親しい友達に、「台所でガス漏れしてるんだって」と打ち明けると(打ち明ける人は選ばねばならぬ。他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、喜ぶ人がいるからね。。笑)「何でも60年以上経つと、漏れる、漏れる、人間も漏れる、男も女も漏れる」と言ってくれて、笑った、笑った。おかげで、ショックがだいぶ薄れた。ほんとに感謝。(笑)雨が降れば来れませんから、と言っていた工事業者の人が、雨がぱらつきそうだったのに、予定より早く、朝9時に来てくれて、ぱっぱっと、2時間ほどで直してくれた。直すというか、新しいガス管をとりつけてくれた。壁の中に埋もれた古いガス管をさわると、たいそうな工事になるからと、壁の上に新しいガス管をひいた。おかげで、外部から家の中にひきこまれた丸見えのガス管は、まるでモダンな喫茶店の雰囲気、と納得すればいいわけで。(笑)工事が済んだので、三宮に出かけた。家近くの幼稚園の運動場(66年前に自分も通っていた幼稚園である。昔の面影ゼロ笑)から、ネイティブの英語がかすかに聞こえてきた。Wake up、Wake upと言っている? 運動場のほうに目をやると、何と黒人女性が立っていた。わあ。。びっくりした。そういう時代なんだ、幼稚園からネイティブの英語を聞きながら遊ぶ時代なんだねえ。すごい。英語が自分の思うように話せたら、将来洋々だ。がんばれえ。。この子供たちが成人したころは、「日本人」なるものも完全に変わるだろうね、それはそれで、ある意味いいことである。がんばれえ。アメリカ生活40年が大変大変だったのは、やっぱり自分の言いたいことが自由に言えなかったことが大きな要因だったと思う。もちろん、基本的にPassive aggresiveという本来の性格にも問題があるとは自分でも思うけれど(言いたいことを好きに言ってるようで、ほんとはほとんど言っていない。このことを理解している人はあまりいない。。笑)自由に英語が繰れたら、アメリカ人の態度もだいぶ変わっていたかもしれぬ。それでも、英語がネイティブのアジア系アメリカ人もまだまだ人種差別や偏見に抗議しているのが現実だから、英語が自由に繰れてもアメリカでの40年がどれだけ違ったものになったかはまったく想像できない。でも、Fresh off boatのいらだちは、深く考える人間であればあるほど、その深い思考を自由に表現できず、表現できないからこそ、アメリカ人には、相手がそんなに深く考えるだけの知性なり理性をもった人間だということは決して理解してもらえないわけで、いらだちはますます増大していくという悪循環がおきる。英語ができないからこそ、本気でかみつくまで、アメリカ人は、相手がどんな人間かはわからない、わかろうとはしない。そういえば大昔、職場闘争やったとき、レポートを書けと言われて書いたら、カウンセラーやら調査員に、I am so impressed with your insightfulness みたいなことを言われた。ふ~~ん、あの程度のことがInsightfulなの、アメリカ人ってよっぽど考えないんだね、と、それはそれで驚いた。(笑)人生これからの、かわいい幼稚園児たちに幸多かれと願うのみ。三宮で、プリペイドカードで電話にお金をいれようとしたが、そ##ば##の店舗に嫌われて、わずか10分ほどの仕事をしてもらうのに、3時間待てと言う。ばっか。どこか客がいなさそうな店舗を探そう。(笑)島津亜矢さんのCDも、欲しかったカバー曲のCDはお店になかった。(悲)お昼に食べたおうどんはおいしかった。さすが日本。おいしいものは幸せな気分にしてくれる。やっぱ、帰ってきてよかったかな。(笑)