸?)の場所が少し移動された気がするのですが、実際はどうなのでしょう?

とりあえず昔は日本全国でもトップクラスの神社だったと思います。

 

荒立宮

『荒立宮(荒立神社)』は、導きの神様「猿田彦命」と、芸能の神様「天鈿女命」を祭られている神社です。

高千穂周辺の神社の中ではかなり有名な神社だと思います。

神気も感じますし、好きな神社のひとつです。

おみくじが20円という激安なことも魅力のひとつですが、残念なことにちょっと文章が読みづらいおみくじです。

 

ちなみに宮司様が霊能力を持っているそうで、人生相談に訪れる方もいるそうです。

どれぐらいわかるのか興味深いですね。

 

 

くしふる神お社

『くしふる神社』は僕自身、約10年ぶりに訪れた神社です。

今回は寄った方が良いということで久しぶりに訪れました。

あまり人が訪れない神社かもしれませんが、独特の雰囲気があります。

そして、くしふる神社が福岡県の方をお連れする旅の最後の場所になりました。

 

今回は「幣立神宮」、「秋元神社」、「高千穂神社」、「天岩戸神社 西本宮」、「八大龍王水神社」、「荒立宮」、「くしふる神社」という七か所をご案内しましたが、福岡県の方には喜んでもらえたようで良かったです。

喜んでもらえると、機会があればまたご案内したくなります。

そして縁ある方には各地にご案内してあげたいと思いました。

 

現在は一切無料でやっていますが各地の神社にご案内するのを仕事にするのも憧れますね。

もし機会があればですが。

 

現在僕は九州地方に滞在しております。

おそらく来年の春頃まで九州地方にいる予定です。


先日、長野県をご案内した方が福岡県の方でした。
「福岡県で数人集まって神社を巡る機会があるので参加されませんか?」と声をかけていただいたので、せっかくなので参加させていただきました。

出会いの縁はどこから生まれるのかわかりませんが、ご縁は大切にしたいと思っています。

 

【11月23日】
僕を合わせて8名の集まりになったのですが、様々な能力者がいたので面白かったです。
僕自身は個人活動が多かったので大人数での神社参拝は貴重な体験でした。

 

ちなみにメンバーの中に宇宙語を話す人がいました。
宇宙語を喋る方がいるのはyoutubeなどで知っていましたが、実際に生の声で宇宙語を聴くのは初めてだったので面白い体験になりました。
僕の耳では「ピーチクパーチク…」のようにしか聴こえないのですが、メンバーの中に宇宙語を翻訳する方もいたので、喋った内容を翻訳していただきました。
世の中にはいろいろな人がいますよね。

スピリチュアル系をやっているとビックリマンショーのような出会いが多いです。

 

この日訪れたのは、福岡県の『竈門神社』と太宰府の霊峰『宝満山』
そして『石穴神社』と『石穴神社 奥宮』でした。

 

竈門神社

11月23日の『竈門神社』は参拝者の数が異常に多く、神社周辺の駐車場も満車状態です。

あまり人が訪れない神社だと思っていたので、「なぜ今日はこんなに人がいるの?」と驚きました。

 

実は僕には、ツインレイのパートナーがいます。

…うん、たぶんツインレイ。おそらくツインレイ。

 

以前にパートナーと共に竈門神社に訪れたことがあります。

パートナーいわく、「竈門神社は魂の縁結びとして、ツインレイやツインソウルに関係がある」そうです。

 

現在はツインレイが流行のような状態になっているため、今後かなり人気が出てくる神社かもしれません。

もともと縁結びで有名な神社なようです。

僕自身は縁結びなど全く気にしないのですが、竈門神社は雰囲気や神気が良いので好きな神社です。

 

石穴神社

 

『石穴神社』は太宰府の近くにある稲荷神社です。

太宰府には何回か訪れていますが、石穴神社の存在をはじめて知りました。

サイズ的には小さい神社ですが、実は九州三大稲荷のひとつらしいです。

 

本殿の横にある階段を上がっていくと『石穴神社 奥宮』に行けます。

奥宮に行くには靴を脱いでスリッパに履き替える必要があります。

さらに、奥宮の奥に行くにはスリッパを脱いで裸足か靴下にならなくてはいけないので、天候の悪い日は大変かもしれません。

ストリッパー神社と名付けましょう。

 

【12月1日】

福岡県の方から「福岡県にある『小戸妙見神社』に朔日参りに行くので参加されませんか?」と誘っていただいたので行ってきました。

 

小戸妙見神社は小戸公園内にあるのですが、せっかくなので公園内にある『小戸大神宮』にも寄ってみました。

小戸大神宮は普通の神社という印象でしたが、悪くない場所だと思います。


小戸妙見神社は朔日参りのこともあり、小さい例祭状態で100人以上の方が集まっていました。

予想外に人が大勢いたことには驚きましたが、新しい人との出会いを求めるならばかなりオススメの神社です。

僕自身、スピリチュアル系で世界各地を旅している人と出会うきっかけになりました。

 

ちなみに小戸妙見神社はちょっとマニアックな神社かもしれません。
「十数年前、或る人の夢枕に龍神が瑞験し、霊告により導かれ、地中に埋没していた現社殿の屋根である古石を掘り出したのが発端である」そうです。


実は11月23日に集まったメンバーに発掘した本人様がいました。
朔日参りでも顔を合わせましたが、神社の発端となる夢を見た方と知り合いになれたのは不思議な気分です。

 

小戸妙見神社の「昇竜の松」

 

御祭神は「北辰明神(天之御中主神)」、「北辰妙見菩薩」、「青龍王神」となっています。

発掘した本人様は「小戸妙見神社は『幣立神宮』とつながっている」と言っていました。

僕の個人的な感覚では神様系というより、どちらかといえば仏様の気に近い場所と感じます。

 

ちなみに『昇竜の松』の上におそらく龍神様がいたと思うのですが、しばらくすると消えました。

龍神様に他の人が気づいていないのが不思議でしたが、もしかしたら僕の勘違いかもしれません。

 

 

小戸妙見神社の朔日参りを終えると時間があったので、福岡県の方が糸島の神社を案内してくれることになりました。

とてもありがたいことです。

僕は糸島周辺を巡ったことがなかったので良い機会となりました。

また、興味があった場所に直接訪れることができてよかったです。

 

福岡県の方に案内してもらった場所は、雷山の『雷神社』

そして『神在神社』と神在神社の『神石』です。

 

雷神社

 

雷神社の御神木

 

僕が福岡県の糸島付近の地図を見た時に、なぜか一番気になったの『雷山』でした。

そのため今回実際に訪れることができて良かったです。

雷山は昔は大勢の方が修業をするために集まってくる霊山だったらしいですが、現在は霊山としての力はかなり失われているよう気がします。

訪れる前から雷山には龍神様がいると感じていたのですが、僕の勘違いでなければ『雷神社』の本殿裏の御神木に龍神様がいたと思います。

 

今回は時間の都合もあり寄ることができませんでしたが、雷山には雷神社の他に『雷山千如寺大悲王院』があります。

余談ですが、入手困難な指輪や、御守りなどで現在『サムハラ神社』が有名になっています。

大阪のサムハラ神社が有名かもしれませんが、岡山県に『サムハラ神社奥宮』があります。

あまり知られていないようですが、サムハラ神社の発祥の地は雷山らしいです。

むしろ現在はあまり知られていない状態なだけでしょう。

雷山の雷山千如寺大悲王院はそのうち話題になるかもしれません。

 

