土生さんに“大切な人”の話をして以降
僕は由依さんに会いに行くべきか
悩んでいた。


悩んでいるうちに季節は進んだ。

木々は鮮やかに色付き始め、
人々の服装は少し厚手の物へと
移行していた。





あれから何度か
彼女の住んでいるマンションに
足を運ぼうとした。

けれど毎度途中で引き返した。


会いたい気持ちよりも
まだ、会う怖さの方が上回っていた。



昨日だってそうだ。


行ったはいいが、
マンション近くのコンビニ前で
足が止まってしまった。

行ったところで
彼女が部屋に居るかは
わからない。

でも、居たら
それはそれでどうしたらいいんだ。


そんな事を考えながら
ウロウロすること二十数分。

塾帰りと思われる小学生に
変な目で見られた。

思いっきり警戒心むき出しの目。


小学生の鞄に付いている
小型の防犯ブザーが目に留まった。

鳴らされでもしたら
たまったもんじゃない。

僕はそそくさと
マンションとは反対方向に歩いた。


チラリと振り返ってみると
小学生の姿はすでになかった。

どっと疲れを感じ
ため息が出た。


自宅に戻るとシャワーを浴び
ベッドに倒れ込んだ。










気が付いたら朝になっていた。


かなり眠ったはずなのに
今朝からあくびが止まらない。

脳に酸素が回っていないのだろうか。

それほど脳をフル回転させた覚えはない。


・・・・・いや、
させているのかもしれない。


回転し過ぎて頭のネジが
外れそうになっているのかもしれない。

最近は少しでも時間があると
由依さんの事ばかり考えている。



時間が問題を解決してくれる事もある。

けれど、僕のこの問題は
時を重ねるほどに解決の糸口を
見つけられない気がしてきている。

僕は迷宮入りしそうな問題を
勝手に抱え込んだようだ。


何をやってるんだか・・・





それにしても眠い。

脳が完全に酸欠を起こしているようだ。


大きなあくびをしていると
土生さんが話し掛けてきた。



「今日、飲みに行きませんか?」


土生さんから誘うなんて珍しかった。

いつも愛妻と愛娘の元に
飛んで帰るからだ。


「いいんですか、早く帰らなくて」


すると土生さんは、


「今日はいいんです。
    たまには行きましょうよ!ねっ」


と笑顔で応えた。


どうやらみいちゃん・・・
いや奥さんの友人が自宅に
遊びに来るらしい。

折角の女子会を邪魔してはいけないと
思ったのだろうか・・・?





僕らは仕事を切り上げると
土生さんおすすめの焼き鳥屋に行った。

カウンター席に座り
とりあえずの注文を済ませると
土生さんが言った。


「なんか新鮮ですね。所長とは
    ほぼ毎日顔を合わせているのに
    一緒に外で飲んだこと
    ありませんでしたから」


確かにそうだ。

由依さんから事務所を引き継いでから
誰かと飲みに行く機会が減っていた。

慣れない立場で仕事をし
気忙しかったというのもある。

それに、例の僕個人の問題で
心も体もバタバタした日が続いていた。


だからというと言い訳になるけれど、
従業員を労う余裕を
ほとんど持ち合わせていなかった。

所長として僕はまだまだ半人前だ。

反省した。



「今日は誘ってくれて
    ありがとうごさいます。
    本当なら所長の僕が
    誘わなきゃいけないのに」


僕が畏まってそう言うと
土生さんは優しい笑顔で応えた。


「全然気にしないで下さい。
    こういう機会がないと
    外で飲めないですし。
    それに所長と飲みたかったんで!」


屈託なく白い歯を見せる土生さん。

この人は性格までハンサムだった。



「土生さんにそんな風に言われると
    何だか照れますね」

僕がそう言った直後に
レモンサワーが二つ運ばれてきた。

二人でとりあえずの乾杯をし
店の人におすすめの串を数本
見繕ってもらった。

日中の眠気はどこかへ飛んでいた。

なんだか楽しいお酒になりそうだ。










ある程度のお酒が入ると
土生さんはかなり饒舌になった。

別に日頃
彼は口数が少ないわけではない。

でもあまりにニコニコと穏やかに
喋り続けるから驚いた。

まあ、酒に飲まれるタイプではなくて
正直安心している自分がいた。










飲み始めて二時間程が経過した。

土生さんは先程から
奥さんの話ばかりしている。



 「今日ウチに来てる
     みいちゃんの友人って
     実は僕の妹なんですよ。
     妻と妹が仲良しなのは
     全然いいんですけど
     仲が良すぎて僕の入る隙間が
     なくなるんです。
     なんか寂しくて・・・・・」



ん!?


