柔らかな日差しが
冷えた地面を暖め、

ところどころで
植物の新芽が顔を出し
冬の終わりを告げていた。


その猫を見つけ出したのは
そんな日の夕方だった。





猫は綺麗な白猫で、
依頼人は高齢の男性だった。


猫が逃げ出した経緯はこうだ。


依頼人宅のインターホンの調子が
悪くなっていた。

どうにか自分で直せないものかと
いじっていたら
大音量で鳴らしてしまった。

その時、
たまたま換気のため開けていた窓から
運悪く驚いた猫が逃げ出してしまった
という。





依頼人は早くに奥さんを亡くし
その寂しさを埋めるために
猫を飼い始めたそうだ。


もともとは、
猫好きではなかったという。

どちらかと言うと犬派。

飼うなら犬だと思っていたそうだ。



猫を飼うきっかけを与えてくれたのは
奥さんだったと依頼人は言った。





奥さんの四十九日が明けた日に
庭に小さな白猫が迷い込んできた。


近所を回っても
飼い主は見当たらなかった。

よく見るとその子猫は
奥さんと似ていた。

円らな瞳と悪戯っぽい口もとが
そっくりだった。


依頼人はその子猫が
奥さんの生まれ変わりだと感じた。

子猫に触れるだけで
不思議と寂しさが和らいだ。



“ユイ”と名付けた。

奥さんの名前を呼びたくて、
猫に奥さんと同じ名前をつけた。





今回迷子になったのは
二代目のユイさんだった。


先代のユイさんは
猫にしては長生きをしたそうだ。

最期はお気に入りの寝床で
眠るように息を引き取ったという。


二代目のユイさんとは
譲渡会で出会ったらしい。

顔もシルクのような毛艶も
先代のユイさんにそっくりだった。

でも性格は先代よりも
甘えん坊で怖がりのようだ。


現在19歳。

かなり高齢の猫だった。





相談に来た時の依頼人は
全くといっていいほど
落ち着きがなかった。

取り乱したように話をした。


あまりに

「ユイが、ユイがぁ~」

と言うものだから
はじめは可愛い孫でも
家出したのかと思ったほどだ。


依頼人はある程度の落ち着きを
取り戻しても、
貧乏ゆすりだけは止まらなかった。

話を聞いている間ずっと
左足が小刻みに揺れていた。


もしかしたら、
貧乏ゆすりをすることで
崩れ落ちそうなバランスを
保っていたのかもしれない。




依頼から三日後の夕方、
白猫のユイさんは
依頼人宅から数十メートル離れた
空き家のガレージで見つけた。

タイヤの輪の中で怯えるように
うずくまっていた。

大好きだというおやつを与えると
警戒しながらも食べてくれた。

よほど空腹だったようだ。



見つかったと連絡を入れると、
依頼人は飛んでやってきた。

鼻をすすりながら
何度も僕と土生さんに頭を下げた。

そして愛おしそうに猫を撫で、
優しく抱きかかえた。

猫の瞳もどこかトロンとしていた。


依頼人はもう
貧乏ゆすりはしていなかった。










「本当に綺麗な猫でしたね。
    かなり高齢でしたけど
    毛艶もよかったし・・・
    でも、あれですよね・・・・・
    自分の妻と同じ名前をつけた猫を
    二度も看取るなんて
    僕には耐えられないな」
   


仕事終わりに事務所の掃除をしている時
土生さんがそう言った。


「確かに。僕も耐えられないですね。
   あ~・・でもそれ以前に
   猫に同じ名前はつけないかな」


僕は土生さんにそう返し、
改めて今回の依頼を思い返していた。





依頼人は捜索の依頼に来た時に
こんなことを言った。


たぶん自分を戒めるために猫を飼った。

自分は仕事人間で
全く妻にかまってあげられなかった。

本当に後悔した。

だから、妻とそっくりなあの子達は
自分がしっかりと看取りたい。

そうしなければ気が済まない。

あの子を外で死なすわけにはいかない。

お願いだから
ユイを見つけて欲しいと・・・





僕も土生さんも
依頼人の事が少々気掛かりだった。

猫はかなりの高齢。

もし最悪の状態で見つかった場合、
依頼人は計り知れないショックを
受けてしまうのではないかと感じていた。

それほどまでに
猫に対する思い入れが強かった。


奥さんに寂しい思いをさせ、
ひとりで逝かせてしまった
という後悔が痛いほど伝わってきた。



本当に大切だと気が付いた時には
すでに相手がいない。

依頼人ほどではないけれど
その辛さは僕にも理解できた。


その人でなければ埋められない穴がある。


依頼人はその穴を猫を飼うことで
必死に埋めているように見えた。


見つけられてよかった。

心からそう思えた。










掃除を終えると事務所を後にした。


土生さんは既婚者で
お子さんがまだ小さい。

愛しい妻と子供に早く会いたいようで
事務所から一歩外に出ると
満面の笑みで挨拶しダッシュで帰る。

そして、いつもダッシュの途中に
スキップが混ざっている。

面白い人だ。





由依さんが事務所を去り、
事務専門の土生さんと二人三脚に
なってから一年以上が経過していた。

まだ新たな調査員を迎え入れることは
できそうにない。

それでも何とか事務所は存続できている。

相変わらずペット捜索が多いが
ここのところ依頼件数が増えている。

事務所のホームページを一新した事が
功を奏したようだ。





それにしても、
今回の白猫捜索にはドキリとした。

捜索対象の名前がユイって・・・


しかも依頼人が何度も
ユイと連呼するものだから、
捜索中、僕の脳内は“ユイ”という
ワードで埋め尽くされていた。


それでも、
今は以前のような絶望は感じていない。

本当に心から由依さんの幸せを
願えるようになったからだ。


少しは成長した。

そうでなければ
あの失恋が無駄になる。

由依さんにも失礼だ。

僕は僕の道を少しずつ歩き始めている。



無理矢理に心の隙間を
埋めようとした時期もあった。

でも埋められない事に気が付いてから
それはやめた。


痛くて苦しくて虚しいのが現実。


優しくて甘くて楽しいのだって現実だ。



現実を生きていけば
きっとため息の減らし方だって
見つけられるかもしれない。


そう自分に言い聞かせた。





事務所から見える景色が
いつもと少し違って見えた。

何故だろうかと思い当たりを見回した。


すると、
事務所の斜め向かいにある小さな公園で
小さな桜の木が花を数輪つけていた。

木はまだ細く花も小ぶりにみえたが、
力強さを感じた。


あの桜の幹が太くなる頃、
僕は今よりずっと成長していたい。

そう思った。










事務所の施錠を確認し、
外階段を上がって自宅に戻ろうとすると
猫の鳴き声が聞こえた。

でも姿は見えなかった。



由依さんの声が聞きたくなった。



そんな春だった。





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