僕の呼吸が整うまで
彼女は何も言わず
背中をさすってくれた。
ある程度落ち着きを取り戻すと
僕はようやく顔を上げた。
でも、彼女の顔をそう簡単には
見る事が出来なかった。
彼女は僕をソファーに誘導し、
自身はカーテンを開けた。
朝日は眩しく
二日酔いの頭には少々堪えた。
彼女はコップに水を注ぎ
それを僕に手渡してくれた。
僕はだいぶ畏まって
それを受け取ると、
コップの三分の一程の量の水を飲んだ。
緊張しているのに、
体に水分が染み渡っていくような
感覚を覚えた。
僕はまだ水の入ったコップを
ソファーの前にある
小さなテーブルに置いた。
彼女はそっと僕の隣に腰掛けた。
すると何故か、
「ごめんね」
と謝ってきた。
なんで彼女が謝るのだろう・・・?
僕は彼女の横顔をチラリと見た。
その横顔は綺麗だけど
どこか憂いを帯びていた。
僕はどんな話を切り出されるか
気が気ではなかった。
でもまずは、
僕はどうして彼女の部屋にいるのか、
その辺の事を聞かなくては。
あっ・・・ でもその前に、
「あ・・ あの・・・
さっきお手洗い借りました」
一応、事後だけど
断りを入れておかなければ。
すると彼女は、
「・・・うん」
と、だけ言って頷いた。
久しぶりの会話が
お手洗いから始まる事が
申し訳なかった。
しかもこの妙な空気・・・
僕は耐えられるのだろうか・・・?
では本題に。
「あの・・・・・
僕、どうして
ここにいるんですか?」
「覚えてないの?」
「はい・・・すいません・・・・・」
「そっかぁ・・・・・
あのね、
わたしのウチの前で
寝てたの、平手くん」
「えっ!?・・・・・」
寝てたぁ・・・ マジ・・・・・
「平手くん、510号室に
住んでるんでしょ・・・」
「え・・・ あ、はい・・・
えっ・・何で知ってるんですか?」
「昨日、酔っぱらいながら
話してくれたから」
うぅっそぉっ!?
「たぶん方向、
間違ったんだろうね・・・」
はい・・ そうみたいです・・・
「それでね・・・ その時に、
泥酔した理由も話してくれたの」
ええっ!? 酔っぱらい怖っ・・・
「あの・・・・・ あのね、
誤解なの!!
その・・・男性と抱き合ってたって。
それ誤解なの」
誤解って・・・・・?
急に彼女の声が大きくなったので
驚いてしまった。
「あの人はただの上司だから」
あの人・・・
ああ、あの長身ハンサムの事かぁ・・・
上司と付き合ってるんだ・・・・・
ん!?
"誤解"・・・ "ただ"の上司・・・
「平手くんが思ってるような
関係じゃないの」
え・・・
「抱き合ってるように
見えただけ。
急にメッセンジャーが通って
転びそうになったのを
主任が支えてくれたの」
はいぃぃ!?
涙はとっく引っ込み乾いていた。
僕は口を半開きにして、
間の抜けた顔をしていたに
違いない。
それでも何とか彼女の顔を見た。
吸い込まれそうなくらい
綺麗な瞳だった。
「信じてくれる・・・」
そう言われても・・・・・
今の僕の頭では
この情報をすばやく処理できる
能力はなかった。
それでも、長濱さんは
結構畳み掛けて話しをしてきた。
「わたし、ずっと後悔してるの
平手くんと別れたこと」
へっ
「平手くん・・・・・
昨日言ってくれたこと
本心って捉えていいんだよね・・・」
何言いましたっけ・・・・・
僕は首を傾げるとも、
頷くともいえない、
なんとも不思議な角度で
顔を止めた。
泥酔時の発言など
考えたところで
覚えているわけもなく、
僕はコップを手に持ち
なるべくゆっくり水を飲んだ。
後ろめたい事なんてないのに
自分の目が泳いでいるのがわかった。
「昨日のこと
覚えてないんだったね・・・・・
ごめんね、わたし焦っちゃって・・・」
焦る? 何で!?
