『チェリーパイ』
北川景子のPVとわりきればど暇なら見られるレベル。「恋空」以下。
ストーリーも訴求したいものも伝わってこないし感じとる必要もなし。こういう使い方の死は、手抜きで腹が立つ。音楽と景色、美女の3点セットでごまかし。

『ストロベリーショートケイクス』
期待せずに見たら、おもいのほかよかった。amazon評のとおり、音がちいさいのが難。それさえも、効果があるといえばあるようにも思う。女の孤独とsex描写。

・余談
池脇千鶴の演技と間のとりかたは、自然体で好きだなぁ。
宮崎あおいと似ているんだけど、池脇のほうが現実感のある役をこなす意気込みを感じる。ナニワ根性とでもいうか。
宮崎あおいといえば、『好きだ』と『陰日向に咲く』を見た。前者は、思春期時代で制服と淡い恋を出しておけばどうとでもなる配役、撮り方も脚本もよかった。後者の作品では、一人二役を演じたが、方言で使い分けという女優としての力量のなさがありありとわかった。結婚後でも大河ドラマでブレイクした運の強い女優だけど、個人的には飽きられる顔と20代後半は厳しいタイプかなと。
ちなみに、あおいのオットは、下記のシュガー&スパイスでは医大生役。

『シュガー&スパイス』

Amazon.co.jp: シュガー&スパイス 風味絶佳 [DVD]: 中江功, 柳楽優弥, 沢尻エリカ, 大泉洋, チェン・ボーリン, 木村了, 濱田岳, 岩佐真悠子, 山田詠美, 水橋文美江: DVD

配役ミス。
柳楽は、10代のモラトリアムしか演じられない役者だね。デビュー作から進歩がない。
amazon評に、「このままじゃ窪塚洋介みたいになるしかないよ」とあったけど、実際数ヶ月前、睡眠薬に手を出して助かっているんだよね、事故ってことみたいだけど。

ただ、oasisとふるきよきあめりか・基地の町・福生、主に夏木マリ役がつたえたいもの、テーマについては非常に共感できる。
重くないノスタルジアにひたりたい、少女漫画好きにおすすめ。

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『アメリカンプレジデント』

ラブストーリーにしては、政治のえげつなさや現実を描けているとしても。
女性キャラは、ストーリー上、都合のいいように扱っているだけにもみえる。
http://www.ko-gu-ma.com/



・アート
・レトロ
・古本が半額で売っている

ノスタルジックな空間で、本を静かに読む。
キャラメルバナナとこぐま珈琲オーダー。
残念なのは、ケーキが小ぶり、看板猫はいなくなってしまっていた、商店街のステレオはノイズ。

こちらの文芸+音楽+写真+カフェのブログの記事をみて、行ってみた。
http://ameblo.jp/mashiko-blog/theme4-10006387096.html#main

向島といえば、永井荷風。
歴史をしらべてみたくなったり。〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)/永井 荷風

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長野 まゆみ
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すばらしい。
なにもかもが。
10代で出会っていたら、たいへんだったと思う。

改造版 少年アリス/長野 まゆみ

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ファンタジーとか空想的なことなんて・・・所詮、現実逃避でしょ( ̄^ ̄)
そんな10代でもあったし、オトナのジョーシキに縛られていって疲れてきた今。
こういう本(世界観)に没頭できることは、しあわせでもあればふしあわせでもある。
めぐりあわせというのは不思議なもので。



『文藝』での長野まゆみ特集で、作家自身が「だから純文学ごときがなによ」的な発言をされていた。へぇーなんてその姿勢に共感しつつ、『少年アリス』読んだ。
童話ファンタジーこそが純文学という説もあるとおり、文藝誌発新人賞や文学界の定めるところの純文学とは違う意味で、これぞあらゆる意味で”「純」文学”と思いたいものを感じた。

紙にそのまま写してみたい作品。
高橋源一郎の作家としての成果ってナニ。文学ひょーろん造語屋対談ライター、とか?
『群像』でも、もう対談はしないと言いながら、町田康と向き合っていたみたいですが。 

文藝夏号(一青窈の写真)の対談は面白かった。

1)斎藤美奈子×高橋源一郎・・・文学史概観としてみると、素人にとっては価値あり。

2)一青窈×山崎ナオコーラ・・・噛合ってないゆるさというか専門性からくる立場のちがいというか。詞の音楽家と言葉の作家が、一般人的希望と知識人的絶望といった対比を代表しているようで、面白い。
前者は偽善者といわれても致し方ない。
近いところにいる創作家にみえて、遠い。
TV露出の高いアーティストのなかでは非常にマシな地道にみえるヒトトヨウだと思うけど、まさに紙とインク勝負の作家からしたら、別世界だろうなと。

