して、それかもな、と思ったので記しておく。今日、義理の人たちが、ズームで、南極の写真を見たそうな。で、その人たちは、娘に聞いたそうな。この旅行がほんとに今までで一番いい旅行だったのか、と。で、娘はそうだ、と答えたという。なぜ、と聞かれて、娘は、他の旅行では、文化や人間など自分と違うものに出会って、いろいろ妥協しなければならない。南極にはその妥協がなくてよかった、と答えたらしい。あとでそのことを聞いて、思った。もしかして、南極で出会ったものって「絶対価値」なのかもと。妥協のない「絶対」と向き合った、もしくは対峙した、ということ? それは、宗教者の言うところの「神」みたいな存在? どうしても自然に手を合わせてしまったあの氷山やらGlacierの圧倒的な力、氷の周りの海が明るい青に染まっている美しさは、妥協のない一瞬の「神」の現出かも???それは、南極が畏敬の世界だったということなのでは。地球上の他の街への旅行は、畏敬の念を覚えるということにはまずならないのでは。まだまだ自分の中では、何かがわずかな痕跡を引きづりながら、蠢いている。そういえば、朝日ドットコムに、南極の越冬隊の記事が出ているから、プロが撮った写真を懐かしく見ている。しらせだったか、越冬観測隊の船にも、あの潜水艦みたいな救命ボートがのせてあった。潜水艦は南極専用の救命ボート??? 南極で覚えた数少ない新情報の一つである。(笑)