遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。



僕の大好きな声。



体が左右に揺れているような感覚を
覚えた。





ん・・・


ああ、僕は寝てるのか・・・








「・・・・・て、ねえ、起きて」



ぼんやり目を開けると
由依さんが僕の体を揺すっていた。


僕はソファーの下で
縮こまって寝ていたようだ。


グゥーっと両手足を伸ばしてから
起き上がりスマホで時間を確認した。


午前二時を数分経過していた。


あれから、かなり寝てしまったみたいだ。



寝ぼけ眼で部屋を見回すと、
玄関がキラキラと輝いて見えた。


目を凝らすと
そこでは星賀さんが
しゃがんで靴を履いていた。


彼が身に付けている
黒のキャップ、
カーキ色のモッズコート、
そして、大きめのバックパック、
その全てが透けて見えた。



星賀さんは、
無数の儚い星に囲まれたように
やわらかな輝きの中にいた。


その姿はイルミネーションツリーを
背景に立っているようだった。





「そろそろみたいです。
    先に消えてしまった仲間の声が
    聴こえました」



星賀さんはそう言うと
優しく微笑んだ。


僕と由依さんは、
彼に近づきハグをした。


因縁めいた相手との
もう一生会えないだろう
お別れのハグ。


星賀さんの“人”柄を知るほど
寂しくなっている自分がいた。


透けていても彼にはまだ
しっかりとした感触があった。





「星賀さん、魔法・・・
    クリスマスカードの魔法、
    星賀さん自身に使えないんですか?
    もっと絵、
    描きたいんじゃないんですか?」



僕はそんな事を彼に聞いていた。


すると星賀さんは
微笑んだまま首を横に振った。





「ボクはピノキオではなく、
    ボクなんで・・・
    それに、ボクらが使える魔法は、
    愛情が加わらないと効かないんです。
    その愛情は、
    ボクに向けられたものではありまん。
    だから、ボク自身には使えないんです」



彼はそう言うと
玄関のドアノブに手を掛けた。


そして、振り返ると
笑顔で僕らにこう言った。





「記憶、ごちそうさまでした」





すると由依さんが
星賀さんを真っ直ぐ見て言った。





「さようなら」





その言葉には、
この事柄に終止符を打つような
どこか力強い響きがあった。


これで僕らの記憶の一件は
本当におしまいになる。


何かもっと言いたいことが
あったはずなのに、
僕も「さようなら」としか言えなかった。





星賀さんは、
僕らの別れの言葉を聞くと玄関を開けた。


すると彼の体は
足下からキラキラとした
細かい砂金のような粒に変わった。





「あっ、そうだ!
    ゆいちゃん、ゆうくん、
    メリークリスマス!!」





その言葉を最後に星賀さんの体は
全てキラキラの粒に変わり、
スッーと空へと舞い上がった。


そして、その光は
まるで竜のようにうねりながら
夜空を駆け抜け消えてしまった。















玄関から冷たい秋風が入り込んでいた。



星賀さんは最後の最後に
僕らの名前を呼んだ。


しかも、“ちゃん”付け“くん”付けで。



時期的にはまだ少し早い
メリークリスマス・・・



一体なんだったのだろう?



