災難にも色々ある。
例えば、
巨大な隕石が降ってきたり、
ケチャップ工場のタンクが爆発したり、
というのも災難。
小石につまずいたり、
白シャツにケチャップを飛ばしたり、
というのもこれまた災難。
この場合、一般的に後者は小さな災難
といわれるものだろう。
けれど、そんな小さな災難にも
立て続けに見舞われると
“ついてない”と感じ
精神的に堪えたりするものだ。
落とし穴の縁に
手が届きそうで届かない、
そういうむず痒い感覚に
襲われることだってある。
それでも、そんな小さな災難の影には
ひっそりと運が隠れていることもある。
しかも、その運に
普段は気がついていないだけで
以外に身近だったりする。
要は、自らがそれに
気がつけるかどうかなのだろう・・・
バイトが終わり店の外に出ると
小雪がちらついていた。
地面からはシンシンと
冷えが伝わってきた。
僕はリュックを背負い直し、
ブルゾンのポケットに手を突っ込むと
早足で駅に向かった。
こんなに寒くなるとは思わなかった。
もっと厚着をするべきだった。
僕の足は自然と早足から駆け足に
変わっていた。
少し遠くの歩行者信号が点滅し始めた。
僕は全力でダッシュした
・・・が、その途端、
何かに足をとられつんのめった。
派手な転び方はしなかったけれど
地面に片手を付いていた。
痛ぇ!?
左足のスニーカーが脱げていた。
体を起こし振り向くと数メートル先に
スニーカーが転がっていた。
右足で片足跳びをして
来た道を戻った。
スニーカーを見ると靴ひもが切れていた。
縁起悪ぃ・・・
街灯の下で切れた箇所を片結びにして
履き直した。
少々、不恰好に見えた。
平坦なテンションがダダ下がりしていた。
そうこうしているうちに
小雪は牡丹雪になっていた。
首元に雪が入り冷たかった。
寒ぃ・・・
ついてねぇや・・・
つい先日、付き合っていた彼女から
「他に好きな人ができた」
と言われ振られた。
呆気ない別れだった。
あまりに淡白で涙も出なかった。
その代わり雨がしとしと降っていた。
彼女が去って行った直後、
車におもいっきり水溜りの水を
かけられた。
その時も、
“ついてねぇ”と思ったばかりだった。
信号待ちをしていると
駅前通りのイルミネーションが
目についた。
綺麗だと思った。
でもそれと同時に、
何だか街全体が“クリスマスですよー”と
主張しているみたいで
少し煩わしくも感じた。
今の僕の気持ちがそうさせている事は
重々承知しているつもりだ。
あーあぁ・・
何の色気も素っ気もないクリスマスだ。
信号が青になった。
反対側から仲良く渡ってくるカップルが
やたらと眩しかった。
クリスマスって本場の欧米では
家族と過ごすんだろ。
だったら家でおとなしくしてろよ!
・・・なんて心の中では悪態をついていた。
もう、さっさと家に帰ろう。
帰って、風呂に入って、寝る。
うん、それがいい。
僕はまた早足になっていた。
駅構内にある
巨大なクリスマスツリーには目もくれず、ただひたすら△番線ホームを目指した。
電車に間に合うか?
間に合わせろ、自分!
妙な気合いを入れていた。
人はまばらだった。
改札を通り抜けると
△番線ホームからの発車を伝える
アナウンスが聞こえた。
待ってくれ、電車!!
僕は慌てて階段を駆け上がった。
・・・が遅かった。
ホームドアはとっくに閉じ、
電車も遠ざかっていた。
うぅぅわっ!?
