午前中は程よい日差しがあり
青空が広がっていた。

しかし、昼頃から徐々に
鉛色の雲が張り出してきていた。

雨が降るのは
時間の問題かもしれない。





僕は来客用のコーヒーを準備していた。

そろそろ由依さんの友人である
渡瀬理佐さんという人が依頼人として
K探偵事務所にやって来る。

僕は過去に理佐さんに会ったという記憶が全くないのだけど、
由依さんはたぶん会ったことがある
と言っている。

もし、由依さんの記憶の方が
正しかった場合、
僕はどう対処すればいいのだろう?


理佐さんに「久しぶり」なんて
声を掛けられた時に備えて
シミュレーションしていた。


変に話を合わせてボロが出るより、
ここは失礼を承知で
覚えていないと謝るのがいいだろう。


うん、そうしよう。

何だかんだで、それが手っ取り早い。



そんなことを考えていたら、
理佐さんはやって来た。







理佐さんは背の高い綺麗な人だった。

笑顔を見せ明るく振る舞っていたが、
伏し目がちになる事が多く
どこかお疲れの様子だった。


残念ながら、
やはり僕は彼女に見覚えはなかった。

でも、幸いと言っては失礼だが、
仮に理佐さんが僕を覚えていても
今の彼女には僕に反応する余裕が
あるようには見えなかった。

それくらい彼女には
疲労の色がはっきりと濃く見えた。





昨晩、由依さんに理佐さんから
電話があったという。

由依さん曰く、
スマホ越しでも分かるくらい
理佐さんは少し思い詰めたような
感じだったらしい。

心の整理がつかないから
相談内容を事前に話すのは控えたい
と言っていたそうだ。

そういう人は別に珍しくないので
気にはならない。



この事務所に急遽相談に訪れる人の大半は
愛犬や愛猫の捜索依頼だ。

理佐さんは猫を飼っているという。

だから、僕らは予め
理佐さんの自宅周辺の地図を用意した。

あとは話を聞いて
いつものように捜索する。


そう思っていた。



しかし、理佐さんの依頼内容は
僕らが想定していたものと違っていて・・・










「行方不明ってこと?」


由依さんがそう聞き返すと、
理佐さんは目に薄っすらと涙を浮かべ
頷いた。



「もう一週間も連絡が取れないの」


そう言うと理佐さんは
一枚の写真をバッグから取り出した。

その写真には、
理佐さんと男性が並んで写っていた。

幸せいっぱいの笑顔の写真だ。


男性は長身で整った顔立ちをしていた。

どことなく猫に似ている。

この猫顔の男性が
行方不明になったという。



男性の名前は志田愛斗。

理佐さんの恋人で現在同棲中だという。

旅行誌のカメラマンをしながら
個人では山岳風景や草花等を撮る
風景写真家としても活動しているらしい。

志田さんは今から三週間ほど前、
旅行誌の仕事で阿多羅布(あたらっぷ)村
という所にライターさんと共に
泊まり掛けで出掛けた。

その村は山に囲まれ
戦後から花の栽培が有名らしい。


志田さんは旅行誌の仕事を終えると
その村に残り撮影を続けたという。

毎日のように理佐さんに
写真付きのメッセージを送り
電話を掛けていたようだ。


しかし、一週間前から
突如連絡が途切れてしまった。


理佐さんがメッセージを送っても
既読は付かず、
電話をしても全く反応がない。

心配になった理佐さんは
志田さんが宿泊している
阿多羅布温泉旅館に連絡をしてみた。

すると、志田さんは一週間前に
とっくにチェックアウトしていた。


理佐さんは心当たりのある人や場所に
片っ端から電話をした。

けれど何の手掛りも掴めなかった。


しかし、おとといの昼、
理佐さんのスマホに
見覚えのない番号からの着信があった。

その番号は市外局番・市内局番が
阿多羅布温泉旅館と同じだった。

調べてみると、
どうやら阿多羅布村役場の
電話番号らしかった。


理佐さんはすぐに村役場に電話をした。

電話に出たのは男性だった。

相手は名乗っていたらしいけれど、
その名前は忘れてしまったようだ。


村役場のその男性に
志田さんの事を尋ねてみた。


何か手掛かりが掴めるかもしれない
と思ったのも束の間、

志田さんの名前を出した途端
村役場の人は急に早口になり
早々に電話を切られてしまったという。







「彼を探して欲しいの・・・もう限界」


理佐さんは声を震わせ大粒の涙を溢した。


僕は由依さんをチラリと見た。

すると由依さんが
アイコンタクトをとってきた。


