歌が聞こえてきた。


オルゴールのような、
ゆったりとしたテンポ。


優しい声で微かに口ずさむような歌。





玄関を開けると
星賀さんがソファーに座り
一点を見つめながら
穏やかな顔で歌っていた。


歌詞は全て英語だった。


でもその歌は、
どこか聞き覚えのあるメロディーだった。








「お帰りなさい」



星賀さんは笑顔でそう言うと、
クンクンと匂いを嗅いだ。


部屋に漂うポテトと
テリヤキバーガーの匂いを
感じ取ったようだ。


彼は目を輝かせて
テリヤキバーガーが入った紙袋を見た。


僕と由依さんが
手洗いうがいをしてる間も星賀さんは
“待て”と言われた子犬のような顔で
紙袋を見つめていた。





テリヤキバーガーとポテト、
コーラをテーブルの上に置き
三“人”で「いただきます」をした。


星賀さんはまるで
貴重品を扱うような手で
テリヤキバーガーを持つと
慎重に包みを開けた。


そして、
由依さんと僕の顔を見てから

「ではっ!」

と言うと、
テリヤキバーガーにかぶりついた。


彼は目を丸くして
コクコクと頷きながら
テリヤキバーガーを頬張った。


何も言わなくても
美味しさが伝わってくる
食べっぷりだった。 


星賀さんは食べている間、
終始頷きっぱなしだった。


かなりテリヤキバーガーが
気に入ったようだ。


星賀さんは何故か
ポテトを食べる時だけ
少し口をすぼめていた。


口の回りに付いた塩を
ペロリと舐める様が妙に人間臭くて
なんだか愛おしかった。





結局、彼は
テリヤキバーガーセット二つと
単品のテリヤキバーガー三つを
ペロリと平らげた。


それで本当に彼の腹が満ちたのかは
わからない。


でも、幸せそうな顔をしてコーラを飲む
星賀さんを見て安心している自分がいた。







「さっき星賀さんが歌っていたのって、
    “星に願いを”ですよね。
    好きなんですか?」



ポテトをつまみながら
由依さんが星賀さんに聞いた。



星賀さんは大きく頷くと、


「はい、大好きな歌です。
    地球上で一番好きな歌ですね」

と答えた。



彼が最初に記憶を捕食した
アメリカの美大生ルークさんは、
創作時には必ずと言っていいほど
“星に願いを”を聴いていたという。


星賀さんが言うには、
ルークさんは有名なディズニー映画
「ピノキオ」がとても好きだったようだ。





「僕が記憶を食べてしまったせいで
    彼は夢だったイラストレーターには
    なりませんでした」



星賀さんは少し俯き加減でそう言った。



やはり記憶の捕食で
個人にとっての望ましくない結果が
生じる事があるようだ。


そう思っていると星賀さんは話を続けた。





「それで、ルークさんは結局、
    ピ○サーっていう
    アニメーション制作会社に
    入ったみたいです。
    可哀想な事をしてしまいました」





えっ、どこがっ!?



どこが可哀想なわけっ!?



それって、
とんでもなくディズニーと
繋がってるんじゃないの!?



その事を星賀さんに伝えると
彼は驚いたあとに
ホッとした表情を見せた。





「そうですかぁ、
    繋がってるんですねぇ・・・
    よかったぁ」



星賀さんはそう言うと
少し恥ずかしそうに首をすくめ
頭を掻いた。





「地球に来てすぐの頃は
    予知能力をあまり上手く使えなくて、
    ルークさんの未来を全然見通すことが
    できなかったんです・・・
    でも、よかったです。安心しました」



