木々が赤や黄に色づき、
道を行く人々の服装は
段々厚くなってきていた。
コンビニでは
クリスマスケーキやチキンの
ご予約承ります、という
のぼり旗が目立つようになった。
けれど、まだ本格的な
クリスマスシーズンではないため、
街に慌ただしさは然程ない。
もう二週間ほどすれば
完全に師走の忙しなさの中に
僕らもいることだろう。
それまでは、
晩秋のちょっとした静けさを
楽しむのも悪くない。
あの日から一ヶ月以上が過ぎていた。
一昨日までペット捜索や
素行調査の依頼が立て続けにあった。
そのため、
ほぼ毎日フル稼働の状態だった。
昨日から少しのんびりできている。
だから今のうちに
事務所の大掃除をしてしまおう、
という事になった。
まあ、忙しい年末気分の中
大掃除をしたくない、というのが
一番の理由だ。
それに年末年始は
由依さんと二人だけで過ごす事が
決まっている。
今年は本当に色々と忙しかった。
だから一年の疲れを癒すため
事務所の慰安旅行というか、
婚前旅行というか・・・
年末年始は温泉旅館で
しっぽり過ごす事になっている。
今から楽しみでしょうがない。
しかし、
実はまだ土生さんに旅行の事を
話していない。
別に大人だから、
わざわざ許可を取る必要もないのだけど、
後がねぇ・・・
ちょっとだけ怖い。
だから、
近いうちに土生さんを
飲みに誘って話すつもりだ。
たぶん、今の僕なら
上手く許可を取れそうな気がしている。
それが、どこから来る自信なのかは
わからない。
だけど、あの日から僕は
どこか晴れ晴れとした気持ちの中にいた。
そういうわけで、
掃除にも気合いが入っていた。
二人掛かりで行うと
昼過ぎにはほとんど片付いた。
お腹がグゥ~っと鳴った。
「平手・・・じゃなくて、友(ゆう)、
お昼どうする?」
「ラーメンでも頼もっか」
僕は近所のラーメン屋に電話し
二人分の醤油ラーメンの出前を
お願いした。
今、聞いての通り、
あの日から由依さんは
僕を名前で呼んでくれている。
しかし、
これまでの癖というのは
なかなか抜けないようだ。
かなりの頻度で今みたいに、
“じゃなくて”という訂正が入る。
平手で間違ってはいないから、
別に訂正は必要ない。
それに、苗字で呼ばれる事に
僕も慣れているからそれでも構わない。
けれど、意識して
名前で呼んでくれようとする彼女が、
やたらといじらしくて可愛いものだから
何も言わないでいる。
名前を呼ばれる度に
どこかくすぐったいような、
気恥ずかしいような、
そんなチョットしたムズムズ感を
楽しんでいた。
変態だと思うなよ。
ホント、
たまらないほど可愛いんだからっ!