神在神社

 

神在神社の神石

 

僕が糸島で訪れてみたかったのが『神在神社』です。

神在という名前も素敵ですし、大昔に神社を建立したのが僕の本名に関する人だったことにも興味がありました。

直接的なご先祖様かはわかりませんが、少なからずつながりがあるのではないかと思います。

神在神社そのものは普通の神社かもしれませんが、実際に訪れてお祈りすることができて良かったです。

好きな神社と感じたので、機会があればまた訪れてみたいと思います。

 

そして神在神社の近くに『神在神社の神石』という謎の巨石があるので訪れてみました。

かなり巨大な石なので実際に実物を見ると驚くと思います。

何となく石から磁力的なものを感じたのですが、もしかしたら石のエネルギーなのかもしれません。

一緒に訪れた方が神石からメッセージを受け取り、メロディのある宇宙語で話していたのが印象的です。

 

ちなみに僕はインターネットで神石の存在を事前に知ったのですが、インターネット上の神石の写真を見た時に「巨石の地下に何か巨大な存在がいる!」と感じたのです。

巨大な石のサイズよりも、地下に存在するエネルギー体が気になり、実際に訪れて確かめたいと思っていました。

そして今回実際に訪れることができたので、地下にいる謎のエネルギー体を地上に引き上げるイメージをしてみました。

地下から引き上げるイメージをした後、地下のエネルギーの存在は消えたので、何か変化したのではないかと思います。

ただし一緒に訪れた方は何も感じなかったようなので、単なる僕の勘違いかもしれません。

 

機会があればまた糸島周辺の神社に訪れてみたいと思います。

福岡県の方たちの出会いに感謝です。

ジュース類を控えるようにしているのですが、たまに飲みたくなるジュースがあります。
神社好きにはたまらない『ジンジャーエール』です。
ジンジャーエールは美味しくてショウガありません。

 

こんにちは。
子供の頃は「ブレーキの壊れたダンプカー」と呼ばれていました。
『事故るまで安全!の会』、代表の「いまいくよもうきたよ」です。

 

さて、今回は素人でもできるダジャレ講座からスタートしています。
せっかくなので僕が中学生の頃にオリジナルで作り、実際に発言していたダジャレをアチューメントしようと思います。

 

「もうお昼だ!弁当たべんとー!」

 

所詮、中学生クオリティ。
本当にどうしようもない。
ちなみに彼女とデートで食事に行き、

 

「君に見せたいものがあるんだ!ショーユー!」

 

そう言って、醤油を手渡していた頃が懐かしいです。
失笑していた彼女はいまごろ元気にしているのだろうか。
ちょっと1cm。

 

間違った。
センチメンタル。

 

過去にいろいろな女性と付き合いましたが「喋らなければいいのに…」となぜか必ず褒められていた気がします。
たぶん喋りの才能に溢れてたのでしょう。

 

「なぜか振られまくりだよ!」

 

さて、神社巡りの縁で、最近お知り合いになった方がいるのですが、「アソコの神社が弱っているので行ってください」、「気が乱れているので浄化してください」みたいな内容を知人から頼まれることがあるそうです。
「アソコの神社」というと何だか卑猥な神社のような気がしますね。ははは

 

「はははじゃねーよ!」

 

気が弱まっている神社というのは、現在かなり存在している状態だと思います。
僕自身、各地の神社を巡っているのですが、訪れる前にはインターネットで神社の写真を確認して「行くべきか行かないか」の判断をしています。
神社の写真を見ることにより、神社の現在の状態を何となくわかることができるからです。
単純に「現在の神社のエネルギーが良いか悪いか?」の判断をしているですが、基本的にエネルギーが悪い神社の方が圧倒的に多いと感じています。

 

(ちなみにこれはあくまで僕の感覚的な判断の話なので、正しいか間違っているかは一切わかりませんし、「悪い神社が多い!」と伝えているわけではありません)

 

僕の祈りの効果は実際にあるのかわかりませんが、神社の浄化も目的のひとつとして巡っています。
そのため浄化をするために、あえてエネルギーの悪い状態の神社を選んでいると思われるかもしれません。

しかし実は正反対です。

 

「なぜエネルギーが悪い場所にあえて自分から行く必要があるの?」

 

エネルギーの悪い状態の神社にはむしろ行かないようにしています。
約10年前に神社巡りをしていた頃は、「何でもござれ!」状態で、神社のエネルギーに関係なく巡っていました。
正直なところ、そんなことを全く考えてもいませんでしたし、おそらくわからなかったのです。

 

しかし現在は違います。
神社を巡る際はパートナーと行き場所を相談しています。

なぜならば訪れる神社によってパラレルが変わるからです。
パラレルの説明はかなり複雑なため難しいのですが、単純にいうと「並行した世界の同時展開」かもしれません。

パラレルワールドなどとも表現されるでしょう。

 

たとえば、これからどこか神社に行こうとします。
『天神社』、『人神社』、『柱神社』の三社からどれか選択するとしましょう。
天神社を選択して実際に神社に向かえば、天神社に行った世界での未来が展開されます。
人神社を選択すれば、その未来が展開されていきます。
しかし「やっぱり神社に行くのをやめる」という選択もありますよね。

 

行動を選択するのは自分自身ですが、自分が選択を決定する前に、おそらく全ての未来はすでに用意されています。
つまり「これからどこか神社に行こう」と思った時には、すでに「どこか神社に行った後の未来は存在している」という状態です。
そうすると「未来(世界)は無数に存在するの?」という疑問が生まれるかもしれません。


人間が実際に体験できるのは「自分が選択した世界のみ」ですが、おそらく無数に世界は存在していると僕は思っています。
ただしパラレルの話は構造が複雑すぎて、人間には理解できないようなシステム(状態?)になっていると思います。

 

ちなみに僕自身の能力としては、普通の予知能力者とはちょっと違うことができまして、選択した未来の展開をそれぞれ調べることができます。
普通の予知能力者の場合、予知夢などにより「未来の結果のみを知ることができるタイプ」が多いと思います。
弱点としては「予知したことがいつ起こるかわからない」ということかもしれません。
しかし僕の場合、「この選択をしたら未来はこうなっていく」みたいなことをそれぞれ調べられますし、起こる日時も何となく調べられます。
つまり未来の展開の流れを事前に把握できる能力ともいえるでしょう。
万能予知能力のようですが、弱点もあるので『グリコ』のオマケ程度の能力です。

 

そしてこの能力を使うと、面白いことがわかってきたのです。
訪れる神社によって、その後の未来が大きく変化することがあります。
神様の系統などが原因かと思うかもしれません。
しかし経験上わかったのはエネルギーが悪い神社に訪れると、余分なエネルギー干渉を受け、後の展開に影響を及ぼす可能性が高いということでした。

 

単純に考えてみてください。
ネガティブなエネルギーが溢れる逆パワースポットのようなところに訪れて、自分のエネルギーや運気が上がるのでしょうか。
おそらく運気もエネルギーも少なからず下がるはずです。
運気やエネルギーが下がれば未来の展開は当然…ですよね。

 

さらに、全ての神社に神様がいるかといえば怪しいですし、たまにおかしな存在が居座っている場合もあると感じます。
その場合、憑依までとはいいませんが、予期せぬ悪影響を受ける可能性もあるでしょう。