インタビュアーを挟んでの企画であればどうなっていただろうか。

3)川上未映子×中原昌也・・・これはすごい。抑えてるのかやる気がないのか、まったく興味がないんだろうね。売るために仕方なく中原が対談企画にでてきてるという感じ。考えを述べるために言葉を使うこととか、商業雑誌で、そんなのヤじゃないのかな。
川上に対して「まともだよね」というところにだけ、作家としての言葉を発した程度。

一方、川上さんは、外見の印象そのままのそつなくこなせる三十路女性という感じ。
勢いだけにみえて、実は哲学とか考えてます勉強してます、という「裏・水面下」を出しすぎる感じが、作家としては劣等生のにおいが。感性があわないというか。
こんなおしゃべりできる女が、筆とかにぎってんなよ、的な。
真っ直ぐなひとではあるんだろうけど、ひととようしかり川上しかり音楽から出てきた人は根本的に文学肌から嫌われそう。あくまでも、対談の印象だけど。
ああ、町田康もパンクから来たんだっけ。というか、中原昌也もミュージシャンなのか。

中原昌也 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E6%98%8C%E4%B9%9F

文学界 2009年 01月号 [雑誌]

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『おと・どけ・もの』これの何が純文学なのか、わからないです。

まずは、「小説神髄」・坪内逍遥著(岩波文庫)これを押さえることからはじめなければいけない。
http://y-kyorochann.at.webry.info/200808/article_10.html


長文と、「~して。」「~たり。」「言わず。」「消し。」の用法と、体言止めの組み合わせ。
行動が意識の赴くままか自己と無関係にただただ流れるように描写。時系列のままさらさらとコトがつながっていく効果と、重い表現を狙ったところで体言止め。
題名の区切り方の面白さとの相乗効果で、ひとつの世界がびしっときまってる。

それにしても。
話の筋や構成力や感嘆エピソードなどはおいておいて。
コレって女性の素人ブログによくあるあれだよね。
自分に酔ってるただの日記の場合は、おもしろいよ。特に、異性からしたら女性の日常生活を覗き見してる感覚があるんじゃないかな。「売る/読ませる」意図の乏しい素人が、自動筆記のようにして綴っていく長文。たとえば、はててなにいるいかにも世間知らずだが真っ直ぐで純粋、内向的文化系女子大生みたいなのが、または、モラトリアムに浸った男子学生が、好んで書くタイプのあれ。勝手に感傷にひたってろよ、その繊細さを社会人になっても貫きつづける職業につくなら許す、と言いたくなるような。

そう、こういう俗以上の乱暴な物言いが、心の機微や行間を読む純文学愛好家からしたら、もうただのマッチョなエゴイストであることにようやく気づきつつある。詩の好きな文学青年のブログを読んでいたら、もうどこまでガラスのハートなんだろうそれ自体がアートかと・・。やめとこう、ただの愚痴だ。

しかし自分にはどうしてここまで文学的感性がないんだろうか。
ここまで文学の趣に疎いと、文学とは何かを追求しつづけなければ気がすまなくなってくる。

作品の感想にもどると。
中途半端にうじうじしてなくて、さりげない日常のちょっとしたすれ違いとやらがよかった。
最初の数行の文体で直感的にだめだと放棄しようかと思ううちに、そのままのめりこんで終わった。
長さもちょうどよく、面白かった。

しかし純文学というのは、もっと重厚で陰鬱で底流に流れる狂気の臭いで人を狂わせるものかと思い込んでいたんだけど。
現代女性の書くものは、ソフトで刺激がないのが多いね。
男性でもいいけど、ドストエフスキーと太宰とヘッセを内面に背負ったような書き手は、いないんだろうか。

せめて、ナウシカみたいな世界観やってほしい・・・って、それはアニメか。

というわけで、世界はガラスなんぞでできていないと言い切ってくれそうな辺見庸を22:00からTVでみることにしよう。いやな現実を直視しなければ。。。
奥泉光『神器』の刊行記念インタビューより
●純文学小説『神器』の作者に訊く

---[ 引 用 ]---
純文学という言い方がリアリティーを持った歴史的な文脈はあったんだと思います。でも、いまはないと思いますね。「物語」に対する批評性や方法意識に貫かれた方向にあるものを純文学と呼ぶとしたら、それはむしろ不純文学と呼ぶべきなんじゃないか。
---[ 引 用 ]---

気に入った表現→むしろ不純文学




神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件/奥泉 光

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よくいるイマドキOLによる
傲慢な視点(靴磨き屋と自己を重ね合わせる理由)
漫画的なノリ

しかしスルーされる、重なり合うことのない層=現実 を示唆?