最近は、色々な事を見聞きする度に
頭の中にぼんやりとした映像が浮かび、
それが徐々に鮮明になっていく、
そんな現象が僕自身によく起きている。
由依さんもそうみたいだ。
何だか一気に思い出が増えたような
感覚だった。
けれど、土生さんとしたあの約束は
思い出せていない。
幼い頃の約束だから、
本当に度忘れしている
だけなのかもしれない。
“Promise me”
星の消えたクリスマスカードの裏には
そう小さく書かれている。
約束の内容は去年のクリスマスに
土生さんから聞いている。
その約束を果たす時期が
そろそろ来たのかもしれない。
約束とは、あれだ・・・
つまり・・その・・・
プロポーズのことだ。
でも土生さんと約束したから
プロポーズするんじゃない。
自分自身の気持ちと、そして記憶と
しっかり向き合った結果のプロポーズだ。
正直に言うと、
星賀さんの一件がなかったら
ここまで自身の記憶と向き合う機会は
なかったと思う。
だからあの一件を
できるだけプラスに捉えるように
している。
まあ、でもこれは記憶が戻ってきたから
言える事なのだけど、
この今のプラス思考が
無事にプロポーズにまで繋がることを
僕はひっそりと願っていた。
記憶は日々追加されていく。
それは、楽しい記憶、
嬉しい記憶だけではない。
辛い記憶、
悲しい記憶なんかも増えていく。
でもそれが
毎日を生きているという証拠になる。
自分にしかわからない証拠。
全てを覚えていようなんて思わない。
そんなことは無理だ。
忘れてしまうことも沢山あるだろう。
けれど、大切な人との記憶は
やっぱり覚えておきたい。
だから、彼女と一緒にいられる今を
大切にしたい。
ラーメンが届いた。
レンゲでスープを掬うと
フーフーと息を吹きかけた。
あの日、「あちっ」と言いながら
スープを飲んだ星賀さんを思い出した。
それは由依さんも同じみたいで、
「地球外生物が
猫舌だとは思わなかったよねぇ」
なんて言って笑った。
この先、僕らは、
醤油ラーメンを食べる度に、
テリヤキバーガーを食べる度に、
ピノキオを目にする度に、
カーキ色のモッズコートを見掛ける度に、
星賀さんの事を
思い出すのかもしれない。
星賀さんは僕らに記憶を返すことで、
自身の事を僕らに覚えておいて欲しかったの
かもしれない。
そうだとしたら、
星賀さんが掛けた魔法は、
星賀さん自身にも
しっかり掛かっている事になる。
でもこれは、あくまでも
もし、そうだったらいいな、
という僕の想像でしかない。
星賀さんが
本当はどう思っていたかなんて、
もう誰もわからない。
ただ僕はこの先も
星賀さんを忘れる事はないと思う。
だって彼はこの事務所に依頼に来た
大切な依頼人だからだ。
あの時の記憶返還大作戦の報告書は
しっかりまとめてある。
それに、K探偵事務所は、
来年の春から正式に記憶保安管理局から
業務委託を受ける事が決まった。
メモリー・イーターの
記憶返還の手助けをする。
メモリー・イーターが
僕らの顧客となるわけだ。
だから実質、
その第一号は星賀さんということになる。
いま思うと、あの記憶返還大作戦は
春からの新業務に向けた予行練習みたいなものだったのだろうか・・・
星賀さんが予知能力で
どこまで僕らの未来を
見通していたのかはわからない。
それでも、
僕らが探偵でいる事を語る上で、
星賀さんとの因縁めいた出来事は
外せないものになっていた。
昼休憩が終わると
細々とした備品の整理をした。
それが片付くと
二枚の絵を事務所の壁に飾った。
どちらもブロンズの額縁に入った
A4ノートサイズの絵だ。
一枚は、黄葉した大きな木の下で
段ボールに入った白猫を撫でる
小さな女の子と男の子が描かれており、
もう一枚には、
クリスマスツリーのオーナメントに
じゃれつく黒猫が描かれている。
今の季節にピッタリだった。
これらの絵は、
人気画家Luke Starmanこと星賀さんが
依頼の報酬代わりにくれた物だ。
報酬代わりだが、
僕らはこの絵を換金する気は一切ない。
なんとなく手元に置いておきたかった。
僕らは暫く黙って絵を観ていた。
すると由依さんが
何やら思い出したようだ。
「そういえば欅公園の欅の木って
こんな感じだったよね」
欅公園・・・
ああ、僕と由依さんが出会った公園だ。
確かに黄葉する大きな木があった。
あっ、そういえば・・・
「たしか公園に捨て猫がいて
エサあげたよね」
「そうそう、私、給食の牛乳
こっそり持って帰ってきてた」
「僕は家から何度か黙って
カツオ節を持ち出したら、
親に見つかって怒られたっけ」
「ふふっ、ゆいちゃ~ん怒られたぁ
って言って半べそかいてたよね」
「嘘!?それ全然覚えてない。
話作ってない?」
「うんん、作ってない。
事実だけを話してます」
「マジかぁ・・何かちょっと恥ずかしい」
「可愛いじゃない、ゆうく~ん」
「やめて・・・」
「ごめん!
