先日、某地上局で放映された、「全日空1603便の胴体着陸事故」についてのドキュメンタリー番組(以下「特番」と記載)に関する考察、第二弾となります。
※上記「特番」で同時に放送された、「御嶽山火山噴火」と「JR福知山線脱線事故」については触れません。
※放送の画面キャプチャはYoutubeより。
「全日空1603便 胴体着陸事故」
2007年3月13日、大阪国際空港発、高知空港行きの全日空1603便(運航は当時のエアーセントラル:現ANAウイングス)、DHC-8-400Q型ターボプロップ機が高知空港に着陸しようとした際、前脚を下ろすことができず、そのまま胴体着陸を行って機体前方下部を損傷した。乗員四名、乗客五十六名に怪我はなかった。
▼「Youtube動画:2007.3.13koutchi」
事故発生当日に放送された中継映像。「特番」の放送局ではなく、某国営放送の中継と思われます。
前回は、同「特番」について、ネットの評判やfoxtwoの私見を述べてみましたが、本件着陸事故を調査した運輸安全委員会が公表した「航空事故調査報告書 AA2008-5」(以下「報告書」と記載)を確認したところ、「特番」の内容と、(「報告書」に記載の)「事実」との間に多数の相違点があり、当初「追記」として前回ブログに記載していたものの、あまりにも相違点が多過ぎるため、今回(その2)として、考察を以下にまとめてみたいと思います。
出典:「航空事故調査報告書 AA2008-5」(運輸安全委員会)。
http://www.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/rep-acci/AA2008-5-1-JA849A.pdf
◆「特番」と「報告書」の相違点について
<注記:「」内の※付()と“”は、foxtwoによるものです>
①乗客はパニックになったのか?
「特番」では、終始、乗客たちが不安や不満をCA(客室乗務員)に訴える様子が「イメージ再現」と称して放映され、「一時のパニック状態」などのナレーションまでありましたが、「報告書」に記載の客室乗務員二名の口述(証言)によれば、「乗客は動揺もなく落ち着いて静かにしていた」、「原因や状況などについての質問などもなかった」、「※(終始)乗客が冷静で協力的だったので乗客に助けられたと思う」など、「特番」とは異なる事実が記載されています。
もちろん、「正常な着陸が出来ないかもしれない」という状況では、内心の不安や恐怖は当然あったと思いますが、「報告書」からは、1603便の乗客全員が素直に乗務員の指示に従い、極めて冷静沈着に対処していた様子が伺えます。
上記「報告書」でもCAが証言しているとおり、foxtwoも、この乗客達の冷静さがあったからこそ、機長や他の乗務員が緊急事態の対応に集中できたものと考えます。
「特番」では、どちらかと言うと、事あるごとに乗務員に食ってかかる“悪者”のように描かれていた乗客ですが、実際には、奇跡の胴体着陸を成功させたもう一方の立役者は、この日、1603便に乗り合わせた五十六名の乗客達なのではないかとfoxtwoは思います。
②ローパスやタッチ・アンド・ゴーは機長の発案か?
「特番」では、前脚が下りているか確認のためのローパス(低空飛行)や、衝撃で前脚を下ろすための「タッチ・アンド・ゴー」が機長の発案であるかのように描かれていましたが、「報告書」の機長口述によれば、「※(前脚が下りていない可能性を)会社(高知空港駐在整備士)に報告すると、『タクシーライトが点灯するか見たいので、タクシーライトをオンにしてローパスして下さい。』との指示があった。」、「『タッチ・アンド・ゴーで脚にショックを与えてみて下さい。』と会社から指示があった。」と記載され、ローパスやタッチ・アンド・ゴーが、地上(エアーセントラル整備士)からの指示であったことが分かります。
つまり、1603便の機長は「特番」で描かれたように、“スタンドプレー”で様々な対処を思いつきで実行したのではなく、機体構造を熟知している、地上の整備士と綿密に打ち合わせた結果として、対応していたことが分かります。
これは、高度なシステム化が進んだ現在の旅客輸送機が持つ、複雑な機械系等や電子機器の不具合対処については、それぞれの機種を担当する有資格整備士の方が、パイロットより数段優れた知識を持っているため、当然の対応となります。
(各エアラインでは、運用する機体がジェット化、さらに大型化するにつれ、パイロットに機体構造や機能について熟知するよう、要求しなくなってから久しい状況が続いています。)
ただ、「報告書」には、急旋回で前脚を下ろそうとしたことや、「特番」では描かれませんでしたが、前脚を下ろすためにピッチ変化を数回、強く繰り返したことについて、機長の発案なのか、地上からの指示だったかの明確な記載は見当たりませんでした。
③機長の「胴体着陸を訓練している」との発言は嘘だったのか?
