自分らしさを取り戻すまで -4ページ目

自分らしさを取り戻すまで

後戻りしないために、繰り返さないために、10年後のために
書き留めます。

今日は雨降りで気持ちが沈みそうになっていたのに・・・・

仕事がめちゃ忙しく考え事してる時間がありませんでした(;^_^A


昨日の続きを書きますね


漫画かドラマのような出来事が自分に降りかかるなんて・・・

浅はかでした。


20歳の知識や知恵なんて何の役にも立たない


当時世間はバブルとはいえ私はしがないOL

残業しても毎月手取りで20万円あるかないか

そりゃ、バブルのおこぼれにあずかり

おじ様方にはご飯は食べさせていただいてましたが

貯金なんてものがあるわけもなく(>_<)

4か月分の給料に値する71万円をどう捻出するか

悩みまくりました


手元にあったのはクレジットカード3枚と

当時の三○銀行のカードローン枠が10万×2口


とりあえずカードローンで20万円

クレジットカードのキャッシングで3枚で50万円借りました


今思えば、ママに一括で返してと言われたわけでもなく

もっと言えば、その借用証書に本来どれだけの効力が

あったのか・・・・?


23歳の私には何の知識も知恵もなく

とにかく71万円をどうにか工面しなければとしか

思えませんでした


当時のカードローンの返済は毎月決まった額を返すのではなく

残高がマイナス表示になっていて

入金をすると入金した額、マイナスが減るというかんじでした


曲者はキャッシングのほうで

分割やリボ払いという方法をまったく知らなかった私は

結局1ヵ月後にやってくる50万円の支払いを

またまた慌てふためいて何とかしなければいけない状況でした



お世話になったママに何とか71万円を返し

ほっとしながら・・・・


このあと、事の発端を作った友人を探すべく短大時代の友達に久しぶりに連絡しました・・・





今日は良い天気(^O^)

朝から掃除・洗濯をしこたまして

やっと終了

さてさて自分のために少し昔話です


大阪にでて小さなワンルームを借りた私

段ボール箱3つほどの小さな引越しでした


短大にも慣れてきて

学校でも気の合う友達もでき始めた頃


生活費も稼がなきゃないしバイトを探しました


何が良いかなぁ・・・と、考えていたときに

短大の友人に一緒にやろうといわれ始めたのが


大阪ミナミにある小さなクラブでのホステス業

世間はバブル絶頂期で

時給もよかったし、ママも良い人で

短大時代の2年間をここのバイトで何とかしのぎました

若いっていうだけでちやほやしてもらえたよき時代です


短大を卒業して、このバイト時に知り合った

リゾート会員権を販売する会社の社長さんに誘われ

その会社に就職しました


社会人なって3年目

久しぶりにママから電話がありました


「○○ちゃんと連絡取れてる?」

ママのところで一緒にバイトした短大の友達

そーいえば最近電話してないなぁ・・・・


その友人は短大を卒業する頃ママから100万円を借りており

就職してからもママのとことでバイトを続け

月々少しずつ返していたのですが

3ヶ月ほど前に店をやめて・・・・

それから連絡が取れてないとのこと


私も連絡してないことを告げると

ママから思いがけない言葉が


「このまま連絡が取れなければ残りの負債

ふぉくしぃちゃんに払ってもらうことになるけど・・・・」


目が点になりました

なぜ私????


そう、この友達がお金を借りるとき

ママが用意した借用証書

私、保証人欄にサインしたんだ!


ちょうど20歳になっていたし、私でも良いということで

いとも簡単にサインしました


あと71万円残っているんだけど・・・

もう3ヶ月待つから

友人と連絡を取り今後どうするかを二人で決めて

そういってママは電話を切りました


私の債務の始まりです

23歳でした



10月は人事異動の時期ですね

私の勤めている会社も何人か移動の辞令が・・・・


今日は送別会と称した飲み会でした

女性陣の会費は2,000円


昨日、財布に1,200円しかなかった私(;^_^A


でも大丈夫

なんてったって今日は給料日だから(^O^)


調子にのって使っちゃいけないと思いながら

お米を買ったり、たまっていたクリーニングを出しにいったり


ささやかな贅沢にドーナッツを買っちゃったキラキラ


また明日からは節約な日々が始まりますヒヨコ