そして、首をクッと伸ばすと
ベッド脇にあるコルクボードを指差した。





「あのクリスマスカード
    ボクが描いたんですよ」





僕の部屋のコルクボードには、
若干黄ばみ角が丸くなった
クリスマスカードを
ずっとピンで留めてある。


そのカードは、
土生さんからもらった物だ。


けれど、その記憶は全くない。


たぶん捕食されてしまった。


このクリスマスカードが
僕らと星賀さんの接点となった。



でもまあ、
僕らはつい最近まで
それを全く知らずにいたのだけど・・・





カードはだいぶ劣化していた。


それでも描かれている
クリスマスツリーの星は
何故だかずっと美しく輝いていた。



星賀さんはニコニコしながら
そのクリスマスカードを見つめていた。





「あの時、ツリーに星を描いたのは、
    二枚だけなんです。
    この緑を基調にした一枚と
    赤を基調にしたもう一枚です」



赤を基調にしたカードは
由依さんが持っている。



カードを見つめる星賀さんの顔は
どこか懐かしさに浸っているように
見えた。





「このカード印刷じゃなくて
    手描きだったんですね」


由依さんがコルクボードに近づき
そう言った。


そして彼女は僕を手招きした。


僕はポテトを一本口に放り込むと
ウエットティッシュで手を拭いた。


カードに近づきよく見ると
右下に小さく“Luke Starman”と
星賀さんのサインがしてあった。


今の今までサインがしてあることに
全く気がつかなかった。


日中、星賀さんに言われるがまま見た
オークション履歴での落札額が
一瞬頭を過った。


どうやら僕と由依さんは幼い頃から
かなりの値打ち物を持っていたようだ。


その価値を知ってしまった今、
少し顔が引き攣っていた。





「“星に願いを”という歌なんですが、
    英語詞と日本語詞で少し意味合いが
    違うんですけど、知っていますか?」   



星賀さんにそう聞かれ、
僕も由依さんも首を横に振った。


星賀さんはそれを確認すると
ゆっくり話を始めた。





「英語詞は、『星に願えば
    きっと君の思いは叶うよ』という
    メッセージ性が強い歌詞なのですが、
    日本語詞は、『あの美しい星は、
    君がひとりぼっちの時も側にいるよ』
    と寄り添う感じで、
    どこか情緒的なんです。
    お国柄ですかね」



星賀さんはにこやかで
やわらかい眼差しを僕らに向けた。





「日本語詞もいいのですが、
    ボクが最初に聞いたのは英語詞なので
    この歌だけはやっぱり
    英語詞の方が好きです」



そう言うと星賀さんは
僕らに近づき床に安座した。


そして、こんな事を言った。





「このクリスマスカード、
    実は特別なんです。
    “星に願いを”なんですよ」



星賀さんは意味深な笑みを浮かべていた。





「このカードには僕の魔法と、
    カードを買ってくれた人の
    愛情が詰まってるんです」





魔法と愛情・・・?



愛情は、たぶん土生さんの愛情だろう。

それはなんとなく
フワッと理解ができた。



でも、魔法って何なんだ?



メモリー・イーターは
予知能力や瞬間移動の他に
魔法も使えるってことなのか?





「あの、魔法を使えるんですか?」



僕がそう質問すると、
星賀さんは得意気な顔をして言った。





「一回だけ使えるんです。
    だから僕は、
    二枚のクリスマスカードの星に
    魔法をかけました。
    たぶん記憶保安管理局の人は
    ボクらが魔法を使える事を知りません」



星賀さんはそう言うと、
またもや意味深な笑顔を浮かべ
僕らを見た。





「どんな魔法をかけたんですか?」



由依さんがそう聞くと
星賀さんは今度はどこか悪戯な顔をした。




「魔法は魔法です。
    さっきもいった通り
    “星に願いを”です。
    これ以上は言いません」



そう言うと彼はソファーに腰掛け
コーラを飲んだ。


彼の言葉を受け、
僕らはそれ以上魔法のことは
聞かなかった。


それでも少し気になっていた。





魔法ねぇ・・・何だろ?



