買い物を終えスーパーから出ると
天気雨になっていた。
西の空は明るく
もう少しで雨が上がるのかもしれない。
民家の庭先に小さな虹が出ていた。
彼に教えてあげると
目を丸くして子供みたいに喜んだ。
ありふれた小さな喜びや楽しみを
二人で分かち合った。
これから先、わたし達には
喜びや楽しみ"以外"の事も
当然のように待ち受けていると思う。
わたし達は以前
その"以外"の事で躓いた。
躓いても、
擦り傷程度だと思っていた。
でも、その傷は深くて痛くて、
なかなか治ってくれなかった。
治ったと思っていても
目には見えない大きな傷跡として
残っていた。
痛々しい古傷だった。
そして、
その古傷は事ある度に疼いた。
疼く度に後悔した。
痛みも後悔も知った今、
わたしは以前よりも真っ直ぐ
彼を見つめられるようになった。
少し遠回りをしたけれど
それは全然無駄な時間ではなかった。
人を想う事で生まれる
自分自身の様々な感情に
気付く事が出来た。
自分に向き合う時間をもらってから
もう一度彼と向き合えた。
どこか遠くまで
自分探しに行かなくても、
心から大事だと想える人が
側にいるだけで
自分って案外見つかるものだ。
見つかる、と言うより
見つけてもらった、と言えるのかも
しれないけど・・・
彼は素直なわたしを見つけてくれた。
わたしは、
かなり恵まれていると思う。
隣を歩く彼を見た。
濃紺の傘を差し、
手には買い物袋を提げている。
興味本位で買った白いパプリカが
気になるようで、
買い物袋の隙間を
時折チラチラ楽しそうに
覗いている。
「サラダにしてみよっか?」
と、わたしが聞くと、
「そうだね。
せっかく白なんだから
焼き目付けたら
なんかもったいないもんね」
と彼が言った。
そして、
「ナポリタンが赤だから
白のパプリカをサラダにすると
紅白になるよ」
と言って笑った。
「それ、縁起いいかも」
と、わたしが言ったその時、
鈴の音が聞こえた。
すると、すーっと黒猫が
わたし達の前を横切った。
何回か見かけたことのある
赤い首輪を付けた黒猫だった。
わたしと彼は顔を見合わせた。
わたし達にとって黒猫は
ちょっと特別な存在だ。
これから
不思議で素敵な事が起こる前兆、
そんな存在だから、
思わず二人して微笑んでいた。
黒猫は花屋のひさしの下に行くと
ちょこんと座り毛繕いを始めた。
雨宿りをしているのだろうか。
わたし達の事が気になるらしく
何度も動作を止めて
こちらを見てきた。
可愛らしいガラス玉のような
綺麗な瞳だった。
あまりじーっと見ては
気が散るのかな、と思い
正面を向き直して
花屋の前を通り過ぎた。
すると、後ろから
(おいっ)
と声を掛けられた気がした。
どこか聞き覚えのある声だった。
だけど、
振り向いても誰もいなかった。
(お~い)
それでも、声は聞こえた。
すると、わたし達の足下に
さっきの黒猫がいた。
えっ!?
もしかして、この黒猫・・・・・
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黒猫が僕達に話し掛けてきて
思わず彼女と顔を見合わせた。
この黒猫は以前もスーパーの帰りに
見掛けた事があった。
だけど、
それ以前にすでに出会っていた。
忘れもしない、
大学生の時の夏休みだ。
赤い首輪を付けた黒猫のクロ。
"じゃあな" と言って別れてから
それっきりだった。
「クロなのか?」
僕が黒猫に話し掛けると、
(お前と話せる猫って他にいるの?)
と言葉が返ってきた。
この可愛げの無さ、
何だか妙に懐かしい。
僕達がしゃがむと
クロは僕が想定していた通り
彼女にすり寄った。
そして、
彼女が背中を優しく撫でてあげると
うっとりした顔をした。
実にわかりやすい猫だ・・・
そして、相変わらずの女好き。
「今までどこにいたの?」
彼女がクロにそう聞くと、
(ん~・・・ あっ、
そろそろ行かなきゃ)
と言って彼女から離れた。
「どこに?」
僕の問いには、
(まあ、いろいろ。
暇じゃないんだよ)
と言い前足を舐めた。
何か、はぐらかされたな・・・
クロは僕と彼女の顔を
じーっと見ると、
(あんまり手間取らせるなよ!)
と言い、花屋の脇にある塀に
軽々と飛び乗ってこちらを見た。
(じゃあな)
「あ、じゃあな」「じゃあね」
僕らがそう言うと
クロは塀を走って行ってしまった。
僕らはその塀が建っている
狭いわき道に目を向けた。
すでにクロはいなかった。
だけど、
塀の突き当たり付近に
キラキラとした
儚く淡い煌めきを見た。
それは、
あの日に見た煌めきと似ていた。
僕らはまた
不思議な体験をしてしまった。
「クロ行っちゃったね・・・」
「うん・・・
"手間取らせるなよ"だって・・・
何の事だろう?」
僕も彼女も首を傾げた。
でも、実の所
うすうすは気が付いていた。
だって、
赤い傘の彼女が"彼女"だと
判明した直前に僕はクロを見たんだ。
クロは"あの時"から
僕達を見守ってくれているのかも
しれない。
でも、
もしかしたら"あの時"以前から・・・・・
そんな気がした。
そして、たぶん
僕の事がじれったくて、
姿を見せてくれたんだ。
僕は猫にまで心配を掛けたらしい。
心の中でクロに感謝をした。
隣を歩く彼女を見た。
左手に赤い傘を持ち、
右手でさりげなく髪の毛を耳にかけた。
そのしぐさは色っぽく、
ちらりと見える顎のラインは美しく
見とれてしまった。
「どうしたの?」
と彼女が聞いてきたので、
思わず、
「綺麗だなと思って・・・」
と言っていた。
言ってから急激に恥ずかしくなった。
顔が熱を帯びて、
明らかに体感温度が上がっていた。
心なしか彼女の耳も
赤くなっているように感じた。
まったく、二人揃って
"うぶ"じゃないんだから・・・
彼女が口に手を当てて
クスクスと笑った。
同じような事を思ったのだろうか、
「何だか初々しくなってるし」
と言ってさらに笑った。
二人で笑い合っていたら
マンションに着いていた。
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