ちょっと待て・・・


寂しいって・・・


え・・・土生さん


それって
僕と飲みたいと言うより
妹さんに奥さん取られて寂しいから
僕を誘ったっていうのが
本心なんじゃないですか・・・




土生さんを見るとトロンとした目で
僕を見ていた。


「ん~・・・所長ってなんか
    弟みたいで可愛いですね」


土生さんはそう言うと
僕の頭を子犬を撫でるように撫でた。


弟・・・?      ってか何なの!?


「所長、僕のことお兄ちゃんって
    呼んでくださいよ」


何を言ってるんだこの人は・・・


「ほらぁ~お兄ちゃんって・・・
    寂しいなぁ・・・・・」


酔ってるな。完全に酔ってる。

何なんだ、この独特の絡み酒は・・・



「土生さんもう帰りましょ。
    これ以上飲んだらヤバイですって」

とは言ったものの、
そもそも土生さんは
僕よりお酒を飲んでいなかった。

僕以上にお酒が弱いのだろう。


困った。

こんなニコニコした酔っ払いを
一人で帰すわけにはいかない。

もうこれは送って行くしかない。



会計を済ませると
何とか土生さんを立たせて
店の外に出た。

幸いタクシーは直ぐに
つかまえることができた。


土生さんはニコニコと運転手に
住所とマンション名を伝えた。

どうやら行き先を言えなくなるほど
酔ってはいないようだ。

でも何故かずっと僕の頭を撫でていた。

邪険に扱うこともできず
マンションに着くまで
僕はニコニコの土生さんに
頭を撫でられ続けた。





マンションに着くと
長身の土生さんの脇を抱ながら
何とか玄関前まで辿り着いた。

インターフォンを鳴らすと
可愛らしい声が聞こえた。


ドアを開けてもらい
ほとんど担ぎ込むような形で
土生さんを押し込んだ。


「平手所長ですか。
    主人がいつもお世話になっております。
    わざわざ送って下さり
    ありがとうございました」


おっ、実物のみいちゃんだ。

可愛らしいみいちゃん・・・いや奥さんが深々と頭を下げるものだから
僕は恐縮してしまった。


「いえいえこちらこそ
   土生さんにはいつも助けて頂いて
   本当に心強いです」



土生さんは座り込んだまま
僕の言葉を聞き、にこやかに頷いていた。


大丈夫だろうか?

この華奢な奥さん一人で
長身の酔っ払いを運べるのだろうか?


「あの、土生さんのこと
    リビングまで運びましょうか?」


そう奥さんに尋ねると、


「お気遣いありがとうございます。
    でも大丈夫ですよ。
    今、妹が来ていますので」


あ、そうでした。

二人掛りならきっと大丈夫だろう。



僕は奥さんに挨拶をし
待たせていたタクシーに引き返そうと
ドアノブに手を伸ばした。


その時、奥さんが

「ゆいー、ちょっと来て~」

と言った。


僕は“ゆい”という響きに反応して
振り返った。


すると、

「は~い、今、行く~」

というどこか聞き覚えのある声が
聞こえた。


そしてその声の主は
音も立てずにスッと現れた。



えっ・・・・・















たった数秒が数時間にも感じられた。



僕の目には確かに
あの由依さんが映っていた。

驚きのあまり腰を攣った。

突発的な痛みに顔を歪めながらも
僕の視界には彼女しか入らなかった。



「あ、平手~  久しぶりっ」


驚愕した僕とは対照的に
彼女は以前と変わらずさばさばしていた。

僕はそんな彼女を前にして
身動きがとれないばかりか
一言も発することさえできないでいた。



僕が腰を押さえた状態で固まっていると
土生さんが突如むくりと起き上がった。

そして、しっかりとした足取りで
僕に近づくと優しく腰をさすってくれた。


すると由依さんが呆れ顔で言った。


「ちょっと兄さん何やってるのぉ」



兄さん・・・


えっ・・・ いま兄さんって言ったぁ!?



土生さんを見ると
相変わらずニコニコしていたが、
その笑顔はまるで悪戯っ子のようだった。



「そういうことです。
    ねっ、お兄ちゃんでしょ」



ねっ、て・・・



土生さんはケロッとした顔でそう言うと
舌をぺろっと出して戯けてみせた。


彼は全然酔ってなどいなかった。


そして、土生さんと由依さんは
二人揃って僕に謝ってきた。


訳がわからなかった。



「え・・・どういうこと?」





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