呆気なかった。
それはもうビックリするくらい
スムーズだった。
見つけ出すのには、
もっと時間を要すると思っていたから
拍子抜けした。
まさか向こうから声を掛けてくるとは
思わなかったから、
「へっ!?」
なんて素っ頓狂な声を出していた。
コインパーキングに駐車し、
車を降りたタイミングで、
「探偵さ~ん」
と声がした。
聞き覚えのある女の子の声。
その声の子は、
コインパーキングのフェンスの向こう側で
ピョンピョン飛び跳ね手を振っていた。
僕たちが探していた女の子は、
探さずとも自ら来てくれた。
望来(みらい)ちゃんは
友達数人と一緒だった。
みんなお揃いの
英国カレッジ風の学校指定鞄を
背負っていた。
望来ちゃんが言うには、
明日は運動会があるらしく
今日は短縮授業だったようだ。
体育委員の彼女たちは、
明日の準備をしていたため、
他の生徒よりも遅い下校になったという。
それでも、
僕たちが想定していた下校時刻より
三、四十分は早かった。
到着が少し遅れていたら、
たぶん望来ちゃんの自宅まで
押し掛けなければならない事態に
なっていただろう。
「あの、お仕事中でしたか?」
望来ちゃんは今更ながら
僕たちに声を掛けてよかったのだろうかと、
少し不安げな表情をした。
浮気調査や素行調査の最中だったら
正直迷惑だった。
しかし、本日は大歓迎だ。
ありがとう!
と感謝したいくらいだった。
だけど、まともに感謝を口にしては
望来ちゃんの頭に“?”が浮かぶと思い、
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「全然大丈夫だよ」
望来ちゃんに近づきそう言うと、
彼女はホッとした表情を浮かべた。
由依さんがアイコンタクトを取ってきた。
今が絶好のチャンスだった。
だがしかし、星賀さんが動かない。
何度も僕と由依さんが
目で合図を送っても固まったままだ。
すると、次第に彼の顔は紅潮していった。
大丈夫なのか?
やっと動いたと思ったら
彼は忙しなく手をパタパタさせた。
え、ちょっと・・・
ここに来てパニクるなよっ!?
「落ち着いて」
由依さんが小声でそう言い
星賀さんの背中に手を当てた。
それでなんとか
パタパタは止まったのだが、
彼はまるでネジ巻き式の
ブリキロボットのように
カクカクしながら望来ちゃんに近づいた。
いくらなんでも不自然すぎる・・・
星賀さん、
事務所にいた時のウキウキは
どこへ行った!?
この地球外生物は
ビビりだと自己申告していたが、
ビビりなうえに極度の緊張しいだった。
望来ちゃんも彼女の友達も
目をパチクリさせながら
星賀さんを見ていた。
これはまずいと思った由依さんが
望来ちゃん達の気を逸らせようと
話し掛けた。
「あっ、望来ちゃん
私とは初めましてよね、
K探偵事務所で所長をしています、
土生由依です。
猫のユイさんは元気にしてますか?」
由依さんがユイさんの話を振ると
彼女たちは見事に食いついた。
もう、猫様様だ。
僕も話に加わり
話題が途切れないように
とにかく話続けた。
けれど、
日頃接する機会の少ない
小学生との会話は、
直ぐにネタが尽きてしまった。
なんとか運動会の話題で繋いだ。
見るからに活発そうな彼女たちは、
明日の運動会でどんな競技があるのかを
楽しそうに説明してくれた。
そういえば望来ちゃんの祖父である
片流楢(かたるなら)さんも
以前運動会の話をしていた。
「たしか、望来ちゃんのおじいさんも
参加するんだよね」
僕がそう聞くと望来ちゃんは、
「うん、すごく張り切ってます」
と嬉しそうに答えてくれた。
そんなやり取りをしていたら
ようやく星賀さんが
望来ちゃんの背後に近づいたようだった。
彼の足の運びは
カクカクからソロソロに変わっていた。
まるで泥棒のように
抜き足差し足といった感じで近づいた。
望来ちゃんの背後に立った星賀さんは、
かなり慎重に手を伸ばし、
ほんの一瞬だけ望来ちゃんの肩に触れた。
そして、
僕と由依さんを交互に見て
コクッと頷いた。
えっ!?終わり・・・
それで本当に記憶の返還できてるの?