 

そもそも神社の目的は神様によって自分自神の穢れを祓っていただき、本来の自分に戻していただける場所ではないかと思います。
自分自神の浄化のためともいえるでしょう。
拝殿などの中央に必ず鏡があるのは、「あなた自身が神ですよ」と自分自神を振り返るための目的だと思いますし、「かがみ」から「が(我)」をとれば「かみ(神)」になるわけです。
そして「穢れ」とは「気が枯れる」という意味合いですが、むしろマイナスエネルギーの場所に行くのであれば本末転倒だと思うのです。

 

世の中には凄い霊能者もいると思いますし、「私に任せれば何でも浄化できる!」という自信家もいるでしょう。
浄化の専門家であれば、それも大切な仕事だと思いますし、ライトワーカーであればやるべき時もあると思います。
また、浄化が実際に必要な場合もあるのもわかりますし、僕もそういうことをすることは実際にあるのも事実です。

 

しかし霊能者や、スピリチュアル的な活動をしているからといって「気が弱っている神社があるので、その神社に行って何とかしてください」と、他人任せのようにお願いしてくるのもおかしいと思うわけです。
友人には「やくざやさんの鉄砲玉みたいですね」と冗談半分で言っていましたが、ネガティブやマイナスエネルギーの状態の場所に無責任に行かせるのは、ひどい話だと思います。

 

「悪いエネルギーが溜まっているから、とりあえず行ってきて♪」

 

いいのかそれで!

 

もし、気が弱っている神社を感じるならば、感じた人がなるべくその場所に何度も足を運び、その神社や土地の神様に対して感謝を心がければ少しずつ変わっていくと思うんですよ。
やはり継続的に続けることが必要だと思いますし、思いさえあれば誰でもできることだと思うのです。
また、何度も足を運ぶからこそ徐々に神社に輝きが増してくると思います。
荒んでいたような神社が、自分が通ってから輝くようになってくれば、凄く嬉しいことですよね。
極端な話、浄化のプロが浄化したとしても、それはあくまで一時しのぎの浄化にすぎないでしょう。

 

そして、僕の経験上ですが、浄化を目的で各地を巡るならば人生全てをかけても終わらないと思います。
本当にキリがありません。
やっている本人は何らかの使命感に燃えるかもしれませんが、正直なところハッピーな状態ではないでしょう。
昔は「自分の人生を犠牲にしてでも世のために!」という時代だったかもしれませんが、現在は違います。

「自分自神が幸せになることが世界を一番良くしていく」という時代になっていると思います。


どの道を選ぶはその人の選択だと感じていますが、やはり楽しくて幸せな道を選ぶべきではないでしょうか。

 

いろいろ書きましたが、神社に行くと神様とご縁ができるでしょう。
そのため浄化などを気にされない方は、ぜひ自分の好きな神社へ足を運ばれて欲しいと思います。
また、何も考えず素直に楽しみながら神社に行かれる人の方が、神社を輝かせていくのではないかと思うのです。
ぜひあなたの好きなアソコの神社に行ってくださいね。

 

「祭神 アソコ」

 

アソコの神様って卑猥ですよね。ははは

 

「はははじゃねーよ!」

 

「転ぶ前に転んでおきなさい。そうすれば転ばないで済むのです」

 

こんにちは。

『気楽に転ぼう人生を!の会』、初代会長の七転八倒です。
子供の頃はまわりの大人たちから「100年に1度の大決算セール」と呼ばれていました。
閉店大セールをして、リニューアルオープンセールを繰り返しています。
常に大赤字です。

 

「人生転びまくりだ!」

 

最近、熊本県天草地方の教会に行ってきました。
世界遺産のひとつとなった『崎津教会』と、付近にある『大江教会』です。
実は過去に何度も訪れていますが今回で7~8回目ぐらいだと思います。

 

『崎津教会』は床が畳という特殊な作りの教会ですが、2018年に世界遺産となり天草地方の観光名所になりました。
そのおかげで観光客もかなり増えているようですが、「教会は何もないので基本的につまらない場所」とはクチが裂けても言えません。

 

「本当につまらない場所です」

 

このクチか!このクチか!

 

僕は祈りの旅をやっていますが神社仏閣に限らず、山や海などの自然信仰もしています。
そして九州地方に訪れた際は「教会」にも足を運ぶようにしています。

 

僕の記憶では、教会とは「賛美歌を歌うことによって、天使や聖霊が集う場所」が本来の目的だったような気がしますが、もしかしたら全く違うかもしれません。
とりあえず教会は祈りに通じる場所だと思っています。

もはや、何でもアリのちゃんぽん信仰みたいですが、決してそうではありません。

 

「味噌ラーメンが好きです」

 

ちゃんぽん好きは長崎県がオススメ!

 

ちなみに日本人にしてみればクリスチャンでもない限り、教会という場所はあまり馴染みがないのではないでしょうか。
そもそも教会という建物があまりないですし、キリスト教をやっていないと教会に足を運ぶ機会もないからです。
しかし九州地方の長崎県、熊本県などは潜伏キリシタンなどの歴史もあり、教会がいくつか存在しています。
個人的には長崎県の「大浦天主堂」が一番好きですが、教会には独特の雰囲気や、良さもあるので、機会があればぜひ足を運んでみられることをオススメいたします。

 

ちなみに僕は霊視できないのですが、教会に一緒に行った友人が「イエス様が現れた!マリア様が現れた!ミカエル様が現れた!」など、たまに言っています。
いろいろな存在とつながりやすい場所のようです。
そういう意味では教会は素晴らしいアミューズメントパークだと思います。

 

「幽霊一杯いるよ~!」

 

幽霊じゃない。

 

ちなみに僕の場合はあくまで感覚的に「うーん、何となく天井付近に何か大きい存在がいる気がする…」程度です。

 

「一反もめんだったらどうしよう!」

 

妖怪もいない。

 

さて、僕はキリスト教信者でもないですし、本名が『クリス・チャン』でもありません。
しかしながら人生長く生きていると『イエス・キリスト』という名前は何度でも耳にするので必ず覚えてしまいます。
『ドラえもん』と同じぐらい有名でしょう。


スピリチュアル系でいえば『サナンダ』なのかもしれませんが、スピリチュアル系でもイエス様の名前はたびたび登場します。
また、キリスト教信者の方にしてみれば絶対的な存在でしょう。
もはやスーパースター的なカリスマ的存在です。

 

「イエス様、なんか神ってる♪」

 

しかしながら万年反抗期の僕にしてみれば、「イエス様ってそんなに凄いのだろうか?」と思ってしまうのです。
そもそも本当に存在していたのかも謎とされていますし、実はイエス様の弟が身代わりになって磔になったという説もありますし、日本に来て生涯を終えたなど様々な説があります。


実在していた存在だとしても、現代の人にしてみれば、直接出会って交流する機会があるはずもなく、あくまで伝説上の存在にすぎません。
そのためどうして多くの人が「イエス様!イエス様!」となっているのか不思議でたまらないのです。

 

そんな状態の僕が教会に行くと、「わたしたちの主、イエス・キリスト」みたいな内容の言葉に疑問を感じます。
教会のあちこちに「主がなんたら…」みたいな言葉が掲示されているわけです。

