彼女と出会ってから
数年が経過すると・・・・・





僕より先輩の由依さんは
当然ながら僕より先に
大学を卒業した。


彼女は出版社に就職した。


その頃は、
図書館で会うことは
少なくなっていた。


その代わり
由依さんのおばあさんの家で
一緒に過ごす時間を作った。


由依さんは就職後も
おばあさんの家で暮らしていた。



おばあさんは僕たちに
要らぬ気を利かせてくれた。


おばあさんは時々、
自身の友人の家に泊まりに行ったり、
旅行に行ったりと、
数日帰ってこないこともあった。



まあでも、
そのお陰で彼女との仲は
かなり進展した。





僕が単位を落としそうになった時は、
由依さんとおばあさんは、
二人揃って叱咤激励してくれた。


ほぼ合宿状態で泊まり込み
レポートを完成させたこともあった。


二人のお陰もあって、
僕はなんとかギリギリの成績で
無事4年で大学を卒業した。


この頃には
かなりウェアウルフ語の訳が
できるようになっていた。



卒業して数年は
アルバイトを掛け持ちしながら
翻訳の仕事をもらった。


休日なんて無いに等しい生活を
していたけれど充実していた。





ある時、彼女の口添えで
ある出版社の児童文学の担当者と
知り合った。


僕が祖父から譲り受けた
ウェアウルフ語で書かれた
児童文学の話をすると
興味を持ってくれた。



試しに絵本の翻訳を任された。



その絵本は
僕が本能的にウェアウルフ語を
訳してみたいと感じるきっかけ
となったものだった。



その絵本には
思った以上の反応があった。


丁度自分たちのルーツである
狼人間について見直す動きが
広まっていた時期と重なっていた。


かなりの好機だった。



その絵本を皮切りに
徐々に翻訳の仕事が増えていった。



僕はこの絵本の翻訳で得た収入で
由依さんとおばあさんを
食事に誘った


そして二人に
心から感謝の言葉を伝えた。


その時おばあさんから
言われた言葉は忘れられない。



「おごってはいけません。
 謙遜し過ぎてもいけません。
 初めの気持ちを
 忘れてはいけません。
 ここからが本当のスタートよ!」





こうして、僕は
ウェアウルフ語の翻訳家としての道を
歩み始めた。










アルバイトを掛け持ちせずに
生活できるようになった頃、
僕は彼女に同棲の話を持ちかけた。



すると、
彼女は少し顔を曇らせた。



はじめは、
一人になるおばあさんの事を
心配しているのだと思った。



しかし彼女は、


「祖母の事は
 確かに心配だけど・・・・・」


と言葉を詰まらせた。
 


どうやらそれ以上に
心配事があるみたいだった。



その日彼女は、
それ以上話してはくれなかった。





僕は少々訝しんでしまった。


それが表情に出てしまったみたいで、
彼女は僕の表情の変化を察知すると
動揺しているように見えた。


そして少し怯えたような目で
僕を見つめた。


それはまるで
捕食動物に囲まれた
草食動物のようだった。


僕は彼女が心配になり
そっと抱きしめて背中を撫でた。



彼女は耳元で


「ごめんね・・・・・」 と囁いた。



その声はわずかに震えていて、
僕は不安だけが募っていった。










それから数日経ったある日。



彼女から大事な話があるから
夜、家に来て欲しいと言われた。



僕は編集者との
打ち合わせが終わると、
彼女の所に向かった。





彼女が暮らす家までの道を歩いた。



それまで何度も通っていた道だった。



だけど、あんなに不安な気持ちで
通ったのはあの時が初めてだった。



あの夜の下弦の月の輝きは
どこか無機質で冷たく感じた・・・・・





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