頭と口が上手く連動せずに
締まりのない口から水をダラーっと
垂らすところだった。
慌てて水を飲み込むと
長濱さんが僕の顔をじーっと
見つめていた。
恥ずかしくなって俯いた。
そして、
ソファーから腰を上げ
立ち上がると、
ぎこちなく数歩横にずれた。
心拍数が上がり、
耳が熱くなっているのを感じた。
動揺と恥ずかしさを理由に
彼女から逃げているみたいで
モヤモヤした気持ちになった。
せっかく目の前に彼女がいるのに・・・・・
目を背けちゃダメだ!
彼女と向き合うチャンスじゃないか!!
そう自分に言い聞かせて
ぎこちなくソファーに座り直した。
彼女の顔を見ると
一切目を逸らさずに僕を見ていた。
それは、
どこか張りつめたような
真剣な表情だった。
そして彼女は
思いも寄らぬことを言った。
「わたし・・・平手くんのこと
まだ大好きなの・・・・・」
僕は一瞬息が止まりそうだった・・・
というか、たぶん止まった。
そして、
「僕も大好きです・・・・・」
と、ぼそっと口走っていた。
すると彼女が、
「もう一度、わたしと
お付き合いしてくれませんか」
と少し震えたような声で言った。
彼女は今にも泣き出してしまいそうな
顔をしながら、
それでも真っ直ぐな瞳で僕を見ていた。
その瞳はなんら疑う余地もなく
僕の心を射ぬいていた。
「僕でよかったら・・・」
僕はこれまた締まりなく
ぼそっと言っていた。
「うん・・・
わたしは平手くんがいいの、
平手くんじゃなきゃダメなの」
彼女の目には涙が溜まっていた。
それは儚く美しい
雫の煌めきとなって頬を伝った。
僕は、そっと、ゆっくりと
手を伸ばし彼女に触れると、
親指でその雫を拭った。
久しぶりに触れた彼女は
温かく柔らかく、そして綺麗だった。
「僕も、長濱さんじゃなきゃ
ダメなんです」
本能的に体が動き
彼女を抱きしめていた。
抱きしめてから思った。
僕、まだ酒臭いよな・・・・・
でも、今はそんな事どうでもよかった。
彼女の首筋からは、
ほんのりと甘い落ち着く香りがした。
不安定だった精神が
一気に安定していくのが
わかった。
心のヒリヒリは徐々に癒され、
頭の中の霧のようなモヤモヤも
次第に晴れていった。
やっと言えた。 やっと触れられた。
でも、
朝っぱらから何やってるんだか・・・
安心したら、
今の状況が妙におかしかった。
「平手くん・・・」
彼女が耳元で僕を呼んだ。
こんな日がまた来るなんて・・・
僕は彼女を今よりも
もっと力強く抱きしめた。
「・・・お酒臭い(笑)」
・・・・・ですよね(笑)。
「ごめん(笑)」
おかしくなって力が抜けた。
彼女は涙を拭きながら
笑っていた。
きらきらとした
眩しくて、可愛くて、屈託のない笑顔。
この笑顔は
僕にだけ向けられた笑顔だ・・・
他の誰にも彼女を渡したくない・・・
自分でも驚くくらい
独占欲が湧いていた。
ホント馬鹿だな、僕は。
こんなに独占欲があるなら、
もっと早く動けよ。
しかも、
二日酔いになんてなりやがって!
だけど、酔っぱらわなかったら
今こうして彼女の部屋には
いなかったわけで・・・
これってやっぱり縁なのかな・・・
少し不思議な感覚だった。
僕はこの日、
彼女と二度目の恋に落ちた。
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