おそらくキリスト教信者の方は、イエス・キリストを絶対的な存在と信じて信仰することを最も重要視しているのではないかと思います。


僕自身はキリスト教ではないのでよくわからないのですが、キリスト教は信者に教えている側が実は一番問題で、本質を理解していないような気がするのです。
「わからぬ者が教えてもわかるはずがない」わけで、どんどんわからない者を増やしていく一方だと思います。

 

誰にでも自分自神に内在する神がいます。
それがその人の「主」であり「神」だと思うのです。


日本では「惟神(カンナガラ)の道」と呼ばれると思いますが、内なる神意と共に歩み、その結果、神意と一体となり肉体を持った神である現人神(あらびとがみ)になると思います。
そういう意味ではイエス様は自分の内なる神である「主」を信じ、その声に従って人生を歩まれた方でしょう。

 

しかしキリスト教は「主」をイエス・キリストにしているため、イエス・キリストそのものが信仰の対象になっていると思うんですよ。
そのため、その人それぞれの自分内側に存在する「主」に目を向けさせるのではなく、意識を自分の外側にいる「主イエス」に向かわせているだけの気がします。

 

イエス様という存在に憧れるのは良いと思うのですが、「イエス・キリストというどこかにいる神様が、自分を救ってもらえる!」と信じているならば、それはちょっと違うと思うのです。


キリスト教の信者の皆様が、その人それぞれに存在する「内なる主」を信じて活動するならば、世界はもっと良くなるでしょう。
そしてキリスト教であり、宗教という存在はこの世から必要なくなると思います。

 

自分の願いや、思いは必ず「主」に届いています。
なぜならば自分の内側に「主」は常に存在しているからです。

 

たとえば僕は主に訴えます。


「主よ、聖書を読むと私は清くなれるのでしょうか?」

 

「あなたにはっきり言っておくが、聖書は分厚い」

 

聖書ってめちゃくちゃ分厚いですよね。
ページ数を確認したら読む前にやる気を失うので、僕はキリスト教に向いていないことがよくわかりました。
たぶん目が疲れるだけです。

 

ちなみに以前のことですが、友人がチャネリングでイエス様の言葉をおろしていました。
下記の言葉ですが、イエス様は嘆いておられた気がします。

 

「私は神の愛と真理を伝えるために活動したのに、人々は私の奇跡にだけ注目することになってしまった」

 

チャネリングの言葉が正しいかは確かめようがありませんが、何となく本当のことではないかと思うのです。
人間は奇跡を起こせる力や、霊能力などに注目してしまいがちかもしれません。
しかし大切なのは能力ではなく、誰もが持っている…

 

「目ヂカラ!」

 

違う!

 

愛の力ではないでしょうか。

 

ちなみにキリスト意識のようなものを、誰でも持っているといわれています。
そのため「自分の内側にイエス様がいる」というのも、決して間違いではないでしょう。


合言葉は「イエス!います!」

 

僕は風邪をひくとカレーライスがなぜか食べたくなります。
なぜならば激辛カレーを食べれば、大量の汗が出まくって風邪が治ると信じているからです。


そこで、あえて名前を出すことはできませんが『ココイチ(仮名)』という全国展開の某有名カレー店に行こうと思いました。
僕としては病院でも患者さんにカレーライスを提供するサービスをぜひお願いしたいです。

 

患者  : 「先生、私なんだか風邪をひいてしまったようで…」
医者  : 「大丈夫ですか?今日は受験にも勝てるカツカレーをお出ししますね」
看護婦 : 「先生、私は昨日ナスカレーを食べましたよ」
医者  : 「君はナースだからね」

 

ちなみに友人に「カレーを食べて風邪を治してくる!」と言ったら、「カレーを食べて風邪が治るはずがない!」と馬鹿にされました。
馬鹿は風邪をひかないそうです。

 

「僕は馬鹿なのか!それとも風邪なのか!」

 

さて、華麗なるコントで爆笑していただいたところで今回の本題でございます。
ちなみに失笑した方、あなたの明日の運勢は「滑り台からすべりおちる」です。

 

「すべりまくれ!」

 

最近は神社巡りのおかげで、いろいろと出会いがありました。
特に神様系の仕事を開始される方との出会いが印象的です。
神様系の仕事はいろいろな内容があると思いますが、今回の出会いは各地の神社や、山や湖などの自然を巡る祈りの旅に関してでした。

 

きっかけとしては長野県の神社を巡ることを予定されていた方がいたのですが、その方は「旅にも慣れておらず、長野県は初」らしいです。
僕自身は日本各地を巡っていますし、過去に何度も長野県に行っています。
経験上わかることは移動手段の足を確保しないと長野県の神社を巡るのは、時間もお金もかかって大変ということです。
そこで「少しでもお手伝いできれば…」と思い、僕が足になって長野県の神社を案内させていただきました。


行った場所としては「諏訪大社 前宮・本宮・秋宮・春宮」、「穂高神社」、 「玉依比賣命神社(松代町)」、「皆神神社」、 「戸隠神社 奥宮・九頭竜社・中社・鏡池・宝光社」、「生島足島神社」、「四柱神社(松本町)」となります。


おそらく長野県の主要となる神社はほとんど案内させていただいたと思うのですが、お金は一切いただいておりません。

実は約10年ほど前も、僕に縁ができた人はお金に関して一切無料で日本各地に案内していました。


そもそも僕自身が神社を巡るきっかけになったのは、神主様夫妻に新潟県と長野県の祈りの旅(神社巡り)に無料で同行させていただいたことからです。
きっかけをいただいた神主様夫妻への恩返し的な意味もあって、僕に縁ができた人には無料で各地の神社や仏閣に案内するようにしていました。
そして現在も、僕にそれなりのお金と時間があればですが、神社や仏閣に興味がある人には一切無料で案内してあげたいと思っています。


ただし条件としては僕に何らかの縁があることと、その人に「ぜひ協力させていただきたい」と感じるものがあればです。
率直にいえば僕に多額のお金があれば、出会う方全てを喜んで日本各地に案内するのですが、「誰にでも」となるとさすがに破産してしまうので…。

 

ちなみにお金を一切いただかないというのもエネルギーバランスの問題で本当は止めるべきかもしれません。

過去にも友人から注意されましたし…。
スピリチュアル系の活動でお金を得ることは一切やめているのですが、もしかしたらいつか変更するかもしれませんね。

その時はたぶんこんな状態で活動すると思います。

 

【愛のぬかるみメニュー】
脱臼するほど肩もみしますヒーリング 30分間 10000000円
まるで聞き取れない英語のヒアリング 60分間 30000000円

どつぼにハマりそうな怪しい壺        1個 50000000円

 

さて、僕のように「神様のお手伝いをしてみませんか?」と、出会った方から誘われるような状態で神様系の仕事のきっかけを得る人もいます。
また、霊聴やチャネリングによって神様などの声が聴こえる人は、直接的に神様から仕事を頼まれることもあるでしょう。
ただし、神様系の仕事は神職でもない限り、基本的に給料などの収入を得られるわけではありません。
そのため仕事といってもある意味ボランティア活動に近い状態だと思います。

 

ちなみに神社を巡るなどの神様系の仕事の場合、神社が嫌いでなければおそらくそれなりに楽しみながら活動できると思います。
はじめて訪れる神社は少なからずワクワクするでしょう。
しかし僕の経験上ですが、神様系の仕事を続けるとなると「大変」と感じることが増えてくるかもしれません。

 

