ふてぶてしい顔をした雀が
事務所の屋根に止まっていた。
車が通ってもびくともしない。
きっと猫が狙っていても
一睨みで蹴散らしてしまいそうだ。
その風格はまるで
盗賊の首領のようだった。
そんな雀なわけで、
人の視線なんてまったく気にしていない。
僕がチラチラ上を見上げると
奴は据わった目つきで睨み返してきた。
奴は本当に雀なのだろうか・・・
猛威を振るった台風が去ると、
青く高い空が広がっていた。
そんな空を鳶が悠々と飛び、
そのまた更に上を
豆粒ほどに見える飛行機が飛んで行った。
少し乾いた風が心地よく吹いた。
また一歩季節が進んだようだ。
溜まっていた依頼が一段落つき
時間に余裕ができていた。
そういう時は、
事務所の片付けや掃除を
念入りにすることにしている。
一応この仕事も客商売だ。
だから、
外観というものには
ある程度気を使っている。
そんな訳で、
由依さんは事務所の中で書類整理をし、
僕は外で窓掃除をしていた。
台風の雨風で事務所の窓ガラスは
すっかり汚れていた。
一通り洗い、
ホースで水を掛けると
ガラスの透明度が復活した。
水切りワイパーを
手にして事務所を覗き込むと
由依さんと目があった。
彼女は口パクで、
(休憩する?)
と聞いてきた。
僕は首を横に振った。
すると彼女は笑顔で、
(お先に~)
と言いながら冷蔵庫を開け、
中からカップアイスを取り出した。
僕は彼女が美味しそうに
アイスを食べる横顔を見ながら、
ワイパーを持つ手を動かした。
僕の真上では
雀の首領が睨みを利かせている。
そして、ガラスの向こうでは
大好きな彼女が可愛い顔して
アイスを食べている。
些か緊張した面持ちで
強面の首領を見上げ、
その目線を下げると
愛らしい彼女に目元が緩む。
そんな妙なバランスを
楽しんでいる自分がいた。
すると、背後で
甲高いブレーキ音が聞こえた。
例の首領が低空飛行で
パタパタと飛んで行った。
僕はそんな首領を鼻で笑った。
こんな音に反応するなんて、
やっぱりただの雀だったようだ。
部分的に綺麗になったガラス窓に
勝ち誇ったような自分の顔が写っていた。
何で雀と張り合ってんだか・・・
さっさと仕上げてしまおうと思い、
止まっていた手を動かした。
その時、
「あのー」
と後ろから声を掛けられた。
ガラス窓には僕の背後に
はっきりと人影が写っていた。
「はい」
と言って振り返ると、
そこには、
黒のキャップを被り、
カーキ色のモッズコートを羽織った
長身の男が立っていた。
僕は一瞬、息をするのを忘れた。
46番・・・
後ろ手に窓ガラスをコンコンと叩いた。
由依さん、気づいてっ!
チラリと事務所内を見ると
彼女は幸せそうな顔をして
まだアイスを食べていた。
えー・・ちょっと・・・
いま手元に“あれ”が有れば
確保できるのに・・・
“あれ”とは、
記憶保安管理局から渡されていた
メモリー・イーター確保専用の手錠だ。
僕はその手錠を
掃除の邪魔になると思い
事務所の机の上に置いていた。
僕は焦った。
すると46番がまた
「あのー」
と声を掛けてきた。
そうやって
ターゲットに接近するのだろうか・・・
地球外生物というのは以外に呑気だ。
相手はこちらが手錠を持っていることを
たぶん知らない。
だから僕は、それを覚られないように、
「すいません、
ちょっと待っててもらえますか」
と言ってみた。
46番は、
背負っていた黒のバッグパックを
手に持った。
そして、素直に
「はい」
と言って頷いた。
怖いくらい従順だった。
僕は何故かソロソロと
事務所のドアノブに手を伸ばした。
すると突然、
「あっ、あの、これ」
と46番が自身の隣に停めていた
見覚えのあるの自転車を指差した。
そして、小さく呟くように
「お返しします」
と言った。
この自転車・・・
このボロボロ具合い・・・
自転車泥棒はお前かぁぁぁ!?
え、でも何で・・・?
長身の46番は
円らな瞳で僕を見下ろすと、
急に足下にしゃがみ込んだ。
そして、
「お願いします。逮捕しないでください」
と声を震わせた。
人の記憶を勝手に捕食しておいて、
どの口が言ってるんだ!!