*

で、作者青山さんって、30~40くらいのオバハンが、
がんばって若作りの気合をいれて、20代女性の描写をしているのかと思った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/青山七恵
http://www.amazon.co.jp/ひとり日和-青山-七恵/dp/4309018084

芥川賞とってる
第136回(2006L) 青山七恵 ひとり日和 文藝

その書評40件越えと、なかなか健闘。
amazon書評~マイナス評価より

---[ 引 用 ]---
鋭い感性と卓越した表現力、なのだが。
読後感としてまず思うのは、いかにも芥川賞の選考委員たちが絶賛しそうな作品だ、ということ。
平凡な日常を、鋭い感性で切り取り、卓越した表現力で生き生きと描き出している、から
だ。
感性と表現力については、確かに絶賛したい。
才能のきらめきにあふれた、優れて文学的な作家である。
しかし、その作品を通して伝わってくるものといえば、だるく生きている主人公の、だるい日常だけなのだ。
主人公の心を満たす、殺伐としたつまらなさ。
周囲の世界は、彼女にとって実体を持ったものとして迫ってはこず、まるで影絵のようにうっすらとのみ存在している。
---[ 引 用 ]---


なるほど。
”平凡な日常”を”ちがった視点”で描く。
これが、純文学に求められるものなのか・・・。

・・・・・・殺伐とした退屈な日々、コレって当り前といえば当り前で。
現実といえば現実で。

そこを逆に、自意識過剰な太宰的なものだとか金井美恵子だとか、色濃い不幸色調だとか、
そういうのはもう古いと、要らないと、そういう「文学時代」なんですかね。

何を読もうが書かれようが、感性にひっかかりだすと言葉はうるさくもある反面もちろんいいこともある。
それはともかく。
そうだね、やっぱり同時代の同性の近い年齢の人間の書くものには、目新しさもない。
読書する意味を感じない。文学というものの必要性を感じない。
所詮、優等生の綺麗なあれなのが、ある一時的に鬱寄りになった優等生を癒すにすぎない。

だいたい作家どもよ。
日常を書きあさっておきながら最後にそっと置いていくタイプの終わり方、あざといと思う。
作家にはっきり上からいわれる筋合いもないが、曖昧にするなとも思う。
味わいだとか風雅だというふうに思えない。

現代若手作家の役割と音楽家の役割はもちろん違う。
私自身が、完全に音楽脳に染まっているのかもしれない。

・・・・・・だめだ。文藝誌をチェックしていること自体がナンセンスにちがいない。

そして関係ないし、比較しようがない話ながら・・・・・・投げやりにまとめてしまうと
キテレツ大百科(Animax)やジャングル大帝(東京mx)のほうがすばらしい。

J.M.G. ル・クレジオ
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Poisson d'or きんのさかな 村野美優 訳

印象に残ったところぽけ~
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 そのとき、あたしは思ったのです。世界には自分の居場所などないのだ、どこへ行っても自分はよそ者みたいだ、だから、いつも別の場所へ行く夢を見なければならないのだ、と。
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この本に対してケチをつけるつもりなどありません。原語フランス語で読めるわけでもありません。
翻訳をされる方の努力はすばらしいものだと感謝します。
しかーし
一般論として・・・洋書への興味は、”翻訳”によって左右される気が。童話的な雰囲気を壊さないよう配慮されているのかと思われますが・・・にま~ というか、仏語は仏語で読んでこそということなのかも・・・。
文学界 2009年 01月号 [雑誌]
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465 :吾輩は名無しである :2009/01/21(水) 21:16:30
文学界のピアス読んだ。
この人はうつ病の女を主人公にしないと書けないの?と思った



467 :吾輩は名無しである :2009/01/23(金) 15:22:27
私自身も情緒不安定なところがあるので、
金原作品の主人公には共感できるし、作品自体好きだと思う
ただ、金原が優れた作家だとは思わないし、
人前で彼女を好きな作家として挙げるのには抵抗がある

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同意。

短編で読みやすい。

漫画的ですいすい読める。

構成も時系列順で妙なヒネリはないけど読みやすく、オチがあって面白い。

冷静な思考、自己の分析の仕方が神経症的なところは嫌いじゃない、

というかむしろ好き。

最後は最後に向かって小さくまとめた感あり。


それにしても・・・純文学ってナニという意味で・・・深みを感じさせない作家。

今は美貌と20代カルチャーが武器になっているとして、

あと10年後の作風がどうなるかという感じ。