「特番」では、機長が乗客を安心させるため、経験もしてない“胴体着陸の訓練”を行っていると機内アナウンスしたことを紹介し、「機長には胴体着陸の※(訓練)経験はない」、「実機を使った胴体着陸の訓練など存在しない」とのナレーションがありましたが、「報告書」の機長口述によれば、「緊急脱出定期訓練のときに2回ぐらい主脚や前脚が下りない場合のシナリオを独自に作って訓練を行ったことがある」、「訓練は地上で※“実機”を使い、乗客の役は社員が行った」との、「特番」とは異なる事実が記載されています。
恐らく1603便の機長とエアーセントラルは、自身が運航するDHC-8機にギア(車輪)周りのトラブルが続いていることを憂慮し、万一の場合を考えて、実機を使った適切な訓練を行っていた様子が伺えます。
※もちろん、「特番」が延べる通り、実機を胴着させたら、それは“訓練”ではなく“事故”になります。
常日頃から“有事”に備え、一朝事が起きた時(前脚が下りなかった時)、見事に危機を回避した(被害を最小限に留めた)1603便のクルーと当時のエアーセントラルこそ、高く称賛に値するものとfoxtwoは考えます。
④胴体着陸前に乗客を胴体中央から移動させたのは“方便”か?
「特番」では、胴体着陸前に乗客を胴体中央から移動させたのは、「バランスを保つ意味もあったが、実は(衝撃や火災を考慮した)“方便”だった」とのナレーションがありましたが、「報告書」の機長口述によれば、「※(地上で行った訓練を思い出して)重心の影響を考慮した。重心位置を確認して、乗客5人から10人程度※(実際に移動した乗客は七人)を後方へ移動してもらうように指示した。」とのみ記載があり、衝撃や火災を避けたとの記述は見当たりません。
一般的に“方便”とは、「ある目的を達するための便宜上の手段」となりますが、「報告書」に記載のとおり、機長は「重心の位置を考慮して」乗客に移動してもらったのであり、特に「便宜上の手段」として乗客に移動を依頼したわけではないことが伺えます。
※「特番」では、「胴体着陸時に最も衝撃を受けやすいのは機体中央部」との説明がありましたが、航空界では「主翼のある機体中央部が最も頑丈に出来ている」ものと考えられています(事故の形態により、機体のどこが安全とは言い切れませんが・・・)。
なお、「特番」では上記根拠として、1992年3月、スペインのグラナダ空港で発生した、「アビアコ航空」DC-9の“胴体着陸事故”を紹介していましたが、foxtwoが複数のネット情報源で調べた限り、この事故は、同機が11ktの追い風状態で“ハードランディング”してしまい(11-knot tailwind, the aircraft lands hard)、滑走路を逸脱、全てのタイヤがバーストし、機体が二つに折れてしまったものと紹介されており、“胴体着陸(belly-landing)”したとの記述は見当たりませんでした(99名の乗員乗客中、26名が負傷。死者ゼロ)。
また、「特番」の画面やネット上の画像を見ても、同機が二つに折れたのは胴体中央部ではなく、主翼の後方から後部キャビンが分離しており、“頑丈な胴体中央部の直後に強い負荷がかかったために機体後方が折れた”ものと推察されます。
「特番」の制作スタッフは、脚が脱落して擱座している画像を見て“胴体着陸”と思い込んでしまったのかもしれませんが、この事故について、本当にきちんと考察したのでしょうか?