ホントついてねぇ・・・
次の電車までは三十分以上あった。
息が少し上がっていた。
自販機近くのベンチに腰を下ろした。
靴ひもに時間を取られてしまった。
あのロスさえなければ
僕は今頃電車の中だったのに・・・
温かい風呂もベッドも
遠ざかってしまった。
ついてない自分に嫌気がさし
気分が落ち込んだ。
ため息が出た。
知らず知らずに俯き地面を凝視していた。
すると僕を呼ぶ声が聞こえた。
「・・・てっちゃん?」
顔を上げるとそこには
隣の家に住んでいる幼馴染みがいた。
「おう」
僕は右手を挙げて応えた。
「あ~、やっぱりてっちゃんだぁ。
バイトの帰り?」
「そう、ねるは?」
「わたしも」
ねるはふんわりとした笑顔を僕に向けた。
でも、その笑顔は
直ぐに心配そうな顔に変わった。
「手、どうしたの?」
ねるの視線を辿ると
僕の右手に行き着いた。
右手首より上から小指のつけ根にかけて
薄っすら血が滲んでいた。
言われて初めて気がついた。
傷に意識が向くと
何となくジンジンと痛みが出てきた。
「さっき靴ひもが切れて
転んで手ついたんだよ、
その時かな」
僕はリュックからポケットティッシュを
取り出し傷に当てた。
思いの外ヒリヒリした。
痛みで少々顔を歪めていると
ねるが「右手だして」と言った。
言われるがまま右手を出すと
彼女は絆創膏を二枚貼ってくれた。
「家に帰ったらちゃんと消毒してね」
彼女にそう言われ、
何となく子供扱いされたような気がして
僕は黙った。
すると彼女は、
「てっちゃ~ん、聞いてる?」
と僕の顔を覗き込んできた。
「うん、聞いてる聞いてる」
「聞いてるなら返事くらいしてよ」
彼女はまるで世話の焼ける弟を
見るかのように僕を見た。
“やれやれ”といった感じの顔をしても
眼差しは優しかった。
いつだってそうだ。
ねるは優しい。
たぶんみんなに優しいのだろう。
僕はその優しさに
今までかなり救われてきた。
ある意味ねるは
僕にとって最強の幼馴染みだ。
振られた時も気がついたら
ねるにその事を話していた。
ねるは、
「てっちゃんを振るなんて
その彼女、勿体ないことしたね」
なんて言って慰めてくれた。
ねる曰く、
僕は素直で馬鹿がつくほど正直らしい。
そこが僕の良いところだとも言っていた。
でも僕にだって卑怯な部分はある。
特にねるに対しては・・・
ねるに話せばきっと慰めてくれる、
僕を肯定してくれる。
そんな思いが
僕の心のどこかに
常に潜んでいる気がしている。
幼馴染みというだけで
そんなに優しくしてくれなくても
いいのに・・・
そう思ってもそれを口に出さない。
ねるの優しさに甘えたい
というのが僕の本心だからだろう。
僕は右手の絆創膏をぼんやり見ていた。
そういえばさっきから
ねるに呼ばれているような・・・
顔を上げるとねるは
自販機の前に立っていた。
「ねぇ、てっちゃん・・・・・てっちゃ~ん」
「あ、わりぃ」
「何ぼーっとしてるの?手痛い?」
「ん、大丈夫」
「あのさ、
おしること甘酒とコンポタ
どれがいい?」
「何その三択」
「どれがいい?」
「ん~・・じゃあ、コンポタ」
僕がコーンポタージュを選択すると
ねるは自販機のボタンを押した。
そして振り返ると
僕の真ん前に来て手を差し出した。
「はい、コンポタ」
「へっ」
僕が素っ頓狂な顔を向けると
ねるはクスッと笑った。
「絆創膏貼った時、
手冷たかったから。暖まるよ」
「えっ、いいの」
ねるから手渡された
缶のコーンポタージュは
手がじんわりするほど熱かった。
袖に手を引っ込めた状態で持つと
ちょうど良かった。
ホッカイロのような暖かさだった。
缶をよく振った。
「じゃあ遠慮なくいただきます」
そう言って缶を開け一口飲んだ。
熱くて舌が少しヒリヒリしたけれど
何だか優しい熱さだった。
続けて二口三口と飲んだ。
コーンポタージュが
冷えた体に染み渡って行く感じがした。
「それ、わたしからの
クリスマスプレゼントね」
思わぬ形でクリスマスプレゼントを
もらってしまった。
たかが自販機のコンポタと思うなかれ。
今の僕にはこれ以上ないほど
暖かいプレゼントだ。
しかも不意打ちでくれたから
妙に嬉しかった。
「ありがと」
僕がボソッと感謝の言葉を言うと
ねるは優しく微笑んだ。
体が暖まった頃に電車が来た。
コーンポタージュに暖められた体で
電車に揺られた。
車内の暖房と適度な揺れは
僕の眠気を引き出すのに
全く時間を要しなかった。
眠りの森に誘われないように耐えた。
耐えている間に降車駅に着いていた。
改札を抜け外に出ると
冷たい空気に思わず目を閉じた。
雪は止んでいた。
ねると二人、
“寒い寒い”を連呼し
肩をすぼませながら歩いた。
するとねるが僕の手元を見ながら
聞いてきた。
「缶、捨てなくてよかったの?」
ん・・・
どうやら僕は
空になったコーンポタージュの缶を
ずっと握り締めていたようだ。
辺りに缶用のゴミ箱など
あるはずもなく、
僕は仕方なくその缶を
持って帰ることにした。
そういやこれって
クリスマスプレゼントなんだよな・・・
そう思うとなんだか
手放すのが勿体ない気もした。
家の前まで来ると
ねるが「じゃあ」と言った。
僕は缶をちょいっと持ち上げて
「これサンキューな」と
ねるにもう一度礼を言った。
ねるは玄関前まで行くと
振り返って僕を呼んだ。
そして、
「メリークリスマス」
と言って微笑んだ。
僕は「おう」とだけ言って
家の中に入った。
リビングでは姉が
ソファーに寄り掛かって雑誌を見ていた。
「だだいま」
「お帰り~。ん、コンポタかぁ・・・
いいねぇ」
中身は空だと言うと
姉は残念そうな顔をした。
そして、
僕の絆創膏を二枚貼った右手に
気がついたらしく、
「その手どうしたぁ」
と聞いてきた。
僕はバイトが終わってからの
ちょっとした出来事を姉に話した。
「災難だったわね」
「ん、まあな」
「あの子、優しいからねぇ・・・
そのコンポタ、もしかして
ねるの奢りだったりして」
姉の勘の鋭さに少々ドキリとした。
正確にいうと奢りではなく、
贈り物なのだけど・・・
あ・・・
僕からも何か
ちょっとしたプレゼントを
渡すべきだったかな?