僕はぼんやりと
そんな事を思いながら
玄関のドアを閉めた。



すると由依さんが、

「ええっっ!?」

と驚いたような声を出した。


彼女の側に駆け寄ると、
クリスマスカードの星が
僅かに光を放っていた。


僕らはその星を黙って見守った。



すると次第に星の光は強くなっていった。



眩い光で部屋が満たされると
星はクリスマスカードから抜け出し、
由依さんと僕の頭の上を飛んだ。


八の字というか、
インフィニティ(∞)というか、
そんな軌道を描きながら星は飛んだ。



星が飛んでいる間、
キラキラとした煌めきが
僕らに降り注いだ。


その煌めきに包まれると
温かく懐かしいような
気持ちになっていった。



そして、次の瞬間、
星は閃光を放ち消えた。





僕らは催眠術にでもかかったように
ゆっくりソファーに腰掛けていた。


そうしたら
急激に眠気が押し寄せてきた。


由依さんが口を押さえあくびをした。


それにつられて僕もあくびが出た。



たぶん僕らは
そのまま眠ってしまった・・・










~~~~~~~~~~~~~~~~










右肩に重さを感じて目が覚めた。


由依さんが僕の肩に
もたれ掛かるようにして眠っていた。



朝からなんてラッキーなんだ!



だがしかし、流石に肩が凝っていた。


僕はゆっくりと肩を抜くと
彼女の頭を押さえた。


そして、ソファーに代役をお願いした。





カーテンの隙間からは
太陽の光が漏れていた。


時計を見ると、
いつもならもうとっくに
朝食を食べている時間だった。


どうやら寝過ごしてしまったようだ。


頭が少しぼんやりしていた。


何だか夜の出来事が
夢の中の出来事のような気がしていた。


だから、まだベッドに
星賀さんが寝ているのではないかと思い
確認してしまった。


彼の姿はどこにも見当たらなかった。





由依さんが目を覚ました。



彼女も部屋の中を見回し
星賀さんを探しているようだった。





「おはよう」


由依さんに声を掛けると、
彼女は微笑みながら

「おはよう」

と返した。





ベッド脇のコルクボードに目が向いた。


クリスマスカードが
変わらずピンで留めてあった。


でも、そのカードから星が消えていた。



そこでようやく星賀さんが
本当に消滅してしまった事を理解した。



フッと肩の力が抜けたような感覚を
覚えた。


安堵と寂しさが同時にやって来て
僕は小さくため息をついていた。








「よしっ!朝ごはんにしよっ」



由依さんは笑顔でそう言って
昨日二つ余ったテリヤキバーガーを
レンジで温め直した。


彼女の笑顔を見ると
自然とため息は消えていた。


だから僕はいつものように
インスタントのみそ汁を用意した。



テリヤキバーガーとみそ汁。


一見ちぐはぐだが、
日本的なハンバーガーと
日本を代表するスープの組み合わせだ。


たぶん合うだろう。







ホカホカのテリヤキバーガーを
手にすると、
昨日の“最後の晩餐”の話を思い出した。


由依さんに聞かれたが、
言いそびれていた。





「ねぇ、由依さん。
    昨日の最後の晩餐の話なんだけど・・・」





僕の最後の晩餐は決まっている。


でもそれは、
何を食べたいというより、
誰と食べたいという話になる。


だから本題からは
だいぶズレた返答になる。


でも僕は、
そのズレた返答を今したかった。



なんか朝から緊張してきた・・・





「僕はね・・・」



由依さんはみそ汁を飲みながら、
聞いているのか、いないのか、
わからない返事をした。



僕は小さく深呼吸をしてから
彼女を見て言った。





「由依さんと一緒に食べられれば
    何でもいい」





よしっ!


よく言った自分!!



勝手に言って、
勝手に恥ずかしくなっていた。


僕はそれを誤魔化すように
勢いよくテリヤキバーガーに
かぶりついた。





熱っっ!?





パテが煮えていた。



想定以上の熱さで僕はむせてしまった。


目には涙が溜まり、
口の中は熱さでヒリヒリした。



そんな僕を見た由依さんが
笑いながらコップに水を注ぎ
手渡してくれた。


僕はそれを受け取ると
急いで水を口に含んだ。





「何やってるのよ、友(ゆう)
    子供じゃないんだから」



由依さんは
ケタケタ笑いながら僕を見た。





ん!?



僕は慌てて水を飲み込んだ。



「由依さん、今何て言った?」





確かに言ったよね・・・



「子供じゃないんだからって。
    ごめん、怒ったぁ」





いやいや、全然。


そうじゃなくて・・・





「その前に何て言った?」



由依さんは顎に手をあてて
考える仕草をした。



「え~と、何やってるのよ、友・・・
    ・・・・・えっ!?」





僕と由依さんは周りを見回した。


部屋に僕の名前が書かれた物は無く、
僕は名札もゼッケンも身に付けていない。


けれど、由依さんは僕の名前を呼んだ。





これって、もしかして・・・



由依さんがもう一度
僕の名前を呼んだ瞬間、
懐かしい記憶の数々が
断片的にフワフワと頭に浮かんできた。


それは由依さんも同じみたいで、
僕らは暫し呆然とした。








「これが魔法・・・」



由依さんがそう聞いてきた。



「魔法・・・かな・・・
    うん、魔法だよっ!!」





僕は驚きと嬉しさから
妙なテンションになっていた。


だから、つい勢いで
由依さんを抱き締めていた。



彼女の肩は僅かに震えていた。





「ちょっと~、朝からやめてよ」



彼女はそう言うと
クスクス笑いながら僕に顔を近づけた。