幸い望来ちゃん達は話に夢中で
背後に変態生物が接近していた事には
気がついていない様子だった。
星賀さんは
何事もなかったような顔をして
僕の隣に戻った。
すると彼は
モッズコートのポケットから
小さなスケッチブックを取り出した。
そのスケッチブックを
パラパラと捲ると
一枚の絵を望来ちゃん達に見せた。
「こっ・・・こ・・こっ・・・」
星賀さんがどもってしまい、
僕は彼の背中を軽くさすった。
この地球外生物の体内に
人間と同じような器官が
備わっているのかはわからない。
だけど僕の手には星賀さんの鼓動が
確かに伝わってきていた。
彼は一度大きく深呼吸をした。
そして、
「こ・・この犬、どう思います?」
と望来ちゃん達に聞いた。
星賀さんが見せのは一匹の犬の絵だった。
その絵を見た彼女たちは、
絵の出来栄えに驚きを隠せないようで、
「お兄さんが描いたんですか」
「すご~い」
「かわいいっ」等と口々に言った。
その時、望来ちゃんが
何やら思い出したように
大きく目を見開いた。
「あっ!この犬、私が一年生の時に
動物病院に連れて行った子にそっくり」
その言葉に僕と由依さんは
思わず顔を見合わせた。
星賀さんを見ると
頬を少し赤くしながら微笑んでいた。
記憶の返還は無事に成功したようだ。
「その犬は元気ですか?」
星賀さんの質問を皮切りに
話題が犬やら猫やらに移っていた。
まさかこれまでの
ペット捜索で得た知識が、
今のような状況で話を繋ぐ事に
活かされるとは思わなかった。
結局、ほぼ雑談で終わった。
地球外生物と小学生と探偵による雑談。
不毛なようでいて
実はかなり実のある雑談。
雑談だったから、
とりとめがなかった。
でも、それでいい。
僕たちにとっては仕事だったが、
望来ちゃん達にとってはただの雑談。
明日の運動会で、すぐに掻き消されて
しまうくらいの出来事。
それがいい。
正味十分。
しかし、
感覚的には数時間にも感じていた。
星賀さんはわかり易いくらい
晴れやかな顔をしていた。
そんな彼の顔を見て
ホッとしている僕がいた。
望来ちゃん達の背中を見送った。
気持ちのいい秋晴れの午後だった。
運動会かぁ、
明日もいい天気になりますように。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
事務所に戻った僕たちは
途中になっていた窓掃除をした。
星賀さんも手伝ってくれた。
ワイパーでの水切りは
僕よりも星賀さんの方が上手だった。
地球外生物というのは
案外小器用な生物のようだ。
そう思いながら隣の星賀さんを見た。
彼の左手は親指を除く他の四本の指が
透けて見えていた。
本当に今日消えてしまうかもしれない。
星賀さんが消えるということは、
僕と由依さんの記憶の一部も
完全に消えてしまうような
そんな感覚を持っていた。
それは寂しくもあり、悔しくもあった。
だから僕は思わず、
「星賀さん、今日
僕の家に泊まっていきませんか?」
なんて聞いていた。
自分の記憶を捕食した生き物を
泊めるなんて、どうかしてるよ自分・・・
僕の中では様々な思いが交錯していた。
星賀さんは僕の誘いを素直に喜んだ。
「ではお世話になります」
彼はそう言うと
人懐こい笑顔を僕に向けた。
すると由依さんが、
「じゃあ私も泊まって行こうかな。
理佐に“あとは任せた”って
言われちゃったしね」
と言った。
そう、ある意味僕らは、
かつての職場である記憶保安管理局から
星賀さんの処遇を任されていた。
本来ならば由依さんの“泊まる”発言には
舞い上がってしまうところだ。
けれど、彼女の今の発言は
おそらく責任感や使命感からきたものだ。
この状況だから
泊まるということなのだろう。
僕は小さくため息をついていた。
窓掃除を終えると
普段より早めに事務所を閉めた。
夕食に(記憶以外で)何が食べたいかを
星賀さんに聞いた。
彼は少し考えると
子供の様なキラキラとした笑顔を
僕らに向けた。
そして、
「テリヤキバーガーが食べてみたいです」
と言った。
