朝、いつものように台所へ行き
やかんを火にかけた。

インスタント味噌汁を準備していると
玄関チャイムが鳴った。

そうすると、
朝の挨拶をしながら
由依さんが部屋に入って来る。

そして彼女がランチバッグから
おにぎりを取り出す。


これがいつもの朝の光景。



僕はK探偵事務所の二階に住んでいる。

その為、朝食はいつもこうやって
由依さんと一緒に食べている。

まあ以前にこの辺のことは
独り言のように話した気がするので
割愛させてもらう。







「昨日は兄さんの事ありがとね」


土生さんと飲みに行った次の日は
大体こんな会話から始まる。

今のところ由依さんは、
僕と土生さんとでプロポーズ云々の
話をしている事を知らない。


去年のクリスマス、
僕は由依さんが席を外したタイミングで
土生さんにかつての約束の中身を聞いた。

土生さんは、
けしてデリカシーに欠けた人ではないので
小声で由依さんには聞こえないように
その約束の中身を教えてくれた。


まさか幼い頃の僕が
由依さんのことを将来
嫁に欲しいと言っていたなんて
思いもよらなかった。

あまりの恥ずかしさに
顔から火が出そうだった。


なんとかその場は取り繕った。

だけど、いつ由依さんにこの事を
聞かれるかわからない。

内心ドキドキしている。



幼い頃の約束とはいえ、
今の僕は由依さんに
ガッツリ恋愛感情を持ってるわけで・・・


何かのタイミングでその感情が
ダムが決壊したように
一気に押し寄せてきたら
僕はどうしたらいいのだろうか。

些細なことで今の僕らの生ぬるい関係が
急激に変化してしまうのではないかと
内心ヒヤヒヤしていた。


僕らには変化が必要なことくらい
百も承知だ。

でも由依さんは
仕事上のパートナーでもあるわけで・・・

後々のことを考えたらやはりここは
慎重にならざるおえなかった。



あぁ、朝からどっと疲れが出る。







「ちょっと、アンタ
    どんだけ口の回りにご飯粒つけてんの」


由依さんが半分呆れたように
笑ながら言った。


どうやら僕はボーッと考え込みながら
おにぎりを食べていたようだ。



「取ってあげようか」


由依さんがそんなことを
さらりと言うものだから、
僕は恥ずかしくなり
慌てて自分でご飯粒を取った。


本当は取って欲しかった。


こうやって僕は
いつもきっかけを逃しているのだろう。


なんだか盛大にため息をつきそうになって
グッと堪えた。



そんな僕をよそに由依さんは
今日の予定を話し始めた。



「今日、急遽
    お昼過ぎに相談が一件入ったから」


僕は気を取り直しなんとか返事をした。


相談に来るのはどうも由依さんの
大学時代からの友人らしかった。



「そういえば平手、
    理佐と会ったことなかったっけ?」


僕はその名前には聞き覚えはなかった。


「会ったことないと思うよ、たぶん。
    サークルとかで一緒だった人?」


そう聞き返すと由依さんは、


「うん、そう」


と頷いた。



僕は由依さんと同じ大学だったけれど、
バイト優先でサークルには所属して
いなかった。

だから大学にどんなサークルがあったのか
わからないし、

由依さんが何のサークルに
所属していたのか知らない。


当時は特に気にしたことはないし、
そういえば、
由依さんに聞いたこともなかった。


でも今はチョット気になる。


幼馴染みでずっと近くにいたから
彼女の事なら大抵の事を知っている
つもりでいた。

けれど、
まだ知らないことがあるみたいだ。




「何のサークルに入ってたの?」



僕がそう聞くと由依さんは
表情ひとつ変えずに、


「オカルト研究会」


と言ってのけた。



正直、驚いた。

由依さんの発言に驚いたというより、
そういうサークルが本当に存在する事に
驚いた。



「マジでぇ!
    何やるの?なんか儀式とか?」


僕は軽い気持ちで聞いていた。



すると・・・



「黒魔術」



と小さい声で、でもハッキリと
由依さんの口からそう聞こえた。


僕は口を半開きにした状態で
由依さんを凝視していた。

彼女の目は笑っていなかった。

半ば冗談のつもりで聞いたのに
ヘビー級の返答だった。



黒魔術って・・・嘘でしょ・・・・・



好きな人が黒魔術に傾倒していた場合の
対処法なんて、今の今まで一度たりとも
考えたことはなかった。


急に緊張してきて、
全身が金縛りにでもあったみたいに
ガチガチに固まっていた。


いや、
金縛りなったことはないのだけれど・・・


僕は明らかに動揺していた。



うわぁ、目マジだわ・・・


え・・由依さんそっち系の人だったの・・・


いや、そっち系って、どっち系・・・?


落ち着け~、自分。


今もやってるの、黒魔術・・・


あぁぁ・・何考えてんだ・・・



すると由依さんはニヤリとした。

その笑顔は
僕のわずかにあった余裕を
意図も簡単に奪っていった。





そんな僕を見て由依さんは、

「あはぁ~ごめん!
    チョットからかってみたの、
    そんな事するわけないでしょ」


と言って笑った。



「朝からキツイって・・・」


僕がそう言うと
由依さんはまたも謝った。


由依さんのいつも通りの柔らかい笑顔に
安心している僕がいた。



ふと土生さんが頭に浮かんできた。


あの兄にして、この妹ありだな・・・


そんなことを思い勝手に納得していた。


でもホント冗談で良かった。




どうやらオカルト研究会といっても
中身は映画研究会みたいなものだった
ようだ。

大学に程近いミニシアターと共同で
少々オカルトチックな映画やSF系映画の
上映会なんかを企画していたらしい。


上映会に僕を誘ったこともあったようだ。

だけど僕はその事を
全然覚えていなかった。


僕はどうも
肝心なことを忘れてしまうらしい。



今日の昼過ぎに事務所に相談に来るのは、
そのサークル仲間で部長をしていた
理佐さんという人らしい。

由依さんが言うには、
僕は数回、たぶんだけど、
その理佐さんという人に
会ったことがあるという。

僕はその理佐という名前は
本当に聞き覚えがなかった。



「何か一緒に
    ご飯食べた気がするんだけど、
    私の勘違いかな・・・?」


由依さんがそう言いながら首を傾げた。


僕と誰かを勘違いしている可能性だって
十分あり得るだろうし・・・


そこはあまり深く考えないことにした。





僕らは朝食を済ますと手早く片付けをし
一階の事務所に向かった。


今日は何だか朝から頭の中が
ゴチャゴチャしていた。

由依さんとの関係だけじゃなく、
黒魔術にまで思考を巡らせたからだろう。


できれば今すぐにでも二階の自宅に帰り
布団に潜りたい気分だった。





今のところ
午前中は報告書のまとめだけだ。

だけど昼過ぎの相談内容次第では
今からエナジードリンクの一本でも
飲んでおいた方がいいのかもしれない。


僕は事務所を開ける前に
近所のコンビニへと走った。








早々に買い物を済ますと
小走りで事務所へと戻った。


すると、黒のキャップを被り
カーキ色のモッズコートを羽織った
かなり長身の男が事務所を覗いていた。


声を掛けようとしたら
その男は足早に去っていった。



何か依頼を躊躇していたのだろうか?


それとも探偵事務所が珍しくて
覗いていただけなのか?


はたまた由依さんに気があるヤツか?


まさかストーカー・・・





まだ仕事前だというのに
本当に今日は
頭の中がゴチャゴチャして、
心がザワザワしていた。



僕は事務所の中に入ると
エナジードリンクを一気に飲み干した。





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