でもあの子猫どうしたんだっけ・・・
かなり小さかったよねぇ」
「うん、この絵みたいな白猫だった・・・」
ん!?
僕と由依さんは顔を見合わせた。
もしかして・・・
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とある公園。
大きな木の下で
小さな女の子と男の子が
しゃがみ込んでいた。
どうやら二人は
段ボールに入った捨て猫を
撫でているようだ。
二人のすぐ近くでは、
黒いキャップを被り
モッズコートを着た長身の男が
英語の歌を口ずさみながら
スケッチをしていた。
その男は子猫を見る度にソワソワし、
どこかその子猫に触りたそうな素振りを
見せた。
女の子と男の子は、そんな不審な男を
時折チラチラ見ながら気にしていた。
二人は意を決したように立ち上がると
男に話し掛けた。
「あの・・・おにいさん、
ねこすきなんですか?」
女の子が男にそう聞くと
男はコクコクと頷いた。
「なでてみませんか?」
男の子が猫を抱き上げた。
「ボクが触ってもいいんですか?」
男がそう聞くと
女の子も男の子もコクリと頷いた。
男の子が猫を手渡すと
男は初めおっかなびっくりだった。
しかし、すぐに慣れたようで
愛おしそうに猫を撫でた。
すると、男は不思議な事を言った。
「この子猫はもうすぐ親切なお姉さんが
保護してくれますよ。
その後は、面倒見のいい
優しいおじさんが引き取って
大切に育ててくれます。
安心してください」
男の話を聞き、女の子も男の子も
キョトンとした顔をした。
そんな二人に男は
スケッチブックを見せた。
そこには、色々な猫が
生き生きと描かれていた。
「おにいさん、がかさんなんですか?」
女の子が目をキラキラさせながら聞いた。
すると男は、二人に自己紹介をした。
「はい、画家です。
Luke Starman(ルーク・スターマン)
という名前で絵を描いています。
日本名は星賀光(ほしがひかる)
と言います」
「ほしがひかる?
かっこいいなまえ!」
男の子がそう言うと、
星賀と名乗るその男は
照れたように顔を赤くした。
「じゃあ、
ほしがのおにいさん
ってよんでもいいですか」
男の子が大きく澄んだ瞳を
男に向けて聞いた。
「はい、いいですよ!」
するとそこに、
動物保護団体の女性がやって来た。
公園の近所の人から
子猫を保護して欲しいという連絡を
受けたという。
ついさっき
星賀のお兄さんが言っていた事が
本当に起きた。
予言が現実になったようで、
女の子も男の子も驚いた様子を見せた。
けれど、それも束の間、
急に猫を連れていかれた寂しさから
男の子がぐずりだした。
そんな男の子を女の子が必死に宥めた。
「ゆう、なかないで。
あのこは、ほごされたほうが
しあわせなんだよ」
目にいっぱい涙を溜めながら
男の子は女の子を見た。
「ゆいちゃん、ぼく、あのこと
しゃしんとりたかった。
そうすればずっと
おぼえていられるでしょ」
男の子は口を尖らせて俯いた。
女の子はゆい、男の子はゆう、
という名前らしい。
星賀のお兄さんは二人の名前を
スケッチブックの片隅に
そっと書き留めた。
そして、彼はこんな事を言った。
「写真ではないけれど、
あの子猫と二人の絵なら
ボクが描いてあげるよ。
それじゃダメかな」
その言葉を聞いた
ゆいちゃんとゆうくんの顔が
パァァっと明るくなった。
「ダメじゃないです」
「ほしがのおにいさん、ありがとう」
二人は満面の笑みを
星賀のお兄さんに向けた。
すると彼は何故か
申し訳なさそうな顔をした。
「ありがとう、
って言わなきゃいけないのは
ボクの方だから・・・ごめんね」
ゆいちゃんとゆうくんは
互いに顔を見合わせると
またもキョトンとした顔を男に向けた。
「なんで、ごめんね、なんですか?