星賀さんが最初に記憶を捕食した
アメリカの美大生の好物は
ハンバーガーだったらしい。
けれど、星賀さんとしては
被捕食者の好物にまで手を出すのは
マナーが悪いと考えたらしく、
これまでハンバーガーには
一切手をつけたことがなかったという。
「日本で食べるなら、
やっぱりテリヤキバーガーです!」
そうゆうところ本当に観光客みたい・・・
素直な地球外生物の笑顔が
やたらと眩しかった。
星賀さんの体は十分単位で
透けていく箇所が広がっているような
感じがした。
どのような順で透けていくのかは
わからないが、
既に左手は完全に透けていた。
彼は少し眠そうにあくびをした。
心配になり星賀さんには
僕の部屋で休んでもらった。
その間に僕と由依さんで
ハンバーガーを買いに行くことにした。
事務所の最寄駅近くにある
大手ハンバーガーチェーン店までは
車で五分かからずに着いた。
店内は空いていた。
高校生や大学生くらいの人達がチラホラ。
騒がしくない程度に人の声が聞こえた。
緊張感の無い空間が、
少しだけ心地よく感じた。
テイクアウトで
テリヤキバーガーセットを四セットと
単品で五つテリヤキバーガーを注文した。
なんとなく多目に注文していた。
どんだけ
テリヤキバーガーが好きなんだ・・・
店員は淡々としていたが、
そんなことを思っているかもしれない。
僕らはレジ近くのカウンター席に腰掛け
商品の出来上がりを待つことにした。
僕らの目の前には新商品のポスターが
ドーンと貼られていて、
嫌でもそれに目がいった。
「星賀さん、
今まで我慢してたのかなぁ・・・」
由依さんはポスターを見ながら
ぼんやりと呟いた。
「ハンバーガーの事?」
僕がそう聞き返すと彼女は、
「うん、そう」
と頷いた。
そして、
「平手はさぁ、
最後の晩餐に何食べたい?」
と僕に聞いてきた。
最後の晩餐・・・
薄々気がついてはいたけれど、
やっぱり由依さんも同じような事を
思っているのかもしれない。
テリヤキバーガーが
星賀さんの最後の晩餐になりそうな、
そんな予感がしていた。
それに、たぶん星賀さん自身も
そう悟っているように思えた。
だから、これまで一切口にしなかった
ハンバーガーを所望したのだろう。
もしかしたら、これが星賀さんの
最初で最後の我儘なのかもしれない。
そう考えると少し切なかった。
ピロリピロリンと
ポテトの揚げ時間を知らせる
アラーム音が聞こえた。
すると由依さんが、
「ねぇ、最後の晩餐決まった?」
と呼び出しモニターを気にしながら
聞いてきた。
ああ、そうだった。
僕の最後の晩餐は決まっていた。
それを口に出して言おうとしたら、
隣に由依さんの姿がなかった。
振り返ると彼女はレジにいた。
呼び出しモニターには
既に番号が表示されていた。
あっ、言いそびれた・・・
テリヤキバーガーとポテトが入った袋は
ホカホカで食欲を唆るいい香りがした。
店の外に出ると
オレンジ色の太陽が眩しかった。
僕らの後ろには長い影が伸びていた。
車のフロントガラスでは
赤蜻蛉が羽根を休めていた。
ドアを開けると
蜻蛉はゆるりと飛び立った。
空では連結飛行する
つがいの蜻蛉が数組、
暖かい夕陽に包まれ生を謳歌していた。
これからどんどん
秋が深まっていくのだろう。
「星賀さん、生唾飲んで待ってるね」
由依さんが僕の顔を見て言った。
「そうかも」
僕は笑いながらそう返した。
すると、由依さんは、
「でも、ポテトの匂い
けっこう生唾でるかも」
と言い笑った。
「早く帰って食べよっ」
たぶん、ジャンクフードが放つ香りには
魔法が掛かっている。
これでもかっ!!
と食欲を刺激する魔法だ。
車に乗り込むと
僕の腹がグゥ~と音を立てた。
すると、それにつられたように
由依さんの腹が合唱した。
なんだか可笑しくなって、
二人して笑顔のまま帰路についた。
とある秋の夜長、
僕らは素直な地球外生物と
テリヤキバーガーを食べます。
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