たぶん同じことを考えている。


僕は小さく頷いた。





日本では年間約8万人もの行方不明者が
いるという。

でもこれは警察に届け出がされた数で
実際にはこれより多くの人が
行方不明になっている。

届け出がされたうち
犯罪に巻き込まれている人は
1%に満たない。

8割程は所在がつかめるらしい。

家出や認知症が原因の徘徊が多い。


今回のケース、
村役場の対応には不振な点があるものの
まだ材料が少ないからなんとも言えない。

しかし、行方不明者の中には当然、
自分の意思で失踪する人がいる。


つまり、捜索したからといって
確実に見つけ出せる保証はない。


このことを依頼人に伝え
了承を得てから案件に着手するのが
ウチの事務所のルールだ。

一見、残酷に見えるかもしれない。

けれど、よく考えてみて欲しい。

ペットは誘拐でもされない限り
自分の足で歩ける範囲にいる。

まあ、例外もあるけれど、
大体は捜索範囲を絞ることができる。


しかし、人はそうはいかない。

何せ乗り物を利用する生き物だ。

行動範囲が半端なく広い。


それは、膨大な時間と金を
費やすことを意味している。

場合によっては、
依頼人は計り知れない程の
心的ダメージと経済的ダメージを
受けることになる。





由依さんはその事を理佐さんに伝えた。

理佐さんは少しの間
俯いたまま黙り込んだ。

だがすぐに顔を上げた。



「彼ね、プロポーズしてくれたの・・・
    返事は帰ってから聞くって。
    何も言わずにいなくなるような
    人じゃない。私は彼を信じてる。
    だからお願いします」


理佐さんは真剣な目をしてそう言うと
深々と頭を下げた。



そうと決まれば、もっと理佐さんから
志田さんの情報を聞かなければならない。

視覚情報がもう少し必用だったので
顔の角度の違う志田さんの写真を数枚、
理佐さんにお願いした。

そして、志田さんが阿多羅布村に
出掛けた際の服装の聞き取りを行った。


志田さんの当日の服装は、

白のTシャツに
黒のマウンテンパーカー羽織り、
下はワンウォッシュデニム、
茶系のワークブーツを履き、
黒の大きめのバッグパックを背負い、
ベージュのカメラバッグを持って行った
という。


よく覚えているもんだと思ったら、
どうも志田さんは
服装に無頓着なタイプらしく、
取材旅行時の格好は
大抵いつも同じらしい。

理佐さんがクスリと笑いながら
教えてくれた。

志田さんのそういうところも
きっと愛おしいのだろう。







一通り話を済ませた時に
何か気配がしてふと顔を上げた。


すると事務所の入口付近に
こちらを覗く人がいた。

顔はよく見えないが、
黒のキャップを被っていた。


僕が立ち上がるとその人は背を向けた。


カーキ色の上着を着ているように見えた。


今朝、事務所を覗いていた
モッズコートの男だと思った。


声を掛けようと
入口まで行こうとしたその時、



それはもうまるで
陸上のアスリートのように
理佐さんが物凄い勢いで
その男を追いかけた。





僕がポカンと口を開けて見ている間に
モッズコートの男も理佐さんも
見えなくなっていた。


口を半開きのまま振り返ると
由依さんも口を開けて目を丸くしていた。





今の何!?



理佐さんどうしちゃったの・・・










僕らが呆然としていると
理佐さんが戻ってきた。

息が上がっている様子は見受けられない。



「理佐どうしたの?」


由依さんがそう聞くと、理佐さんは



「あ、ごめんね・・・
    何か愛斗に見えちゃって・・・
    あの人も驚いたよね、きっと。
    悪いことしちゃた」


と少し苦笑いしながら応えた。


僕らが思っている以上に
理佐さんは動揺しているのだろう。

依頼人の動揺する姿は
何度見ても慣れるものではない。





僕と由依さんは
阿多羅布村に泊まり掛けで
行くことにした。

志田さんから
最後に連絡があったのがその村なら、
そこに何か手懸かりがあるかもしれない。



しかし、正直
今回の依頼はかなり気が重い。


ただただ事件性がないことを願った。







遠くで雷鳴が鳴り響き、
小雨が降りだしていた。

こらから天気が荒れるのかもしれない。

心のザワザワが止まらなかった。





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