ってか、コイツ、
こっちが手錠持ってるって
知ってんじゃねーかっ。
急いで事務所に入ろうとすると、
46番は僕の左脚にしがみついてきた。
「お願いしますっ」
僕は46番の手を振り解こうとしたが、
ガッチリつかまれて解けない。
「話を聞いてください」
46番はそう言って
涙目で僕を見上げた。
初めて46番の顔をちゃんと見た。
困り顔の豆柴のような
整った犬顔をしていた。
今、脚にしがみついているのが
豆柴だったらどんなに可愛いか・・・
なぜに地球外生物!?
未知との遭遇ってこんな感じなの?
何だかやたらと鬱陶しかった。
「離せって」
「嫌です」
「離せってばっ」
「話を聞いてくださいっ」
そんなやり取りをしていたら
事務所のドアが開いた。
「平手、何やってるの?」
由依さんが怪訝そうな顔で言った。
僕は左脚にしがみついている
地球外生物を指差した。
「46番がお見えになりました」
すると、彼女は46番を凝視した。
その目は完全に据わっていた。
そして、無言で手錠を取りに行った。
手錠を手にした由依さんは
ただならぬ殺気を放っていた。
46番はそんな彼女を前にして
怯えたように震えだした。
その震えは僕の脚にも伝わってきた。
「本当にお願いします。
話を聞いてください。
ボクは依頼人です」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
今、僕らの目の前には、
僕らの記憶を捕食している
メモリー・イーターがいる。
メモリー・イーターは
とても穏やかな地球外生物だと
事前に説明を受けていた。
実際、本物に会ってみると
思った以上に穏やかで
拍子抜けしてしまった。
微々たる殺気も狂気も感じられない。
むしろ今は、
隣に座っている由依さんの方が怖かった。
彼女は、まるであの雀の首領の様な
鋭い目つきで46番を見据えていた。
46番はそんな視線に耐えるように、
ソファーに縮こまって座っていた。
「あの・・・
自転車ありがとうございました」
46番は消え入るような声でそう言った。
そして、自転車を盗んだ言い訳を始めた。
「歩くのに疲れまして・・・
そうしたら、いい匂いがしたので
フラフラと・・・
記憶の残り香といいますか・・・
好物の匂いがする自転車だったので、
つい・・・」
なんだそれ!?
言い訳が特殊すぎる・・・
すると由依さんが、
「今、その事はどうでもいいの。
私たちの記憶、残ってる分を
返しに来たんじゃないの?」
と46番に聞いた。
その問いに46番の目が
とんでもなく泳いだ。
え、まさか・・・
46番は、
僕と由依さんを交互にチラチラ見ると
ソファーから降り床に正座した。
そして、
「申し訳ございません。
お二人から頂戴した記憶は
全て食べてしまいました」
と声を張り、見事な土下座をした。
なんて地球外生物なんだ!
土下座なんて、どこで覚えたっ!?
土下座を生で見るのは人生初だった。
しかも、
人間ではなく地球外生物の土下座。
レアじゃないか・・・
いやいや、そうじゃない。
全て食べたって・・・
「じゃあ、何しに来たんですかっ」
僕は46番に詰め寄った。
すると46番は顔を上げ、
「・・・だから・・・
先程も言いましたように、
依頼に来たんです」
と弱々しく言った。
「依頼って、どんな?」
由依さんは睨みを利かせたまま
そう聞いた。
「ある人に
記憶をお返ししたくて・・・
その人を探してもらえないかと・・・」
コイツ・・・図々しいにも程がある。
僕らの記憶は完食しておいて、
他の人には返還するのか。
しかも、
その人探しを僕らにお願いするって、
どういう神経してるんだ!?
ん?
第一、神経というものが
地球外生物にあるのか・・・?
僕は咄嗟に
近くにあったボールペンを手に取った。
そして、それで46番の脇腹を
そっと突っついてみた。
「・・・あの、くすぐったいです」
神経はあるみたいだ。
でも、ちょっと待てよ・・・
メモリー・イーターはターゲットに
自分にしかわからないマークを
付けるはずだ。
だったら簡単に
見つけられるんじゃないのか?
その事を46番に尋ねると、
「お恥ずかしい話、今のボクは、
ターゲットにかなり接近しないと
マークを読み取れないんです」
と言いうなだれた。
すると、由依さんが、
「ただ探すことはできません。
誰にどんな記憶を返したいの?