そして、そっと
唇が触れるだけのキスをした。





朝からやめてよって、
どの口が言ってんだぁぁぁ~!?





由依さんの瞳は熱っぽく妖艶だった。





もう我慢できませんっ!





僕は彼女の頬を軽く手で包んだ。


視線が重なると体が一気に熱を持った。



顔を引き寄せ
ゆっくりと唇をついばんでいった。


そのやわらかい唇は僕を溶かし、
ふと漏れた彼女の吐息は脳を麻痺させた。


そして、甘い舌先が触れた途端、
理性が吹っ飛びそうになった。





これはもう
行くとこまで行ってみようかっ!!





そんな時、玄関チャイムが鳴り、
ドアが開いたのがわかった。





なんか嫌な予感・・・





恐る恐る視線を玄関に向けた。


すると、
片手に紙袋と鞄をぶら下げた土生さんが
半眼で突っ立っていた。





うわぁ~・・・





土生さん、
その涅槃像のような半眼は、

悟りを開いたのですか?

それとも笑っているのですか?

はたまた、怒っているのですか?



もう誤魔化しようがなかった。


だから僕らは
ただ笑うしかなかった。


でも、本当に心から笑えた。


それくらい気分が高揚していた。


そして、
僕と由依さんはそれぞれ土生さんに
こんな事を言っていた。





「土生さんの愛、
    確かに受け取りました!」


「兄さん、ありがとう!」





星賀さんの魔法は
きっと土生さんの愛情がなければ
成立しなかった。


ゼペットじいさんの
ピノキオに注ぐ無償の愛情とは
少し違うのかもしれない。


けれど、
土生さんの僕らへの愛情は、
僕らが思っている以上に
深く大きなものだった。



半眼だった土生さんの瞳は
丸くなっていた。


彼は僕らがどうして
この今の状況になったのか
察しがついたのかもしれない。





「あー、もう食べちゃった?」



えっ、由依さんの事?


今から食べようと思ってたんですけど・・・


朝から何を言わせる気ですか?



どうやら
察しがついた訳ではなさそうだ。



それにしても似てるなこの兄妹・・・





「まだ食べてないですよ」


僕がそう言うと
土生さんは少し困ったような顔をして
笑った。


そして、指で頬を掻きながら言った。



「違う違う、朝食の事」



だったら始めからそう言ってよ・・・



土生さんは紙袋をヒョイっと持ち上げて
僕らを見た。





土生さんが言うには、本日、
土生さんの愛妻・美波さんと愛娘は
朝から揃って夢の国、
つまりディズニーランドに
行ってしまったらしい。


それで一人で朝食を食べるのが寂しくて
僕の所に来たという。





「お邪魔だよね・・・うん、
    一人寂しく会社で食べるよ」



え、ちょっと・・・


そんな風に言われたら
追い返せないでしょうがっ!? 








 結局、三人で朝食を食べた。


土生さんはフワフワのタマゴサンドと
スモークサーモンサンドを
買ってきてくれた。


僕は土生さんに
インスタントのみそ汁を出した。


すると、
三人同じタイミングでみそ汁を飲み
フゥと息をついていた。



なんだかなぁ・・・







「そうそう、まだ正式に
    決まったわけではないんだけど・・・」


土生さんが突然そう言って
鞄から何やら取り出した。


それは記憶保安管理局で作成された
メモリー・イーターの記憶の返還に関する
資料だった。


そこには、寿命が迫りターゲットの
マークを追えなくなった
メモリー・イーターに対する
救済方法が書かれていた。


資料によると、
記憶保安管理局が指定した
探偵事務所等が
メモリー・イーターに協力して
ターゲットを探す、と書いてあった。





えっ、これってつまり・・・





「決まったら直ぐに知らせるけど、
    K探偵事務所でほぼ決まりだね!
    そういうことだからっ」



土生さんはタマゴサンドを
パクッと咥えると
手を振り部屋を出ていった。



ただ朝食を一緒に食べるためだけに
来たわけではなかったみたいだ。







「ガッツリ関わっちゃったしねぇ・・・」



由依さんはそう言うと
チラリと僕を見た。


事務所の経営的には
記憶保安管理局から
仕事を引き受けた方が安泰だ。


けれど、この事務所には二人しかいない。


今の仕事量だけでも
いっぱいいっぱいだった。





所長、マジですかぁ・・・





由依さんの目が
「当然引き受けます」と言っていた。





上司の圧がスゴいです・・・





僕はコクッと頷いた。




「じゃあ、そういうことでっ」





これ、パワハラかしら・・・



本当にそっくりだな、この兄妹はっ!!





僕はたぶんこの先ずっと
この兄妹に振り回されながら
生きていくのだろう。


嫌ではない。


むしろ嬉しい。


だがこれだけは言っておく、
僕はけしてMっ気が強いわけではない。


この兄妹だから嬉しいんだ。





僕はフワフワのタマゴサンドを頬張った。


そのしっとりフワフワとした感触は
ついさっきのキスを連想させた。


やはりニヤニヤしてしまう。


でもあれだ、
全く耽美的でも情緒的でもない。


だって、彼女との初めてのキスは
テリヤキソースの味がした。



これもまた、僕の記憶に
幸せとして刻まれるのだろう。





ふとクリスマスカードを見た。


やはり星は消えていた。





星が消えた朝、僕らの記憶が戻ってきた。





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次回、最終回です。


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