⑤1603便は燃料を消費するために旋回していたのか?
「特番」では、胴体着陸時の火災の危険性を考慮し、1603便が燃料を減らすために待機旋回を行ったとの説明がありましたが、「報告書」の機長口述によれば、「※(地上のエアーセントラル整備部門と協力し、前脚を出すための様々な対応を行っていたが)この時点で、残燃料が1,000ポンドを切り始めていたので、前脚が下りない状態での着陸を決断した。」、また、副操縦士の口述でも、「※(地上からの様々な指示を試しても前脚が下りなかった)それで、燃料も残り少なくなったので胴体着陸を考えた。」と記載されています。
つまり1603便が旋回していたのは、前脚を下ろすため、地上の整備士とパイロットが協力して様々な対処を行っていたためであり、“胴体着陸を決断したから燃料を減らしたのではなく”、“燃料が残り少なくなったために、やむなく胴体着陸を決断した”ことが分かります。
なお、「報告書」の機長口述に、「※(一回分のゴー・アラウンドができるよう)700ポンドぐらい残すように計画した。」とありますが、機長がそこまで燃料を消費させようとした理由について、「特番」が主張する「火災の危険を減らすためか」、あるいは、機首の損傷を軽減するために機体を軽くするなど、別の理由があったかについて、特に記載はありませんでした。
以上が「特番」と、「報告書」の主な相違点となります。
「特番」の1603便を扱った冒頭のナレーションでは、「事故の詳細を克明に記録した事故調査報告書を解読!」と、センセーショーナルに煽っておきながら、上記「報告書」との大きな齟齬は、一体全体どうして発生してしまったのか、foxtwoは理解に苦しみます。
(実はまだまだ、「特番」と「報告書」の相違点は数え上げたらきりがないのですが、正直、foxtwoは呆れてしまって、これ以上指摘する気にもなれません)
(ーー;)
番組内でも、「報告書」の記載には度々触れていたので、制作スタッフが上記の相違点に気づかなかったとは思えませんが、あえて“事実”と異なる再現シーン(特に相違点①)を演出したのであれば、恐らく番組を“盛り上げる”ためのフィクション(いわゆる“ヤラセ”)だったものと思われます。
また、相違点②~⑤については、報告書の技術的な記載に制作スタッフがあまり関心を払わなかったのか、あるいは“ドラマチックな雰囲気を盛り上げるため”、番組独自の考察を付け加えたものとも考えられます。
以上のことから、先日、某局で放送された「世紀の実録ドキュメンタリー」は、必ずしも謳い文句の“完全ドラマ再現”ではなく、多分に脚色も交えた「イメージ再現」だった可能性が高いものだったのではないかと勘ぐりたくなります。
一介の航空マニアに過ぎないfoxtwoが物申すのも僭越ですが、この手の番組や報道を見るたびに、毎回疑問に思うことは、“航空後進国”・・・いや、日本のマスメディアには、「航空関係」の知識や見識を持ったスタッフは皆無なのでしょうか?
