あの日、
僕が図書館でぶっ倒れた日、


点滴が終わると帰ってもいいとの
お許しが出た。



でも、その前に
医師からも看護師からも、
やんわりとお叱りの言葉を受けた。


そして、
しっかり食事と睡眠をとる事を
誓わされた。





病院を出ると由依さんは
クスクス笑っていた。


医師と看護師に
絞られた時の僕の顔が、
困った小動物に見えたらしく
ツボってしまったようだった。



彼女の笑顔はまるで
愛玩動物のような可愛らしさだった。


僕から言わせれば
彼女の方が僕よりも
よっぽど小動物に思えた。


その事を彼女に言うと
笑顔のまま
肩をパチンと叩かれた。


僕達は笑いながら、
近距離でそっと互いの手を探した。



初めて彼女と手を繋いだ瞬間だった。





「ウチに来る?」





彼女の口から、
その言葉が発せられた時は
心臓が口から飛び出そうだった。



正直焦った。



いきなりだったから
頭が真っ白になった。



さっき告白したばかりなのに・・・


いきなり家に上がり込んでも
いいものなのだろうか・・・


いや、でもせっかくのお誘いだ!


いっきに距離を縮められる
チャンスじゃないか!!


でも大丈夫か・・・


自制が効くのか・・・



といった思いが、
頭と心の中でぐるぐる渦を巻いた。



僕は思わず、


「いいんですか?」と聞いていた。



すると由依さんは、


「うん、いいよ、おいで。
 祖母がご飯作ってくれてるから、
 一緒に食べよう」


と、さらっと言った。



つまり、そういう事だった。



逸る気持ちに丁度よく
ブレーキをかけることができた。










由依さんのおばあさんは、
大学からほど近い場所に住んでいた。


なので、彼女は
大学生になってから実家を離れ
おばあさんと暮らしていた。



おばあさんのお宅は
二階建ての洋館で、
まるで英国ミステリーにでも
出てくるような佇まいだった。


由依さん曰く、
おばあさんの趣味で、
庭はイングリッシュガーデン風に
手入れをしているらしい。


バラやハーブなどが植えてあると
教えてくれた。





おばあさんは優しく上品で、
テキパキとしている人だった。


なにより料理が上手で、
僕は久しぶりにお腹いっぱい
美味しい手料理を食べた。



孫の由依さんが
僕を連れてきた事が、
おばあさん的には
かなり嬉しかったらしい。


どうやら、
由依さんが男の人を連れてきたのは、
僕が初めてだったようだ。


その話を聞いた時は、
僕もかなり嬉しかった。





僕はその日から、
度々食事に誘われた。


由依さんのおばあさんは、
僕に対しても、
実の孫のように接してくれた。


僕が不摂生の末、
栄養失調になったことを知ると
叱ってくれたし、心配もしてくれた。


食事を余分に作り、
タッパーに詰めて
持たせてくれたりもした。



僕はかなりの頻度で
おばあさんの家に行くように
なっていた。





そんなある日。


彼女たちと一緒に
晩ご飯を食べていた時のこと。


おばあさんから、
図書館で何をそんなに
熱心に勉強しているのか、
と聞かれた。


僕は、それまで
ウェアウルフ語の勉強をしている事は
僕の祖父以外には
誰にも話した事がなかった。



狼人間と人間との
共生が進んでからは、
狼人間の母語は変化していった。


ウェアウルフ語は
決して必要とされている言語では
なかった。


だから興味を持つ人は少なく
僕みたいな物好きしか
勉強する人はいなかった。


だから、友人にも
由依さんにも話した事はなかった。


由依さんもその事を
特に深くは聞いてこなかった。





僕はその日初めて
ウェアウルフ語を勉強している事を
由依さんと由依さんのおばあさんに
打ち明けた。



先生がおらず
独学で勉強せざるを得ないこと、
とか、


単語の意味がわかっても
発音がわからないこと、
とか、


将来この言語を活かせる仕事を
してみたいこと、
とか、


目標はあっても、
自分が今どのくらいの地点に
いるのかがわからないこと、
とか・・・



少し愚痴も混ざっていたけれど、
大体そういう話しをした。



由依さんとおばあさんは
時折頷きながら
真剣に話しを聞いてくれた。















あの日、
二人に話しを聞いてもらっただけで、
僕の心は少し軽くなっていた。


その優しさに包まれた様な
柔らかい感覚は
今でも覚えている。





そして、
あの日の帰り際、
おばあさんは僕を呼び止めて
ある物を手渡した。





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