朝からギラギラの晴れ。

もう何日も猛暑日が続いていた。

アスファルトには陽炎が揺れ、
暑さに拍車をかけるように
今日も蝉が鳴いていた。





エアコンの涼風が心地良い。

僕は椅子の背もたれに背中を預け
だらしなく座っていた。 

あくびが止まらなかった。


ここのところ依頼が立て続けにあり
ほとんど休日返上という状態だっだ。

新たな調査員を雇い入れたいが
まだその余裕はない。

今は何とか二人で乗り切ろうと
土生さんと発破を掛け合う日が続いた。





今日は蝉の声を除けば、
外も事務所内も実に穏やかだ。


事務所前を通過していく車が少ない。

相談の予約もない。

電話もない。

飛び込みの依頼人が
訪ねてくる気配もない。


たまにはこういう日があったっていい。

じゃないと身が持たない。



土生さんを見ると
彼もまた眠たそうにあくびをしていた。


眠たそうな所長と事務員。

そんな職場だけれど、
事務所内の空気はどこか澄んでいた。



昼食に宅配ピザを注文し、
土生さんと共に応接用のソファーに
腰掛け食べた。

こんなにゆったりとした昼は
久しぶりだった。

ピザを頬張りながら
たわいもない話をしていたら
数ヵ月前の白猫捜索の話題になった。


依頼人はかつて大切な人を亡くしていた。

その大切な人と猫を重ね合わせ
自らに重い責務を課し飼っていた。

猫は無事に見つかったが、
何だか切なさが残る案件だった。



ピザのチーズを上手に丸めながら
土生さんが話し出した。


「あの猫が見つかった日から
    毎日のように妻に愛を伝えてるんです」

「えっ・・・愛をですか・・・」

「はい、愛です!
   大切な人には生きてるうちに
   沢山想いを伝えたくて」

「ちなみにどんな感じで」

「そりゃもうシンプルに
    好きとか愛してるとかですよ」


土生さんは、
僕には恥ずかしくて言えないような事を
さらっと言ってのけた。



「それを毎日ですか」

「はい!毎日です」

「ラブラブですね。ごちそうさまです!」

「もうほんとラブラブなんです」


いや、そこ自分で言うなよ!!


今更だけど、この人は
素直というか、天然というか・・・

なんか憎めない人だ。



「あーでもこの前、ラブラブに
    ピンチが訪れたんですよ」

「喧嘩でもしたんですか?」

「僕とみいちゃんは喧嘩くらいで
    ピンチにはなりませんよ」


・・・みいちゃん?

あっ、奥さんのことか。



「じゃあ何があったんですか?」

「いや~それが結婚指輪を
    失くしちゃったんですよ」




「・・・・・はあ」



僕の反応がかなり薄くて
土生さんは少し顔をしかめた。


「これもう大事件ですよ!!
    血の気が失せましたもん」

「そういうものなんですか」


結婚指輪を失くした事がないし、
まず第一結婚してないから
よくわからない。



「その指輪みいちゃんのリクエストで
    かなりこだわったんです。
    だから失くしたとわかった時、
    物凄く焦ってしまって
    血眼で探しましたよ」

「見つかったんですか?」

「はい!見つかりました!!
    聞いて下さい、なんと娘の玩具箱に
    あったんです」

「おお、よかったですね」

「ほんとよかったです。
    みいちゃんが見つけていたら
    僕、今ここにいませんよ」


土生さんは満面の笑みで僕を見た。


いや・・でも、ちょっと土生さん
いま怖いこと言いましたよ。

指輪見つかって
本当に良かったですね・・・




若干狂気が混ざった幸せボケした話に
あくびが出そうになった。

そのあくびを噛み殺していると
土生さんが聞いてきた。



「所長はなんかありますか、
    大切な物を失くした経験って」



僕はひとつ、いや一人しか
思い浮かばなかった。



「ありますよ、
    物ではなく人なんですけど・・・」



僕は正直に答えた。


そして土生さんに
僕にとって大切な人の話をした。



気の許せる幼馴染み。

二十年近い付き合い。

僕の一方的な片想い。

年上の頼れる姐さん。

一緒にいると気持ちが楽。


側にいて当たり前だと思っていた・・・



話をしていくと由依さんの顔や声が
鮮明に脳内で再現されていた。


再現映像があまりに鮮やかで
僕はフリーズしてしまった。





彼女が離れて行く前
僕は彼女のため息が増えていることに
気が付いていた。

もし関係が切れたなら
彼女のため息を減らせるのではないか
そんなことを思ったりもした。


でも、それを実行に移したのは
僕ではなく彼女だった。

彼女は彼女なりに
僕の幸せを考えてくれていた。



ある日彼女は、ぷつりと潔く
これまでの僕との関係を断ち切った。

それはたぶん
僕には一生できない事だった。



結局僕は彼女のため息を減らせなかった。

自分が情けなかった・・・





僕はそんな少々重めな話を
青空の広がる猛暑日の真っ昼間に
していた。

土生さんは相づちを打ちながら
興味津々な顔で話を聞いてくれた。



「その彼女って
    会えない距離にいるんですか」


土生さんが真顔でそう聞いてきた。


「いや・・・会える距離にいるはずです。
    ただ会ってはいけない気がして・・・」


僕はあの日の由依さんの顔を
思い出しながら答えた。




「彼女の気持ちって聞きましたか」


どうやらこの話題は
深掘りされていくようだ。


僕は前屈みになった姿勢を正して答えた。


「いえ、聞けませんでした」



すると土生さんは
少し食い気味になって言った。


「気持ち聞いた方がいいですって!」



土生さんは真っ直ぐ僕の目を見ていた。


その真剣な表情は
あの日の由依さんとどこか似ていて
僕は瞬時に言葉が出てこなかった。





由依さんの気持ちは知りたい。


僕の事をどう思っているのか
聞いてみたい。


けれど、聞くのが怖い。


彼女の口から
僕には恋愛感情は持てない
と言われるのが怖い。



聞こうと思えば
たぶんいつだって聞ける。

そうしないのは僕が彼女に
真正面から向き合えていないから・・・



逃げている・・・



そんな事、とっくに気づいていた。


でも怖いんだ。

怖くて動けないんだ・・・








土生さんは僕の気持ちを
察してくれたようで、


「あ~・・なんかすいません。
    ちょっと熱くなってしまって、
    立ち入り過ぎちゃいましたね」


と言って
申し訳なさそうに頭を掻いた。



僕らは話題を当たり障りのないものに
切り替えた。

そして何事もなかったかのように
またピザを頬張った。







ひとつ驚いた事がある。

僕はこの話を仲の良い友人にも
したことはなかった。

だから、話の流れとはいえ
土生さんに話していた事が驚きだった。



土生さんには
どこか兄のような安心感があった。


そして、その安心感は
由依さんと似ていた。





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