社内バーベキューは
まだ明るい午後5時30分から
始まった。


屋上が人でごった返すくらい
盛況だった。


鍋奉行ならぬバーベキュー奉行の
先輩がいるので、
焼方はその先輩にお願いした。


4時間後の午後9時30分には
お開きになった。



容器を回収したり、
折り畳み式のテーブルを畳んだり、
火の後始末をした。


念のため炭火が鎮火するまで
待つことにした。



屋上から空を見上げると
星が煌めき、
月明かりが綺麗だった。


渡辺主任は口をぽかんと開けて
空を見ていた。



主任は、顔の感じも声質も、
わたしが好きな"彼"とは
全然違うのだけど、

どことなく、
しぐさが"彼"と似ている事があって
ドキッっとしてしまう。



「あっ、そうだ。長濱さん。
 さっき僕、
 長沢さんデートに誘って
 OKもらいました。
 本当にありがとうございます」



行動早っ・・・・・
 


その行動力、
わたしに少し分けて下さい、主任・・・



「よかったですね。
 応援してます」


「はい、よかったです。
 良い事って伝染するので
 長濱さんにもきっと良い事が
 あります!」


「良い事ですか・・・」


「はい良い事です。
 長濱さん、なんだか最近、
 少し浮かない顔をしているので
 もしかしたら、僕と同じで
 恋の悩みでもあるのかなと思って」


「えっ!?」



図星でかなり驚いた。



「あ、ごめんなさい。
 プライベートな事に
 立ち入ってしまって・・・」


「全然です。
 わたし、顔に出てますか・・・
 その・・・恋煩いみたいな・・・・・」


「出てますよ。
 この前なんて僕と同じ様に
 ぼーっとしていて
 正直驚きました(笑)」


「ええっ、恥ずかしー(笑)」


「ふふふっ(笑)。
 なので、僕も応援します、
 長濱さんの事」


「ありがとうございます。
 では、良い事の伝染
 期待しますね(笑)」


「はい、期待して下さい(笑)」



渡辺主任は、
普段から話しやすい上司だ。


だけれど、
今日はこの人が上司で良かったと
心から思えた。





完全に炭が鎮火したのを確認すると
後始末をした。


会社を出たのは午後11時近かった。





駅に着くと渡辺主任は
わたしが帰る方向とは逆方向の
電車に乗った。


主任は、
今にもスキップし始めそうなくらい
嬉しさの色が滲み出ていた。


それから数分と待たずに
わたしが乗る電車がきた。



車内は空いていた。


スマホを取り出すと
理佐からメッセージが入っていた。



(明日、何時くらいに行けばいい?)


(お昼頃はどう?)



すると直ぐに返信があった。



(了解。11時台の電車で行くね!)


(はーい、駅まで迎えに行くから。)


(お願いしまーす。)





今日は思いがけず
運気が上がりそうな言葉を
主任から掛けてもらった。


だから、
いつもより帰りが遅くても
気持ちが軽かった。


しかも、
明日はようやく理佐に話が出来る。


"彼"が同じマンションに
住んでるってわかったら、
理佐だってきっと驚く。


今、少しだけわたしは
テンションが上がっている。


なんとなく、
このまま良い流れに乗れそうな
気がしていた。


実のところ
直ぐにでも理佐に打ち明けたかった。


でも、その逸る気持ちを抑えた。


急ぐな、急ぐな、明日になってから。


と、自分自身に言い聞かせながら
電車を降りた。



駅は人がまばらだった。


駅前通りもこの時間
人通りはほとんどなかった。


わたしは早足で帰路についた。





花屋の前を過ぎると
後方から鈴の音が聞こえた。



振り返ると
街灯の下に、この前見た黒猫がいた。



黒猫はわたしの顔を
じーっと見つめているように見えた。


かと思ったら、
後ろ足で顔を掻き

スーっと暗闇に消えていった。





マンションが見えた。


入り口付近でタクシーが
ウィンカーを点滅させて
停車していた。


空を見上げると
数時間前より星が増えているかの
ように感じた。


会社の屋上で見上げた夜空は
確かに綺麗だった。


だけど、
見慣れた場所から見上げる夜空は
どこか安心感があった。



エントランスに入ると
肩の力が抜けた。


いつもの時間よりも
かなり遅い帰宅だったから
緊張していたみたいだ。



郵便受けを確認すると、
よく行くセレクトショップから
ダイレクトメールが来ていた。


それを取り出すと
エレベーターを待った。



エレベーターの扉が開くと中から
小柄で可愛らしい顔立ちの男性が
一人降りてきた。


「こんばんは」


とその男性が
さわやかに挨拶してきたので、


「こんばんは」


とわたしも挨拶を返した。


男性はスーツ着ていた。



今からお仕事かな・・・


それとも
友達の所に遊びに来てたのかな・・・


はたまた
このマンションに彼女がいるのかな・・・



なんて思っているうちに
すぐに5階に着いた。



エレベーターを降りると
右に曲がった。



すると、
わたしの部屋の入り口付近に
人影があった。



え・・・・・



しかも、その人影は
地面に座っているように見える。





ちょっと・・・怖いんだけど・・・・・





わたしはいつでも
110番通報出来るように
スマホを握りしめた。



じりじりと近づき距離を詰めると、
その人影は男性だった。


スーツを着ていて眼鏡を掛けている
という事が確認できた。


恐怖心からくる緊張で
手に汗をかいていたけれど、
少しずつその男性との間合いを
詰めて行った。



するとその男性は
うなだれて眠っているように見えた。


前髪と眼鏡のフレームで
顔はよく見えないけど、
痩せ型で手足が長かった。


手にはこのマンションの物らしき
鍵が握られていた。



この人、
たぶん酔っぱらって
部屋間違ったんだ・・・・・



えー、どうしよう・・・



なんでここで寝るかなぁ・・・



そこ退いてくれなきゃ
部屋に入れないじゃない。





わたしは思い切って
その男性の肩を叩いた。



「あのー、すいません。
 起きて下さい」



そうしたら男性は
ゆっくりと顔を上に向けた。





ん!?





えええぇぇ~嘘!?





そこには口を半開きにして
子供のような寝顔をした"彼"がいた。





ってか、なんでここで寝てるの!?





平手くんは思わぬ形で
わたしの前に現れてくれた。



嬉しいよりも驚きが先行して
若干パニックに陥った。



さて、ここから先
どうしたらいいのかしら・・・・・



わたしは彼の寝顔を見ながら
途方に暮れた。





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