たとえば神様系の仕事として「三重県の伊勢神宮に行ってください」という指示があり、それを終えると「次は島根県の出雲大社です」となるとします。
普通の人であれば「これで当分の間、私は伊勢神宮と出雲大社に行く必要はないだろう」と思うかもしれません。
しかし神様系の仕事は容赦がありません。
「もう一度、なるべく早急に三重県の伊勢神宮に行ってください」みたいな展開も全然ありえます。
そして「次は九州地方です」、「次は四国です」など徐々に日本全国に展開が拡がっていくと、おそらくこの問題に直面するでしょう。

 

「神様!私は行きたいと思っていますが、交通費などお金の余裕がありません!」

 

お金によほど余裕がある人は大丈夫かもしれませんが、神様系の仕事をしている人は、必ず金銭的な問題に直面する気がします。
僕自身、神様系の仕事をやっているつもりですが、僕程度のレベルであれば全然大したことはありません。
しかし世の中には日本全国を数周巡ったり、国外まで足を運び世界各地で活動している人が大勢いるわけです。


果たしてその人たちはどうやって金銭的な問題を解決しているのでしょうか?
金銭面をどうやって稼いでいるのか不思議ですよね。
結論的にいえば…、

 

「何とかなる!」 

 

と、信じる。

 

冗談みたいですが、たぶんこんな状態です。
常識人にしてみたら「信じても絶対無理!」と判断するでしょう。

 

それでも神様を信じる。
天を信じる。
宇宙を信じる。

自分自神を信じる。
表現は様々ですが疑うことなく信じることが大切なようです。

 

買い物しようと街まで出かけ!
財布を忘れても!
陽気になれば!
世界一周!

 

「サザエさん♪」

 

神様系のお仕事で世界各地を巡っている人はサザエさん的なノリに近い気がします。
信じて、行動すれば理屈ではなく金銭的な問題は何とかなるようです。
そこで僕は思いました。

 

「馬鹿になれ!」

 

風邪をひいた僕には無理っぽい♪
ルルルルルル 今日も能天気♪

 

今回はタイトルが『脱線』なので仕方なく脱線しまくっています。
もうね、仕方なくですよ。仕方なく。

 

そんな感じで、神様系の仕事として神社巡りなどを開始される方にはぜひ協力したいですし、応援したいのですが本当に大変な道だと思います。
最初は楽しいんです。最初の頃は…。
スピリチュアル的にいえば「大変と思うから大変になる」というのも事実かもしれませんが、思うに神様系の仕事をする人はマゾ的な資質がないと無理だと思うわけです。


神様は容赦なく「やりなさい」の一言ですから、基本的にはその指示に対して「やる」か「やらないか」の二択なんですよ。
つまり指示に従うか従わないかですからマゾの資質がないと無理な気がします。
もちろん「ぜひ喜んでやらせていただきます!」と元気ハツラツ!オロナミン…もとい、素直で元気な人が好まれる気がします。


僕は全然素直ではないので、「もっといぢめてください」とは言えません。
「どうぞお手柔らかにいぢめてください」程度です。

 

「マゾじゃねーか!」

 

「いぢめる」と「いじめる」だと、やっぱり「いぢめる」方が卑猥な感じがして僕はいいと思います!

 

「何の宣言だよ!」

 

神様系の道がスタートしたら、その先がどこまで続くのか謎なんですよね。
ある意味生涯をかけて歩む道ともいえますが、濃い活動期間もあれば、ほとんど活動しない期間もあるでしょう。
活動期間に関してはその人それぞれ違うはずです。


しかしながら神様系の仕事をする人は、生まれた時からいつか必ず神様系に関わっていくことを宿命的に決められているような気がします。
なぜならば大半の人は神様系や、スピリチュアル系とは、ほぼ無縁の状態で生涯を終えるからです。
初詣などで神社に参拝に行くかもしれませんが、それ以外では神様には見向きもせず、せいぜい困った時の神頼み程度でしょう。

 

問題は「本人の意思で、その道から完全に抜けられるのか?」です。
ちなみに沖縄のユタとなる女性は、他の道に進もうとしても必ず戻されてしまうらしいので、ある意味神様系の仕事を強制的にやらざるを得ない状態かもしれません。
また、神様とご縁が強い人は「戻されるのが怖くて神様系の仕事に絶対に関わりたくない」とあえて距離をとっている場合もあるようです。


それ以外の方は、おそらく「やる」か「やらないか」の選択は少なからずできるでしょう。
つまり途中で神様系の仕事から脱線することは可能だと思います。
しかしながら脱線後、生涯を終えるまで完全に違う道に進めるのかといえば…。

 

果たしてどうなんでしょうね。
一時的に抜けたとしても、偶然のような出来事を通していつか必ず道に戻される気がします。

ある意味、全て最初から仕組まれているというか。
そう考えると素直に神様系の仕事をするのが一番のような気もしますが、そこで「私の人生は何?」と葛藤してしまうのが人間なのかもしれません。

 

ちなみに僕は好きでやっていますが、たぶんマゾだからです。
ちょっと道を誤った…。

 

現代の人間社会では自分をしっかり持ちなさいと教えられます。

 

また、他者に勝つことが大切と教えられるでしょう。
そして周囲に恥ずかしくないような素晴らしい大人になることを望まれます。
また、テレビや映画、本、インターネット、つまり様々なメディアが伝えている情報は成功者的な存在を推奨する内容が多く、「あなたの人生で目指す場所はここです」などと視聴者を洗脳している状態です。
現在の日本はこのような状態が普通でしょう。

 

しかしながらこれが厄介なことであり、教えている側も正しいと信じている状態だと思います。
生き方は人それぞれですから間違えているともいえませんが、苦しみを増やす道かもしれません。

 

自分をしっかり持つということは「私」という存在の確立です。
「私」を強く持てば持つほど、自分以外の存在との境界線が強力になっていきます。
自分自身が持つ「私」と、相手が持つ「私」の間に発生する境界線です。

 

また、他者との勝負により、格差が生まれます。
勝者敗者の存在は、優越感敗北感を同時に発生させ、自分と他者との分離を強めるでしょう。

 

そして周囲に恥ずかしくないように、あなたの「私」人間社会で生きていく上での「私という存在」を作り上げていきます。
たとえば「あなたはどんな人ですか?」と問われると、「私はこんな人間です」と答えるでしょう。
他者より自慢できる状態ならば誇らしく自分を語れるでしょうし、引け目を感じるならば自分を語れないかもしれません。
それが人間社会での普通のやりとりだと思います。

 

さて、「私はこんな人間です」と答えたとすれば、本当にあなたはそんな人なのでしょうか?