私たちには、
それを聞く権利くらいあるわよね」
と言った。
46番は床に正座したまま
コクリと頷いた。
そして、
「お二人は記憶の返還についての説明を
ある程度受けていますよね」
と僕らに聞いてきた。
今度は僕らがコクリと頷いた。
すると46番は、
「もしかしたら
内容が重複するかもしれませんが、
ボクから補足説明があるので
聞いてもらえますか」
と神妙な面持ちで言った。
僕らが再度頷くと46番は話を始めた。
寿命の近づいたメモリー・イーターは
捕食しきれなかった分の記憶を返還する。
その記憶の返還には、
それなりの体力が必要だという。
しかし、
予知能力や瞬間移動等の特殊能力を
使い過ぎたメモリー・イーターは、
寿命が近づくにつれ
極端に体力が落ちるらしい。
メモリー・イーターからすると、
18歳以上の人間の頭は
かたくなっているという。
体力が落ちた状態で
そのかたい頭にアクセスすることは
困難を極め、まず無理だという。
けれど、まだ頭のやわらかい
小学生くらいまでの年齢の子供であれば
体力が無くても何とか返還が可能らしい。
つまり、
さっき46番が言った事と併せると
こういう事なのだろう。
すでに弱っている46番は、
ターゲットに付けた
マークを読み取ることすら容易ではない。
そして、
子供の被捕食者にしか
記憶の返還ができない状態になっている。
思わずため息が出た。
「ボクは人間で言うところの
ビビりな性格なもので、
いつも特殊能力を使って
怖いものから逃げていたんです。
結果このような事になり、
なんと言ったらよいか・・・」
46番はそう言うと
左手の人差し指で左頬を掻いた。
仕草がいちいち人間臭い。
なんと言ったらよいか、
というのはこっちの台詞でしょうが・・・
「ボクが記憶の返還をしたいのは、
とある女の子なんです」
正座したままの46番は
そう言うと足をモゾモゾさせた。
長身の地球外生物が
困り顔で身を縮めているのは
すこし不憫に思えた。
ソファーに腰掛けてもらうと
46番は深々とお辞儀をして
僕らに感謝した。
こっちが悪いことをしたような気になり
何だか複雑な心境だった。
「ボクの予知能力によると、
その女の子は将来
獣医師になるはずだったんですが・・・
ボクが捕食しようとした記憶が
そのきっかけとなる記憶だった
みたいで・・・
だからその子を探したいんです」
46番がそこまで話をすると、
由依さんが、
「女の子が獣医師になるきっかけの記憶
って何なの?」
と聞いた。
すると、46番は
由依さんと僕の目を交互に見て言った。
「事故に遭った捨て犬を助けた、
という記憶です。
その記憶ひとつで
彼女の将来が変わってしまうんです」
地球外生物は頭を抱えてそう言った。
地球外生物も
罪の意識に苛まれるらしい。
でも、頭を抱えたいのは
こっちの方なんだけど・・・
正直なところ、
もうため息をつくのも疲れた。
「どんな風に女の子の将来が
変わるんですか?」
そう聞くと、
46番は涙目で僕を見た。
「よくわかりません・・・」
はああぁぁぁ!?
「ただボクが見た彼女の将来は、
獣医をしながら
猫の腎臓病の特効薬の開発に
関わるんです。
彼女が獣医にならないと
その薬が開発されないんですよっ!
彼女は猫の救世主なんですっ!!」
この地球外生物、もしや猫好きか?
「その子になら記憶を返せるの?」
由依さんがそう聞くと、
46番はコクコクと頷いた。
彼女が語気を強めて
「絶対に?」
と確認すると、46番は、
「はい、絶対返します!
猫のためです!!」
と言い切った。
すると由依さんは
深くため息をついた。
そして、
一度僕の顔を見て僅かに微笑んだ。
彼女のその微笑みは、
この依頼を引き受けるという合図だろう。
「わかりました。
その依頼、お引き受けします」
こうしてK探偵事務所は、
たぶん地球上で初めて
地球外生物から依頼を受けた
探偵事務所になった。
しかし、あれだ、
別に光栄でもなんでもない。
僕らのお人好し加減には
少しばかり呆れてしまう。
全然、他人事ではないのに、
僕は何だか他人事のように感じて
あくびが出そうになった。
けれど、
依頼“人”の前ということもあって、
そのあくびをなんとか噛み殺した。
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