あの場合だと、
甘酒とか、ココアとか・・・
そんな感じだろうか・・・?
いや違うか・・・
あと少しでクリスマスも終わるというのに
今更ながらプレゼントを考えていた。
すると姉が、
「折角のクリスマスなんだからさ、
二人でイルミネーション見るなり、
ケーキ食べるなり
してくれば良かったじゃない」
と言った。
「え、何で?」
と僕が返すと
姉は呆れた顔をして言った。
「アンタ“灯台もと暗し”って知ってる。
もっと近くを見なさい、近く!
まったく鈍感な弟を持ったもんだわ」
姉は僕にご立腹の様子だった。
鈍感って・・・
帰った来てそうそうに呆れ顔をされて、
更に腹を立てられるなんて
ちょっと理不尽じゃないかっ!!
「はぁ!?何だよ、いきなり」
僕がそう言い返すと、
姉は軽くため息をついた。
「まったく・・・
幼馴染み、大事にしなさいよ!」
姉はそう言うと
さっさと二階の自室に行ってしまった。
何なんだよ!?
姉の態度がよく分からず
僕は少しイライラした。
ソファー前のテーブルには
開きっぱなしの雑誌が置いてあった。
「片付けてから行けよっ」
なんて独り言を言いながら
僕は雑誌に手を伸ばした。
姉が見ていたページは星座占いだった。
チラリと覗いた。
無意識のうちに自分の星座を探していた。
蟹座、
ラッキーアイテム・・・
“コーンポタージュ”
え・・・
何故だか、ねるの星座も探した。
確か乙女座、
乙女座のラッキーアイテムは・・・
“絆創膏”
マジで・・・これって偶然だよな・・・・・
ただの偶然だとは思いつつも
やはり気になった。
「メリークリスマス」と言った時の
ねるの笑顔を思い出していた。
いつもの優しい笑顔だった。
灯台もと暗し・・・
姉が言いたかった事が
何となくわかった気がした。
ホント鈍感だわ・・・
振られて、
靴ひもが切れて、
転んで、
寒くて、
何だか全然ついてない、縁起悪い、
そんな風に思っていた。
けれど、そうじゃないかもしれない。
それは僕の勝手な思い込み。
幸運は以外にすぐ近くにある。
そんな気がしてならなかった。
こういうのを単純で楽観的な考え方
というのかものしれない。
だけど、難しく考えるよりは
胸がスーッとした。
缶のコーンポタージュ。
よく振ったのに、
最後に数粒のコーンが缶に残る。
なかなか取れない。
コーンからしたら
スープにも混ざれず、食されもせず
ただ暗い缶に置き去りにされる。
コーンに感情があったら、
“ついてない”
なんて思っているかもしれない。
でも中には、
そんなコーンを缶から
救い上げてくれる人もいる。
そんな人に巡り会えるのは、
とても幸運で幸福な事なのかもしれない。
風呂から上がると12時近かった。
右手はキレイに洗い消毒をし
新しい絆創膏を貼った。
急いで自室に行くとスマホを握った。
ねるに言い忘れた事があった。
今日中に言いたかった。
迷惑を承知で電話をかけた。
ねるは出てくれた。
「遅くにごめん」
(大丈夫、起きてたから。どうしたの)
「ねる・・・」
(・・うん)
「メリークリスマス」
通話を終えると同時に日付が変わった。
来年は会って直接伝えるから、
メリークリスマスもそれ以外も・・・
そう心に誓った。
就寝前、ふと思い出した。
コーンポタージュの缶を
リビングのテーブルに
置きっぱなしにしていた。
気になった。
一階に下り、リビングの明かりをつけた。
案の定、缶はテーブルにあった。
缶の中に、
コーンが数粒残っているはずだ。
そう思い缶をすすいだ。
けれど、コーンは一粒も出てこなかった。
なぜか嬉しくなり
安心している自分がいた。
この缶にはコーンはついていない。
でも、僕は“ついている”・・かもしれない。
ーーーーーーーおしまいーーーーーーー
「コーンポタージュ」をお読みくださり
ありがとうございました。
2021年の小説投稿は
今作で締めたいと思います。
今年、作品を読んでくださった方、
フォローしてくださった方、
ありがとうございます。
退院してから1か月半、
だいぶ落ち着いてきました。
それなりに元気です。
元気ですが、今後暫くは
後遺症との擦り合わせの日々が
続きそうです。
体調と相談しながら
ゆるゆる書いていけたらと思っています。
小説を投稿した際は
暇つぶしにでも
読んでくださると幸いです。
それでは、
少し早いですが、
よいクリスマス、よいお正月を!
凡狐
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