人間社会でのあなたは、あくまで人間社会用に作り上げたあなたでしかありません。

 

そもそもあなたの「私」「私は人間だ」と信じているだけにすぎないのです。
あなたの思考「私」「こんな人間だ」と人間社会で必死に作り上げただけであり、それを正しいと信じて活動を続けている状態ともいえるでしょう。

 

ちなみにあなたの友人が「あなたはこんな人だよね?」と伝えてきたとします。
その時のあなたは「正にその通り!私のことをよくわかっている!と思うか、「勘違いされている。本当の私は違うのに…」と思うかもしれません。


相手の中にはあなたはこんな人間だろうというイメージが少なからずあるはすです。
また、あなた自身の中に私はこんな人間というイメージがあると思います。
しかし、あなた自身の私はこんな人間というイメージは思考が作り上げた架空の存在にすぎません。

 

あなたの「私」は肉体を意識的にコントロールして、様々な情報を得ています。
目、鼻、口、耳、触覚などの五感から得た情報を、「これが現実」と認識して、疑うことなく信じている状態です。
さらに意識的にも情報を入手しているでしょう。

 

厄介なことにあなたの「私」生まれた時から肉体の中にいます。
たとえれば、目覚めたらロボットの操縦席に座らされていたという状態です。
しかしそのことを知りません。
なぜならば人生のスタート地点から、すでに操縦席に座っている状態のため「私は人間だ」と信じたままなのです。

 

極端な話ですが、あなたが人間であれば、あなたの腕を切断したらどう思うでしょうか?
あなたの足を切断したらどう思うでしょうか?
私の腕が切られた!私の足が切られた!」精神的なショックを感じるかもしれません。
しかしあなたは肉体の一部が無くなっただけで、あなた自体はダメージがないと思います。

 

果たしてあなたは一体どこにいるのでしょう?


首を切断されたらさすがに死んでしまいますが、あなたの本体は脳でしょうか?
たとえば脳の手術をする場合、あなたは医者に尋ねるでしょう。


「先生、私の脳を手術するのでしょうか?」と。
 

おそらく「先生、私を手術するのでしょうか?」とは尋ねないと思います。
つまり脳はあなたではありません。
ですらあなたが所持していると信じている肉体のパーツでしかないのです。

 

それではあなたは人間の肉体のどこにいるのでしょう?
寄生しているとはいいませんが、人間の中に入っているだけの状態に気づかずに、人間と信じて活動しているだけかもしれません。
そのことに死ぬまで気づかない人もいるでしょうし、人生の途中で気づいてしまう人もいます。

 

問題は気づいてしまったら元の状態には戻れないということです。

基本的には何も変わりません。

しかしあなた自身の現実世界への認識が全く変わるのです。
なぜならば、あなたが肉体を通して現実感を感じている現実世界は、あくまで情報の集合体にすぎないからです。
極端な話、物質は存在していないともいえるでしょう。
目に見えて、実際に触れるとしても「これは物質のような質感がある何か」という不確かな情報を肉体の機能から得ているにすぎないのです。

 

そもそもあなたの「私」は肉体を通して外部からの情報を間接的に得ているだけで、直接的には何ひとつ触れることができません。

たとえれば、あなたがロボットの操縦席に座っている状態で、ロボットの手が物質的な何かに触れたとしても、あなた自身の体感はゼロということです。

そしてあなたが操縦席からロボットの外に出ない限り、ロボットの外側の世界が実際に存在しているかは確かめようがなく、もしかしたらシュミレーションゲームをプレイしているだけかもしれないのです。

バーチャルリアリティという言葉がありますが、人間が現実と信じている世界そのものがバーチャルリアリティの世界ではないでしょうか?

夢の中の世界は、そこが夢の中と自分で気づけないからこそ没頭するのです。

 

さて、話を戻しますが、人間社会では自分をしっかり持ちなさいと教えられます。


つまり「私」をしっかり持ちましょうということです。
顕在意識である「私」は、思考レベルの「私」であり、本当の私ではありません。
ちなみに顕在意識である「私」も、本当の私の一部ではあると思いますが、人間には本体ともいえる「本当の私」の存在があるようです。
それは「私」を超えた存在ともいえるので、「私」という表現は適切ではないかもしれません。

 

本体ではない「私」の確立。
つまり顕在意識の「私」「これが私」と確立すればするほど、本当の私と分離していきます。
むしろ顕在意識が暴走状態になり、本当の自分につながれなくなっていきます。

 

現在の人間社会は、本当の自分につながれなくなることを推奨している状態です。
さらに顕在意識の「私」他者より優れた状態にすることを推奨しているため、他者との分離を強める一方です。
あなた自身の本当の自分との分離
他者との分離
また、メディアが伝え続けているのは分離のための洗脳です。
幸せになるためには必要なものがあります」などと、いかにもそれが真実のように伝えていますが、自分の外側に意識を向けさせているだけにすぎません。
それがすでに分離なのです。
ちなみに男性と女性の恋も、がなければ基本的には分離状態ともいえるでしょう。

 

分離は、不安を生み、恐怖を生み、争いを生む。
表向きはつながりがあっても、根本が分離状態ともいえるのが現代です。

 

本当の自分につながるためには、まず暴走している顕在意識を大人しくさせなくてはいけません。
外部に意識を奪われることをまずは止めるのです。
そして考えることを必死に続けようとする思考にブレーキをかけましょう。
考えることが大切と教えられたことを手放すのです。
ただしその時に呼吸を止めてはいけません。
呼吸を止めると単なる思考停止状態になってしまうからです。

 

まずは「私は在る」を知ることです。
そして顕在意識が信じている「私」を手放しましょう。
「私」を手放してもあなたは消えません
むしろ私など存在しないのです。

 

やがて私が一滴の水滴のようになり、音もなく内なる胸に落ちていく。
一滴の水滴が胸の中心から一瞬でどこまでも拡がり、肉体の境界線は消え失せる。
完全なる安心感と愛に包まれ感謝し、全ての存在と境界のない一体感を得る。

 

神社を巡るとすれば「とりあえず伊勢神宮」という人が多いと思う。
一般的なイメージとしては「伊勢神宮こそ日本最高峰の神社」かもしれない。

また、「日本最高のパワースポット」などと紹介されることが多い。


私自身、伊勢神宮には過去に5回訪れている。
初めて伊勢神宮に足を運んだ時は広大な境内、威厳ある社などの素晴らしさに「これが有名な伊勢神宮か~!」などと感動していた。
しかし回数を重ねるごとに「伊勢神宮には本当に神様いるの?」と疑問に思うほど境内から神気を感じられない状態となっている。
これはあくまで私の感覚であり、人によっては「神気溢れる素晴らしい神社」と感動することもあるだろうし、観光旅行などのツアーで訪れている人にしてみればスケールの大きさに「とにかく凄い神社」の一言かもしれない。


実際のところ、その人それぞれに「合う(好き)」「合わない(苦手)」のような神社(神様)の系統もあるだろう。

そのため感覚の違いがあるのは当然だと思う。
また、神社に訪れる時間帯によっても変化がある。誰も訪れていないような早朝は境内に澄んだ気が満ちているが、参拝客が多い神社などは朝から昼、そして夕方にかけて徐々に気が乱れていく可能性が高い。(神社の参拝は早朝がオススメです)


そういう点を含めてあくまで私の感覚でしかないのだが、現在の伊勢神宮は日本最高峰の神社と思えるほどのパワーは感じられないのだ。

そもそも神社において「神様」と呼ばれている存在は「意識エネルギー体」のようなものだと思っているのだが、基本的には目には見えない。
霊視などによって神様の姿を視ることができる人もいるが、おそらく「エネルギー体をその人の中のイメージ映像として視ているようなもの」だと思われる。
私の場合は“感じる”というタイプなのだが、初めて訪れる神社などでは「気」の発生源となる場所を肌で感じながら、境内を巡ることが多い。
そして「強い」「弱い」という表現は適切ではないかもしれないが、「気」を強く感じられる神社であれば、神社から10kmほど離れた場所でも、すでに“額”でエネルギーを感じはじめる。

