帰りの船の中で書いている。大島に寄港しているおかげで、Wi-Fiが使える。忘れないうちに書いておきたい。オガサワラ最終日の半日に、地元の人からちょこちょこ話を聞けたことが、今回の旅の一番の収穫となった。ホテルの朝ごはんを食べながら、気になったから、仕事をしている若い女性に聞いたのである。ホテルは、今週末、次のお客さんが来るまで、閉鎖になるんですか。はい。気分的にはそうですね。ホテル一つとっても、営業できるのは週3日である。そりゃ、前に聞いたとおり、「内地」へは収入次第、ということになるわけである。でも、東京出身の彼女が言った、東京の便利な生活より、ここのほうが私は好きなんです、海のそばにいるということが、私には何ににもかえがたい。何ににも代えがたいーそこまで強く言い切れるものがあるとは何と幸せなことか。自分を振り返ってみても、人生でそこまで強く思ったこと、ものがあったかどうかは非常に疑問である。このあたりが自分の器でしょ、潮時なのでは、なあんて妥協しながら生きてきたのではなかったか。「なんににも代えがたいもの」ー残りの人生、それを探して、というか、自覚できるように自らを凝視しながら生きるのが、人生を全うする正解かも。港まで送迎してもらうホテルの車の中で、ああ、こんなビルに働いている人が公務員なのかもね、とぶつぶつ言うと、運転手さんが振りかえって、公務員です、と断言した。(笑)公務員に対して、あんまりいい気持ちをもってないかも、と直感した。(笑)それはカイホです、と教えてくれた。カイホ? 海上保安庁です。ああ、そうか。ここは日本の領土の南端だもんね、2,3年で内地に帰る人たちですね。はい。村長も東京都庁から来るんですよ。ええっ。地元を知らない人が来るんですか。そりゃ問題だあ。でもねえ、道の補修とかみんな東京都の仕事ですからね、仕方ないんですけどね。海外の日本人駐在員コミュニティと地元系日本人との乖離を思い出す。結局、その人たちは地元になじんだころにいなくなってしまうんですよね。そうです。人口2000人余りの村で、選挙をして、村長を選ぶ、というのはむずかしいかも、とは思った。だってサービス業の仕事をしているのは若い人たちばっかりのようだし。公務員は2,3年に内地に戻るし。。。本気でオガサワラのことを考えるのは地元民だろうけど。。自分から村長になろうという人、いるかなあ。ああ、むずかしそう。(悲)住宅街をぶらぶらしていたら、メイクアメリカグレートアゲイン、と書いたサインを見つけた。げっ、小笠原にもいるのかよ、げっ、げっ。(怒)きれいな色のプラスチックのブイが、庭先のあちこちにぶらさげてあるので見ていたら、どうぞ中に入ってみていってください、と声をかけられた。ブイは、韓国から流れついたものだという。アメリカ人と日本人の混血の人らしかった。オガサワラがアメリカに統治されてた時代にここで生まれ、アメリカの学校に通っていたという。18歳でグアムの基地に送られて、ベトナム戦争に行かされそうになって、小笠原に帰ってきたとか。あの時行ってたら、今はないよね。一番ひどいときだったから、とその人がつぶやく。健康不安があるから、来年は家を売って、内地に戻るらしい。人生いろいろ、を実感する。海上自衛隊の支部もあった。公務員の建物はやたら立派だ。(笑)船が出航するとき、10隻以上のモーターボートが、若い人たちを載せて伴走した。みんな大声で、ありがとうございました、また来てください、と叫んでいる。何人もの若者たちは、船の上から海中に飛び込んだ。好きなんだね、このきれいな海が。最後まで伴走したモーターボートは、どうも公務員さんたちが乗った船だった。海保か海上自衛隊か???いろんな船に乗ったけど、伴走があった出航は初めてである。船出はある意味さみしい。昔の移民船を想像する。オガサワラ。ありがとう。太ももに残された、クラゲに噛まれた跡。ホテル前のビーチで泳いだときに、ちくちく刺されたらしい。一直線に並んだ赤いぶつぶつ。しばらくいとおしむことにします。(笑)