おにいさん、なにもわるいこと
してないのに」
ゆいちゃんがそう質問すると、
男は少し困った顔をした。
「んー・・・
ボクにとっては必要な事でも、
人間にとっては悪い事だから・・・
だから、ごめんね」
ゆいちゃんもゆうくんも
星賀のお兄さんが言っている事が
よくわからなかった。
不思議そうな顔をする二人を見て、
星賀のお兄さんは笑顔を取り繕った。
「あと一ヶ月もすればクリスマスだね。
出来上がった絵は、
ボクからのクリスマスプレゼント
ということでいいかな」
ゆいちゃんもゆうくんも
ニコニコの笑顔で頷いた。
ひらひらと黄色い葉が舞い、
暖かな夕陽が三人を照らしていた。
「ほしがのおにいさん、またねー」
ゆいちゃんとゆうくんはそう言うと
星賀のお兄さんに手を振った。
そして、
仲良く手を繋いで家路についた。
そんな二人に
星賀のお兄さんは手を振り返し
ポツリと呟くように言った。
「また会おうね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
鮮明に記憶が蘇っていた。
この絵は星賀さんから
僕らへのクリスマスプレゼントだった。
でも、もう一枚の絵は何なのだろう?
クリスマスツリーのオーナメントに
黒猫がじゃれついている絵。
クリスマスに因んでの
オマケだったのだろうか?
すると、由依さんが首を傾げて言った。
「この黒猫がじゃれてる
オーナメントって
初めから星だったっけ?
鈴じゃなかった?」
えっ
いやぁ・・・
星だった気もするし、
鈴だった気もするし・・・
正直なところ、
あの時は金額に驚いて
ちゃんと絵を観ていなかった。
でも、今の由依さんの記憶力は最強だ。
だから、初めは
鈴だったのだろうと思った。
ん・・・
ってことは、
絵が変化したってこと!?
僕は黒猫がじゃれてる
星のオーナメントを見つめた。
小さな星。
その星がキラリと光った。
なんとなくその星は
あのクリスマスカードから
消えた星に似ていた。
魔法の星は消えたのではなく
今度はこの絵に宿ったのかもしれない。
しかし、これもまた、
そうだったらいいなぁ、という
僕の思いだ。
だから僕は思い続けよう。
星に願えば、星が光ると。
事務所の電話が鳴り、
僕は受話器を取った。
「はい、こちらK探偵事務所です」
私共の事務所では、
ペット捜索に、人探し、
浮気調査に素行調査、
あと稀に
猫や地球外生物の依頼も受けています。
もし、何かお困りの事がありましたら
気軽にメール若しくは電話をください。
直接お越しくださってもかまいません。
私どもが力になります。
依頼、お待ちしております。
K探偵事務所
ーーーーーーーおしまいーーーーーーー
「星が光る」をお読みくださり
ありがとうございました。
K探偵事務所シリーズは
これで完結となります。
お付き合いくださり
本当にありがとうございました。
☆作中に、“猫にかつお節”の描写
(第9話、第17話)がありますが、
実際は、猫に人間用のかつお節を
与えてはいけません。
腎臓病や尿路結石等のリスクが
高くなってしまうそうです。
人間用はやはり、
人間だけが味わうように
出来ているみたいです。
猫には猫用をお願いします。
けれど、メモリー・イーターは
人間用のかつお節でも大丈夫です。
残留思念がどうのこうの
と言うかもしれませんが
気にしないでください。
星賀さんは、
おにぎりが好きだと言っていたので、
おかかおにぎりなんかにすると
喜んで食べると思います。
お腹を空かせたメモリー・イーターに
遭遇した際は是非お試しください。
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