そのため境内に入れば、「体感的に少なからず何かを感じる」のだが、伊勢神宮はなぜかほとんど感じないのだ。
私だけの勘違いかもしれないが、実は私の友人も現在の伊勢神宮の状態に疑問を感じている。

 

「大丈夫なのか伊勢神宮!」

 

…というわけで最近のことだが6回目の伊勢神宮に行ってきた。
ただし、本来の目的は「伊雑宮」に行くことだった。
皇大神宮(伊勢神宮 内宮)の別宮の一社となっているが、個人的には伊勢神宮で一番重要なのは伊雑宮だと感じている。

 

「目指すべきは伊雑宮!」


皇大神宮や、豊受大神宮(伊勢神宮 外宮)などから、かなり離れた場所にあるため、交通手段がない観光客の人はおそらくスルーする可能性が非常に高いのだが、はっきりいって「伊雑宮に寄らないのはもったいない」の一言だ。
実際のところ伊雑宮は小さな森の中に本殿がひとつあるだけで見所がほとんどない。
そのため「せっかく足を運んだのにこれだけ?」と期待はずれに感じる人もいるかもしれない。

しかし「気」を感じられる人にとっては素晴らしい場所なのだ。
伊雑宮の「気」は柔らかくもあり、和やかで穏やかでもあり、むしろ何も感じないほど繊細な状態で、「包まれる」という感覚に近く、たとえるならば「愛」だと思う。
日本各地の神社を巡っているが、伊雑宮のような包まれる気を感じる神社は他にはない。
「伊雑宮こそ本当の伊勢神宮」という説もあるが、個人的には間違いではないと思う。

ちなみに伊雑宮は「イエス・キリスト」にも関係があるという説もあるが、チャネリングができる人であれば「その意味」がわかるかもしれない。

 

  伊雑宮


余談だが、伊雑宮でしばらく滞在していると、宮司や、一部の参拝者が森に向かって一礼していた。それも必ず同じ場所に立って森に向かって一礼しているのだ。
「なぜみんな同じ場所で一礼しているのだろう?」と不思議に思い、その場所に立ってみると足元に「石」があった。

 

 伊雑宮の森の足元にある石


その石を撮影し、友人に送ったところ、伊雑宮の宮司に直接尋ねてみてくれたようで「佐美長神社の遥拝所」ということがわかった。
佐美長神社は伊雑宮から約800m離れた距離にあるらしい。
その情報を知ったのは私が帰宅した後だったため、今回は訪れることができなかったが、次回は佐美長神社にも寄ろうと思う。

 

Wikipedia 「佐美長神社」

 

せっかく伊雑宮まで足を運んだので、伊勢神宮(内宮・外宮)にも寄ることにした。
伊勢神宮に関してはあまり書くこともないのだが、とりあえず私が伊勢神宮に訪れた際に祈る場所を紹介してみようと思う。

 

【豊受大神宮(外宮)で祈る場所】

 

「豊受大神宮(外宮)本殿」
「下御井神社」(オススメ)
「多賀宮」(オススメ)
(※ 外宮 補足)
「下御井神社」は「多賀宮」の下の方にあるのだが、参拝客もあまり訪れない隠れた穴場だ。
ちなみに下御井神社には立て看板もなく、名前などは一切表記されていない。

 

  下御井神社

 

【皇大神宮(内宮)で祈る場所】

 

「五十鈴川」
「瀧祭宮」(オススメ)
「風日祈宮」
「皇大神宮(内宮)本殿」
「荒祭宮」(絶対オススメ)
(※ 内宮 補足)
あくまで個人的な感覚で「皇大神宮(内宮)」の中で一番「気」を感じる場所が「荒祭宮」だ。
荒祭宮は「天照大御神の荒御魂」を御祭神としているが、実は「瀬織津姫」様が御祭神という一説もある。ただし、私が過去に知人から聞いた情報では五十鈴川付近にある「瀧祭宮」こそ伊勢神宮の元の神である瀬織津姫様を祭っている場所らしい。
この問題に関して正しい情報は確かめようがないが、いずれにせよ伊勢神宮には瀬織津姫様の存在があえて隠されていると思われる。

 

 瀧祭宮

 

 荒祭宮

 

今回は伊勢神宮以外に三重県の「二見興玉神社」、「布気皇舘太神社(元伊勢)」、愛知県の「熱田神宮」、「真清田神社」にも寄ったのだが、自ら車を運転し、日帰り旅行で走行距離約800kmの活動だった。
1日間で約800km運転して、さらに各地の神社巡りはマゾの極致だと思う。
一人旅のため「運転変わって~」などという甘さは許されず…。

 

 熱田神宮

 

ちなみに伊勢神宮周辺には「猿田彦神社」、「月讀宮」、「倭姫宮」、「月夜見宮」などの神社があり、さらに古い町並みが再現された「おかげ横丁」でお土産探しや、様々な飲食が楽しめる。
観光旅行や、デートスポットとしては本当に素晴らしい場所なので、ぜひとも一度ぐらいは伊勢神宮参拝を経験してみられるとよいのではないだろうか。

 

あいかわらず日本各地を旅しております。
7月17日の神の日に富士山登山をして山頂の「富士山頂上浅間大社奥宮」で祈りを終え、その数日後に龍球王国(沖縄)に飛んで各地を巡り、その後しばらくは九州地方に滞在していました。

 

ちなみに約10年ほど前に祈りの旅のきっかけをいただいた恩人から「7月17日は神の日です」と教えられて、「神の日は富山県の立山山頂からご一緒にお祈りしませんか?」と声をかけていただきました。
それが2007年で、当時は「FireTheGrid 地球再生の祈り!」というイベントが世界的規模でありました。

 

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『FireTheGrid 地球再生の祈り!』
カナダに住むシェリーという女性が幼い息子と共に車ごと沼へ転落し絶体絶命の水の底で光の存在から死にゆく息子を救う方法を教えられました。人々の愛を注ぎ込むことにより、少年は回復しました。そしてこれと同じ方法で、瀕死の地球を救えると教えられました。
「多くの人々の愛を送ることによって、母なる地球を再生する」
その光の存在との共同作業で2005年に彼女は、地球を救うための「Fire the Grid」プロジェクトを立ち上げました。
2007年7月17日火曜日20:11(日本時間)から「1時間」
世界中の人々が一斉に祈ることによって地球に張り巡らされたエネルギー・グリッド(網)にエネルギー的な点火がなされます。


(スピリチュアル系の人であればFireTheGridのイベントを覚えていないでしょうか?)
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単なる偶然なのかFireTheGridのイベントの日が、神の日と教えていただいた7月17日だったわけです。
暴走気味だった私は「神の日ならばもちろん日本最高峰で祈るべき!」と思い、恩人から誘っていただいた立山登山をお断りし、独りで富士山登山をすることにしました。


実際に2007年7月17日午後8時頃に富士山山頂で独りきりでお祈りしていましたが、道を照らすライトを持参しなかったため、真っ暗闇の富士山を下山することになり死にそうになりました。明かりの一切ない夜の山は本当に危険です。

 

ちなみに2008年の時は「天と地に向かうエネルギーをつなげよう」という意図があり、徳島県の鳴門海峡の渦潮で祈ってから、その足で富士山登山をしました。
その時は祈った後で富士山山頂の上空で雲が渦を巻くような動きをしたのですが、何か意味があったのか謎です。
富士山山頂の上空は龍の巣などという説もありますし、富士山の龍神様は諏訪湖とつながっているなどという説もあるので、何かしらの龍神様関連ではないかと勝手に思っていますが、結局のところよくわかりません。