僕と由依さんは
顔を見合わせ首を傾げた。



すると、
星賀さんは思い出したように、


「あっ、ボク今ピノキオのDVD
    持ってるんです。観ませんか?」


と言いおもむろに立ち上がった。


そして彼は、
バックパックからDVDを取り出し
僕らを見た。





「せっかくだから観よっか」


由依さんがそう言い
星賀さんからDVDを受け取った。





ピノキオかぁ・・・


どんな話だったっけ?





数ヵ月前、記憶保安管理局で
記憶の捕食の話を聞いた時は、
まさか今こうしてメモリー・イーターと
ピノキオを観る事になるとは
思いもしなかった。


しかも、
ちょっとウキウキとした気分で!



なんだか僕は星賀さんといるのが
楽しくなっていた。



妙な巡り合わせというか・・・



これも探偵をしていたからだろうか?


じゃなかったら、
こんな風に思えなかったかもしれない。



由依さんを見ると、彼女の表情も
どことなく柔らかい印象を受けた。








飲み物を用意すると、
星賀さんを挟むようにして
三人で少しギュウギュウになりながら
ソファーに腰掛けた。


星賀さんは気にしていないようだが、
彼の左手は完全に透けていた。


そればかりか、
右手と首の周りも透け始めてきていた。


もうジワジワと
消滅までのカウントダウンが
始まっているようだった。










~~~~~~~~~~~~~~~~~










願いは叶った。



ピノキオの話だ。


幼い頃にたぶん観ているが
ほどんど忘れていた。


“良心”が鍵となるお話で、
思っていたよりも道徳的だった。



見終わると約一時間半ほど経過していた。


それでもまだ夜の七時半前だった。


星賀さんはというと、
顎の辺りまで透けてきていた。


足は靴下で隠れているが、
たぶん透けているのだろう。



彼は大きなあくびをし
眠そうだったので、
僕のベッドで横になってもらった。


そうしたら、途端にイビキをかいた。


思わず由依さんと
クスクス笑ってしまった。



イビキかくんだぁ・・・



星賀さんは、どこまでも人間臭かった。





「星賀さん、
    人間になりたかったのかな・・・」



由依さんが独り言のように言った。



星賀さんはDVDを持ち歩くほど
“ピノキオ”が大好きなようだ。


でもそれは、最初に記憶を捕食した人を
単純にリスペクトしているのだろう。


だから別にその人を
義理立てしているようには思えなかった。



絵にしてもピノキオにしても、
星賀さんにとってはこの上ないほど
素晴らしい未知との遭遇だったのかも
しれない。


ある意味“ピノキオ” が
画家Luke Starmanの原点なのだろう。


そして、“星に願いを”が
地球で生きていくうえでの
伴走曲だったのかもしれない。



だから、ピノキオに憧れ
人間になりたいと思っても
別に不思議ではない。


星賀さんには予知能力があるから、
惜しみ無く愛情を注ぐ
ゼペットじいさんが現れない事は
わかっていただろう。


だとしたら、
魔法を自身のために使っても
よかったんじゃないか。


人間になる魔法。



それとも、魔法というのは
誰かのために使うもので、
自身のためには使えないのだろうか?



僕は勝手にそんなことを思っていた。







星賀さんは本格的に寝てしまった。


正直言うと、
このまま彼が消えてしまうのではないか
と気が気ではなかった。


でも、スヤスヤと眠る
星賀さんの顔を見ていたら
僕も眠たくなっていた。


由依さんを見ると
彼女もまたうつらうつらしていた。



今日一日を振り返ると
結構慌ただしかった。


みんな疲れているのだろう。


だから眠たくなって当然だ。


それでも僕は
船を漕ぐ度に顔を上げ、
目を見開き眠気を堪えた。


そして、星賀さんが
ベッドで寝ている事を確認した。


けれど、何度目かの船漕ぎで力尽きた。


たぶんそのまま
床に伸びるように寝入ってしまった。





夢の世界の入口では、
“星に願いを”が静かに流れていた。


その優しくやわらかいメロディーは
まるで子守唄のようだった。





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