僕は深夜のファミレスにいた。

向かいの席には由依さんが座っている。

土生さん宅での出来事が
僕には衝撃的すぎた。

お陰でアドレナリンが出まくっている。

普段なら眠っているこの時間に
脳がフル回転していた。





「平手、本当にごめんね。
    怒ってる?」


黙っている僕に由依さんが
心配そうな顔で聞いてきた。


「いえ・・・怒ってないです。
    ただ・・まだ頭の整理が
    追いつかないだけで・・・」



僕は普段は飲まないブラックコーヒーを
チビチビ飲みながら
何とか頭の整理をしていた。





まず、由依さんはS総合リサーチに
ヘッドハンティングされた訳では
なかった。

K探偵事務所を存続させるため
一時的にやむを得ず事務所を離れた。


事務所への依頼件数が安定しない事に
頭を抱えた由依さんは、
兄である土生さんに相談した。

すると土生さんは
ある提案をしてきた。

それは、S総合リサーチで
由依さんが数年働き、
そこで得た人脈とノウハウを
K探偵事務所の経営に生かす
というものだった。

なぜ土生さんにそのような提案が
できたかというと、
彼はS総合リサーチの副社長だった・・・





とりあえず、
多少のショックは受けつつも
ここまでは理解できる内容だった。


問題はこの後だ。





本来なら由依さんがK探偵事務所を
離れている間、S総合リサーチから
一時的にトレードという形で
中堅の調査員が来てくれる予定だった。


けれど実際は、
副社長御自らお越し下さったわけで・・・


可愛い妹ために
兄がひと肌脱いだ
というだけではなかった。

土生さん曰く、
可愛い妹と“弟”のため
お兄ちゃんは頑張ったらしい・・・



弟ってなんなんだ? 弟って・・・



どうも話は二十年程前まで遡るようで・・・










土生少年は小学校に入学したばかりの妹と
よく公園で遊んでいた。

妹の由依ちゃんは、かなりの人見知り。

お友達とはほとんど遊ばず
毎日お兄ちゃんにくっついていた。



そんなある日、
公園に小さな男の子がやって来た。

その男の子もまた人見知りらしかった。


男の子が一人砂場で遊んでいると
由依ちゃんが話し掛けていた。

すると俯向き加減だった男の子が
ニコッと笑顔を見せた。

由依ちゃんも笑顔だった。


土生少年は思った。

妹はあの男の子に
シンパシーを感じているに違いない。

男の子だってきっとそうだ。


その日から由依ちゃんと男の子は
仲良く遊ぶようになった。


土生少年は嬉しかった。


自分はあと少しで
海外にある全寮制の学校に入る。

そうしたら妹はきっと寂しがる。

今よりもっと
人見知りになるかもしれない。

不安だ。心配だ。


そんな時に現れた
その小さな男の子は
土生少年には救世主に見えた。



男の子は一度打ち解けると
人懐っこかった。

土生少年のことを“お兄ちゃん”
と呼んで甘えた。

そんな男の子が土生少年にとっては
妹と同じくらい可愛かった。

本当の弟のように感じた。



海外へ旅立つ前日も三人で遊んだ。

お別れを言うと男の子は泣きじゃくった。

土生少年はそんな男の子の
頭を撫でて宥めた。

すると男の子は涙をふいて
笑顔を見せてくれた。


その時、土生少年はその男の子から
ある言葉を掛けられた。

そして、土生少年と男の子は
とある約束をして別れた・・・・・らしい。





男の子というのは僕のこと。

僕はその約束を覚えてないばかりか、
由依さんにお兄さんがいることすら
完全に忘れていた。


土生さんは僕がまだ幼かったから
覚えていなくてもしょうがない
と言ってくれた。

自分が覚えていればそれで充分だと。


それに、

「あの時から妹の側にいてくれて
    ありがとう」

と感謝の言葉まで掛けられた。


何だか土生さんに申し訳なかった。


自分の記憶力を呪った・・・










ん!?


いやいや、そうじゃなくて・・・


あ、また頭の中が
ごちゃごちゃになってきた・・・


土生さんとの事も大事なんだけれど・・・



んーと・・・ 





「あの・・由依さん。どうしてあの時、
    事務所を一時的に離れる時
    あんな芝居がかった別れ方を
    したんですか」

「芝居がかってた?」

「はい。今、思うとかなり・・・」

「ふふっ。だって芝居だったから」

「えっ!?うそ・・・
    ちょっと酷いですよ」

「だから、ごめんって。
    でもああでもしないとアンタ
    真剣に探偵やらなかったでしょ」

「え・・・」

「私はもっとアンタに探偵っていう仕事と
    向き合って欲しかったの。
    多少やり方は強引だったかも
    しれないけど・・・」

「多少どころじゃないですよ」



でも確かに由依さんが事務所を去ってから
僕は仕事に向き合う姿勢が変わっていた。

特に苦に感じていたペット捜索は
依頼人のペットに対する思いを
できるだけ汲み取れるように努力した。

そんな日々を積み重ねて行くと
次第にやりがいや達成感が増していた。


所長としては全然だけど、
一探偵としては成長している。

そう思えた。



そう思えたから
余計にあの事が気になった。

僕は思い切って聞いた。



「由依さん。あの時、
    ため息が増えていたのは
    僕が不甲斐なかったからですか」

「ため息?」

「そう、ため息。
    事あるごとについてましたよ」

「ん・・・・・ああ、あれはね
    アンタの事じゃないわよ。
    原因は兄さん。    
    アンタに会えるって張り切っちゃって。
    初出勤の日、兄さんのテンション    
    可怪しくなかった? 」



土生さんの初出勤・・・



あ・・・そういえば、
玄関チャイムを連打されたっけ・・・



僕が苦笑いをすると由依さんは
“やっぱり”というような顔をした。


「なんかごめんね・・・・・」

「いえ、まあ驚きましたけど
    いいお兄さんですね」

「うん。
    なんだかんだでずっと私のこと
    守ってくれてるの。
    それにアンタの事だって兄さん
    子供の頃から気に掛けてたんだから」

「そうなんですか」


由依さんは優しく頷いた。

そして、
コーヒーカップを覗き込みながら言った。



「でも、もう兄から卒業しなくちゃね。
    これ以上は甘えられない。      
    だからお願い、力を貸してちょうだい」



由依さんは顔をあげると
真っ直ぐな瞳で僕を見ていた。

僕はその瞳に吸い込まれそうになった。



由依さんは今、僕の目の前にいる。

これは現実だ。


今更ながら何だか
嬉しさが込み上げていた。




「なに言ってるんですか。
    僕なんかでよかったら
    お願いされなくても
    由依さんの力になりたいし、
    ずっと側にいたいですよ」


「え・・・」


「あ、いや・・その、あれです、
    探偵としてです」


「ふ~ん、なんだ・・・」



何、今の何。ふ~ん、って・・・

え、ご不満ですか!?

これ今の僕には
精一杯の愛情表現なんですよ。

この精神状態でこれ以上はもう無理だ。



由依さんには僕の心の声が
聞こえているようで、
口元を押さえてクスッと笑った。

久しぶりに見る彼女の笑顔に
僕の心は解されていた。





まだまだ聞きたい事、
ツッコミたい事が山ほどあったけれど
もう本当に脳がパンク寸前だった。



大きなあくびが出た。


由依さんを見ると彼女もまた
口を押さえてあくびをしていた。


お互いの視線が重なると
つい笑ってしまった。


一瞬でいつもの僕達が戻ってきていた。





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次回、最終回です。

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