あの日を境に
僕と由依さんの関係は変わった。


これまでの僕らの日常が
無かったかのように
互いに他人行儀になっていった。


由依さんは僕の将来的な幸せを考えて
この選択をしてくれた。



こんな選択しなくてもよかったのに・・・


邪魔をしていたのは僕の方なのに・・・


そんな事を思っていた僕に
彼女は反論の余地を与えなかった。

迷いなく真っ直ぐ前を向いているように
見えた。



僕の一方的な片想い。


せめて想いだけは伝えたかった。


けれど、これ以上
彼女の邪魔をしてはいけないと
思いとどまった。


そんな自分が歯痒く情けなかった。






気が付いた時には、
本当に大切な人はもう側にいない。

自分の鈍感さに無性に腹が立った。





由依さんが事務所を去る日、
その日はクリスマスだった。

今までの感謝の気持ちだけは
しっかり伝えた。

僕らはハグをしてから別れた。


正直、彼女を離したくなかった。

本当に気が付くのが遅すぎた。



彼女が居なくなった事務所は
急にがらんとしていた。


暗闇の中、
ひとりぼっちにされた感覚で
寂しさだけがつのった。



事務所に居たくなくて
とぼとぼ街中を歩いた。



イルミネーションを見ても
何も感じなかった。

ただ光が点滅しているだけだった。





その日の深夜、
一人でクリスマスケーキを食べた。

ほとんど味がしなかった。


ふと由依さんが毎朝作ってきてくれた
おにぎりを思い出した。

本当に美味しかった。


いつの間にか、
あれが当たり前だと思っていた。



僕は無意識のうちに
インスタント味噌汁を取り出していた。


涙が出た。


あの朝がもう二度とこない事に絶望した。



結局僕には彼女のため息を
減らすことなんてできなかった。


せめて僕のほうから離れて行きたかった。

一度くらい彼女の前で
カッコつけたかった。



そんなことを思いながら
僕は彼女が朝つかっていたお椀を
見つめていた。


そのお椀を手に取り
しゃがみ込んだ。


できるだけ目につかない
戸棚の奥の方にそっとそれを仕舞った。


立ち上がると
僕は深いため息をついていた。





ベッドに腰掛け
コルクボードにピンで留めてある
クリスマスカードを見つめた。

カードは若干黄ばみ、
角が丸くなっていた。

誰からもらったのか忘れてしまった。

そんなカード捨ててもいいはずなのに
何故か捨てられない。



目の前がぼやけていた。


カードに描かれている
クリスマスツリーの星が滲んで見えた。



ティッシュペーパーを手繰り寄せ
鼻をかんだ。

それを丸め、
少し離れたごみ箱に向かい放り投げた。



見事に外れた。



こんなクリスマス、二度とごめんだ。




















枕元に置いてあるスマホのアラームが
鳴った。


手探りでスマホを探しアラームを止めた。


布団から出ると、
フローリングの床が冷たかった。


寝ぼけ眼でスリッパを履くと
玄関に向かった。


ドアの鍵を開け
冷たい空気を吸い込むと
鍵を締めた。


台所へ行きやかんを火にかけ、
インスタント味噌汁を準備した。

するとそのタイミングで
玄関チャイムが鳴った。



連続で何度も鳴った。


ほぼ連打。


うるさい。実にうるさい。


正月明けそうそう何なんだ!


僕はイライラしながら玄関を開けた。

すると銀縁眼鏡を掛けた背の高い男性が
笑顔で立っていた。





「平手所長おはようございます。
    今日からお世話になります、
    事務員の土生です」


そう言うと彼は
左手に持っていたランチバッグを
僕に差し出した。


「サンドイッチです。
    朝食、一緒に食べましょう!
    お邪魔しま~す」



はあ?


事務員って・・・・・  


土生と名乗るその男は
笑顔を崩さずに部屋に入ってきた。



「えっ!?     いや・・ちょっと」


僕が戸惑っていると
土生さんは不思議そうな顔をした。


「あの、前任の所長から聞いてますよね」

「へっ・・・  何をですか?」


僕がそう聞き返すと今度は土生さんが
戸惑ったような顔をした。


「えっ・・・  だから、
    僕が今日からこの事務所で
    お世話になることです」



え・・・        聞いてない・・・・・


ん!?


聞いたか?


ああ・・  聞いたかも


すっかり忘れていた。





これまで事務全般は
由依さんがやってくれていた。

僕は事務や経理には少し疎かった。

そんな僕を見かねて由依さんが
どのようなルートかはわからないけれど、
適切な人材を見繕ってくれていた。


事務所が軌道に乗ったら
調査員を増やせばいいと言われた。

それまでは
事務は土生さんに任せて
僕は調査員として駆け回る。

そういう確認を由依さんとしたんだった。


そんな事も忘れるなんて、
心だけじゃなくて、
頭まで空っぽになったのかよ!僕は・・・


新年から情けない気持ちになった。


こんなんじゃいけない。

僕は所長なんだから。



「何か申し訳ありません。
    初日なのに・・・
    いきなり頼りないところをお見せして」
    

「いえいえ、それでは改めまして
    土生です。よろしくお願いします」


「平手です。
    こちらこそよろしくお願いします」




こんな感じで、僕の探偵事務所
新米所長としての日々が始まった。



最初の数ヶ月は本当に大変だった。

小さな仕事を得ては毎日のように
駆け回った。

土生さんは完璧に
事務仕事をこなしてくれた。

お陰で僕は調査員の仕事だけに
集中できた。

それに、土生さんは料理が趣味なのか
毎日サンドイッチを作ってきてくれた。

今では毎朝、
土生さんと朝食を食べている。

別にサンドイッチに味噌汁でも
構わないのだけど、
由依さんとの日々を思い出しそうで
カップスープに変えた。





あのクリスマスから
僕は由依さんに会っていない。

連絡もとっていない。


特別な幼馴染みは、
日に日に過去のものになっていった。

こうやって人は人を忘れていくんだと
思った。


でも、急には無理だ。

居なくなった空白を埋めることは
なかなかできなかった。



由依さんの声が聴きたい。


顔が見たい。


何でもない事で笑い合いたい。


そして本当の想いを伝えたい。



フラれてもいい。

「好きだ」と言いたい。


引っ叩かれてもいい。

思いっきり抱きしめたい。



由依さん。

貴女は僕の事を
どう思っていたんですか?


やっぱり一緒にいて楽な
ただの幼馴染みですか?


世話の焼ける弟みたいなものですか?


それとも、
そんな情など湧かない相手ですか?


僕は貴女を思う度に苦しくなります。


自分の不甲斐なさに涙が出ます。



気持ち悪いですね。




あれから
ため息の回数は減りましたか?

僕には貴女のため息を減らす術が
ありませんでした。


悔しいです。


世の中には貴女のため息を
減らすことができる人が
きっといるのでしょう。

でもそれは僕じゃなかった。


本当に悔しいです。







幸せ逃さないで下さい。

由依さんには絶対幸せが似合います。

笑顔が似合います。



僕はいつだって
このK探偵事務所から
貴女の幸せを祈っています。







こうしてまたクリスマスが過ぎて行った。






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