(本ブログ冒頭での動画も含め、事故当日のマスコミでは、「前輪」「後輪」という言い方をしていますが、航空業界にそのような表現はありません。通常、「前脚」(Nose gear)、主脚(Main gear)と呼びます。古い機種で「尾輪」と表現することがあり、対応して「前輪」と使われることもありますが、「後輪」の表現は不適切だと思います。)
最後に一言・・・。
「特番」を見てfoxtwoが感じたのは、(制作サイドが、もし航空関係に疎いのであれば)無理に脚色して機内の様子やパイロットを描くのではなく、事故発生当日の局スタッフやアナウンサーの対応や証言などを主に描いたのであれば、この「特番」は、優れた“報道記録ドキュメンタリー”になったのではないかと考えます。
残念ですね。(^_^;)
昨日、某地上局による、2007年3月13日に高知空港で発生した、全日空1603便(運航は当時のエアーセントラル:現ANAウイングス)の胴体着陸事故についての特番がありました。
※放送の画面キャプチャはYoutubeより。
※同時に放送された、「御嶽山火山噴火」と「JR福知山線脱線事故」については触れません。
▼「Youtube動画:2007.3.13koutchi」
事故発生当日に放送された中継映像。特番の放送局ではなく、某国営放送の中継と思われます。
乗員四名、乗客五十六名に怪我人が発生するなどの大きな事故にもならず、当時の同便機長の操縦とクルーの対応には拍手を送りたいと思いますが、一方で「世紀の実録ドキュメンタリー!」と称して放送された番組内容については、ネット上での辛らつな意見が散見されます。
(もちろん、この番組で本件事故の詳細を知り、パイロットやクルーの対応に感動した!など、肯定的な意見もネットにはあります)
ネットに渦巻く?、「“巻き戻し”やCM、予告が多過ぎる!」などという、放送姿勢そのものにはあえて触れませんし、「実機とはシートの配列が違う(番組では3×3席、実際には2×2席)」など、マニアックな意見には、「ちゃんと飛行機のキャビン(737?)を再現してたので、まだ、良いほうでは?」と思うfoxtwoですが、CAさんの制服がリアルだったのに、パイロットを演じる俳優さん達がパイロットシャツではない普通のワイシャツ姿で、肩章もウィングマークも付けていなかったことには、大いに違和感を禁じ得ませんでした。
放送局の公式サイトでは「完全ドラマ再現!」と煽っておきながら、あれでは、どちらが機長か副操縦士か分からないし、パイロットというより、ただの“サラリーマン”がデスクワークをしているようにしか見えませんでしたが・・・。(^_^;)
(某局衣装部にパイロットシャツがないとは思えません。まあ、「なんでショルダーハーネス掛けてないんだ~!!」と突っ込むのはやめておきます(笑))
▼「Youtube動画:コックピット DHC8」
恐らく「エアーニッポンネットワーク(全日空1603便を運航していたエアーセントラルの前身)」と思われるコクピット映像。パイロットシャツの肩には機長(金筋4本)と、副操縦士(金筋3本)の肩章が見えます。
カナダが製作し、ナショジオで放送されている、同じような航空事故ドキュメンタリー番組の、「メーデー!(原題:AIR CRASH INVESTIGATION」)」シリーズと比べ、さすが“航空後進国”が製作した番組だなぁ~と、残念な気持ちになったのはfoxtwoだけでしょうか?
製作費が桁違いに違うと思うので、「特番」と比較するのも気の毒なのですが、「メーデー!」シリーズは、リアルな再現映像とCGに加え、実際に事故やインシデントの当事者であるパイロットや乗客、また、事故調査にあたった調査官が証言するなど、ドキュメンタリーの枠を超えた、貴重な映像記録と言えます。
▼「Youtube動画:Air Crash Investiation 2017 [Promo Trailer]」
一方で、局や製作会社を問わず、“航空後進国”で製作されるこの手の番組は、「ドキュメンタリー」として真実や真相を伝えようとする姿勢が感じられず、せっかく手間をかけて製作されたCGや俳優さん達の演技も無視するような、オーバーなナレーションや演技指導など、ただ、視聴者をハラハラドキドキさせて視聴率をかせぎたいという、極言すれば“低俗”な「娯楽番組」の類いにしか見えません。
(全日空1603便の乗客が身内にいるとの方が、「(放送された番組みたいに)こんなに乗客荒れてなかった・・・」とのネット情報も。たしかに、再現ドラマの乗客がのたまう、「機長出て来い!!」のセリフはあんまりだよね~。)^^;
もう日本の民間放送では、優れた航空ドキュメンタリーが製作されることはないのでしょうか?