そして活動を再開した2018年の神の日も富士山山頂で祈ったわけです。

毎回独りきりで富士山登山していますが、正直なところ登山は大嫌いです。

日本国内の霊山はいくつか登山していますが、私は山頂での祈りが目的なだけで登山が趣味な人の気持ちは全くわかりません。

 

 富士山頂上浅間大社奥宮

 久須志神社(富士山本宮浅間大社東北奥宮)

 

私自身としては「神の日だからこそ日本最高峰で祈るべし!」という信念があるのですが、インターネットを検索しても7月17日が神の日とは誰も語っていないわけです。
7月17日はノアの箱舟がアララト山に着いた日という情報もありますし、京都では祇園祭があるため、少なからず意味がある日だと思ってはいますが、実際はどうなんでしょうね。

 

「うーむ、本当に神の日なのだろうか?」

 

さて、九州地方に滞在中は片道3時間(往復約6時間)ほどかけて熊本県の「幣立神宮(ヘイタテ神宮)」に何度も足を運んでおりました。
幣立神宮は過去に何度も訪れていますが、8月23日に「五色神祭」があり、一度は参加してみたくなり足を運んだのがきっかけでした。(ちなみに五色神祭は5年毎に大祭があり、その間の4年は小祭となるため、残念ながら今回は小祭の参加です)
五色神祭の参加を終えて、「次回、幣立神宮に訪れるのはいつになるのかな?」と思っていたところ、なぜかそれから連続で呼ばれる(?)ような展開となりました。
結局のところ8月23日の五色神祭の参加から、8月27日、8月29日、9月7日、9月15日と5回も足を運ぶことになったわけですが、正直なところ何のためかは謎です。


私自身は御朱印帳などは一切作ってないのですが、もし幣立神宮スタンプカードがあれば「スタンプが5個貯まったので記念に何かください!」と神主様にお願いしたいです。
とにかく交通費の出費が痛かったです…。

 

幣立神宮は日本国内でもかなり重要な神社だと思います。
約10年ほど前はそんなに大々的に知られていない存在の神社だったと思うのですが、年々知名度が高まっているのではないでしょうか。
実際に世界中から様々な人が集まってくる特別な場所です。
幣立神宮の宮司である春木様が著者の『青年地球誕生―いま蘇る幣立神宮』という本も読んでみたのですが、全て真実かといえば怪しいですが、とりあえず太古から歴史のある神社ということがよくわかります。

 

あくまで個人的な感覚ですが幣立神宮は境内の神気が弱まっている気がします。
龍神様を祭っている「東御手洗池」と「東水神宮」は幣立神宮に行ったらぜひ訪れていただきたい重要な場所ですが、こちらも昔に比べるとやはり周辺の神気が弱まっている気がするんですよね。
人が多く訪れていることが原因かもしれませんが、願うならば境内に入った瞬間に凛とした神気で身が引き締められるほどの神社であって欲しいものです。

 

 1回目 8月23日 幣立神宮 五色神祭

 

 2回目 8月27日 幣立神宮

 

 

 3回目 8月29日 幣立神宮

 

 4回目 9月7日 幣立神宮

 

 5回目 9月15日 幣立神宮

 

 幣立神宮の境内にある東水神宮

 

ちなみに幣立神宮に行く機会がありましたら、ちょっと距離が離れている「秋元神社」に足を運ばれることをオススメいたします。
山の中にあるため場所的に交通面の問題が厳しいかもしれませんが、高千穂周辺の神社に足を運ぶならば、「せっかくならばぜひ!」と思います。

あまり人が訪れないからこそ澄んだ神気が守られている穴場です。

 

 秋元神社

7月に訪れた龍球王国(沖縄県)の「斎場御嶽」

 

アメーバブログの方は放置していますが、ひそかに活動は続けています。
私の活動として訪れた場所を「2007年」、「2008年~2009年」、「2010年~2016年」、「2017年」、「2018年」という年別の記事で記載してみました。
(ちなみに訪れた場所の現地写真を掲載しているブログもありますが、その紹介は省きます)

 

私は2007年と2008年の約2年間に様々な地を巡っていたのですが、2009年頃から活動休止状態となりました。
しかし約10年後の2017年から再び活動するようになりました。
今回の活動が何年間続くのか全くわかりませんが、少しでも世のためになると信じて活動していきます。

 

さて、日本各地を含め、地球全土で様々な天災が発生しています。
突然発生する予想外の天災により、被害にあわれた方々は大変だと思います。
天災を「自分には関係ない対岸の事故」として思うのはある意味問題です。
しかしながらテレビなどでは天災が発生すると連日のように被害映像を何度も流し、その行為によって国民全体に不安や恐怖心を日々増やすような状態もある意味問題かと思います。


スピリチュアル系などの人は少なからず「自分の意識」の使い方に注意すると思いますが、世の多くの人は「天災が怖い。私の身に起こったらどうしよう」という不安感が高まる一方ではないかと思います。

 

テレビや様々な媒体を利用して「被災地への様々な支援の協力をお願いすることは大変素晴らしいことだと思います」が、その反面「不安や恐怖心を高めるだけの行為(報道)はむしろ悪い出来事をさらに引き寄せる可能性もある」わけです。
年々天災は増加していますし、今後は何が起こるかわからない状態のため、念のための用心は大切だと思いますが、実際のところ「どこで何をしていても天災などにはなぜか遭遇しない人」もいます。
その人それぞれの「(私が)創造する(私の)世界」を大切にしてください。

 

ちなみに日本各地を旅をしていて凄く気になることがあります。
龍神関係などで様々な海に足を運ぶことがありますが、最近は海に近づいても「潮の香りがほとんど無い」のです。
むしろ海に浸かっても潮の匂いがせず、まるで川の中のような状態で、「海水(海)の浄化力が失われている」気がします。
たとえば昔の海ならば海水で泳げば全身がネバネバするのでシャワーが必須でしたが、現在の海ではあまりネバネバする感覚がないのです。
海水を舐めると塩味はするので多少の浄化力はあるとは思いますが、「あきらかに昔の海とは変わっている」と思います。
海の近くに住んでいる人であれば潮の香りの変化に気づいていると思いますが、個人的には「もの凄く大変なことが起こり始めている」と感じます。
今後どのような影響を及ぼすかはわかりませんが浄化の役割を持つ「海(海水)」が、本来の機能をしなくなってきているとすれば、少しでも早く何かしらの手を打つ必要があるのではないでしょうか。

「海(海水)を変えることなんてさすがに無理じゃないかな?」と友人と相談していたら、「龍神様の力を強めれば…」みたいな話になりましたが、実際どうなんでしょうね。
「海水の温度」なども原因にあるかもしれませんが、根本的に「何か」が変わってきている気がします。

 

ちなみに「海の香り」だけでなく、「山の香り」も失われてきています。
視覚的には昔と変わらないように見えますが、「植物などの青々とした匂いが徐々に減っている」ことを感じます。
私は登山や、神社巡りなどで感じていますが、山菜採りの人などは食材の匂いの変化に気づいているのではないでしょうか。
海も山も現在は嗅覚でしか変化を感じられませんが、これが「視覚的な変化としてわかる時が訪れたら人間にはもはや手遅れ」な気がしますね。