急に下降する。重たいきもちが渦をまくようにして引きずられる。

最近よんだブログに、美大生や画家の方だったと思うけれど、こういうフレーズがあった。

「暗いなんて 甘えだよね 明るくなきゃわたしじゃないよね」。



ずいぶん昔に置いてきたことばだった。意外だったのは、暗い=マイナス、であることが、創造の世界にもやっぱりあるのだな、、、、。とくにそれが作品にむかうときにというより、日々顔をあわせる・団体生活では、他者の鬱々した感情がつづく場合には、一緒にいる周囲の人は距離をおきたくもなるだろうということ。


こういうことを思い出しても反発しなくなっている自分に、少し安心した。もう、脆くなりすぎたゆえに人を傷つけるのもつかれてきたのだと思う。原因・結果をすべて排除していくことは難しいにしても、気持ちに区切りがついて、「ループする中2」からは脱却していけそうな気配。それはもしかしたら、悲しい傲慢なものかもしれないけど、必要なうそ、社会と断絶すれば、拒絶されかえして、もうなにもかも投げ捨てたくなるのだから。


明るそうに振舞えるときには、そうしていけるといい、すこしずつでも。
世の中ではいろんな「事件」がおきていて、そのタイムリーな「社会的反応」、「娯楽」、「失脚ゲーム」を寄せ集めたような掲示板を眺めている。あるAAが貼られていて、「自分の青春はもう戻らない、だが、人の青春を奪うことならできる」と書いてあった。

数年前の私であれば、なんとひどいことを・・・腐ってる!と思って、ただじっと傍観して閉じたと思う。

「変わってしまうしかないのだろう」という大きな分岐点を経た今、人の足を引っ張る言動はしたくはないけれども、あったはずの正義が制裁したがる心理だとか、人を咎めたくなる心理、について、簡単に否めないと思うようになった。

これは、汚いおとな、の発想であるだろうし、どうしようもない欠落による醜さ、じぶんの弱さがそれを傍観して許してしまっているのだと思う。

誰もいつもいつまでも清く正しくなんて生きられないし、誰が加害者で何が被害者感情を生むのかも、実はもうわからない。

切り捨てるものも許すものも境界で重なりあって苦しみつづけていたけれど、わたしが10年前に選んだ道は長く時間をかけて選んだ道。だから、再び、戻らなくては、少なくとも、戻ったふりができるような大人にならなくては、、、そんな気にようやくなってきた。

こんな風に「成長」してしまうと、文学も音楽も絵画も詩も、本心から共感できない。
けれども、作品や社会的事件から、目を離さず、自分ならどうするか、想像を持ち合わせていられる余裕くらいは失わずにいたい。
芸術ものづくりのひとのあたまのなかってこんなふうだと思う。
つねに境界線をただよっていて、解体と混乱のすえに、クルものがあるかもしれず
評価されないかもしれず。

キモイとか、病んでる、というひとことで一蹴してしまわない感性のあるひとには
楽しめる内容だと思う。

コラム
http://pingmag.jp/J/2007/03/28/michel-gondry/

恋愛睡眠のすすめ スペシャル・エディション [DVD]

¥3,740
Amazon.co.jp

チャンネルnecoでみる。
ぐぐってみると、レンタルDVD屋さんでも、いつでも貸し出し中だとか。

北欧系のインテリア、雑貨、カフェ好きな人のブログでは、
『かもめ食堂』視聴は基本らしく。

めがね

¥4,536

春のみなみの島。
旅はとおりすぎていくものでしかないけど、
いつまでもこころにあるもの、とも。

かもめ食堂 [DVD]

¥3,994
Amazon.co.jp

北欧へはいつか行ってみたい。
し、この映画はきほんの和食を見直すいいきっかけにもなる。
むしょうに鮭のおにぎりを食べたくなる。

欧州の冬は日照時間が少なく、暗く寒い。
だから、クリスマスや暖色や毛糸の発色は、すばらしくいい。
旅行者はいいとこどりでしかないし、傲慢ですらあるといつも思いながら、
旅をやめることはできそうもない。

ほぼ日刊イトイ新聞 - LIFE