青空が広がる清々しい日に、
厄介な依頼人が来た。
その依頼人は、
素直なのだが少々面倒臭く鬱陶しい。
しかも、
正確に言うと、依頼“人”ではない。
なんと言えばいいのだろう。
人とまったく見分けがつかないが
人ではない生物からの依頼を引き受けた、
とでも言えばいいのだろうか・・・
でも、
本“人”も自身の事を依頼人と言ったから、
この際、依頼人でいいのかもしれない。
人間の記憶を捕食して生きる
地球外生物メモリー・イーター。
今、僕と由依さんの目の前にいるのは、
世界共通番号US2016‐JP46、
日本番号46番のメモリー・イーターだ。
ひょろりとした長身で
豆柴を連想させる顔をしている。
僕らはこの46番に
記憶を捕食されている。
そんな46番には、
ちゃんと名前があった。
「アメリカにいた頃は、
Luke Starman(ルーク・スターマン)
と名乗っていました。
日本に来てからは、
星賀光(ほしが ひかる)と
名乗っています」
僕らと46番には因縁がある。
しかし、
依頼人なのだから、ここはちゃんと
名前で呼ぶべきなのだろう。
僕らは46番を
星賀さんと呼ぶことにした。
「ところで星賀さん。
予知能力があるんですから
探して欲しい女の子の名前や
通っている小学校くらいは
わかってるんですよね」
由依さんが星賀さんにそう聞いた。
こういう時に特殊能力というものは
遺憾無く発揮されるべきだろう。
この依頼、
比較的手懸かりが多いかもしれない。
それに彼は、
記憶を捕食している生き物なのだから
記憶力は並外れて良いのだろう。
僕はそう勝手に思っていたのだが・・・
「あー・・・名前ですかぁ・・・
えーと・・・・・何だっけ・・・」
もしやコイツ・・・
「ん~・・・・・あ・・わかりません」
やっぱりそうかっ!?
何年地球外生物やってるわけ!?
こういう時のために
特殊能力ってあるんじゃないの?
それは人間の都合ってやつ?
でも、使えねーコイツ・・・
しらけた空気が事務所に充満した。
由依さんがぼんやりと
自身の手元を見ていた。
その手には、
メモリー・イーター確保専用の
手錠があった。
由依さんが何を思って
手錠を見ているのかはわからない。
けれど、もし僕が由依さんなら、
こんな事を思うだろう・・・
今からでも遅くない、
コイツに手錠を掛けてしまおうか・・・と。
どうやら僕も少しの間、
手錠を見つめていたようだ。
星賀さんは、
僕らの視線の行き先に気がついたようで
慌てて話し出した。
「ボクなりに記憶の残り香を頼りに
女の子を探してみたのですが、
見つけ出せなくて・・・
あっ、でもその女の子の
似顔絵だったら描けます」
彼はそう言うと
床に置いていたバッグパックから
スケッチブックと鉛筆を取り出した。
そして、
真剣な表情で鉛筆を持つ手を動かした。
その動きはまるで玄人ようで、
紙と鉛筆によって奏でられる摩擦音は
やたらと滑らかだった。
星賀さんは、
ものの数分で似顔絵を描き上げた。
彼が見せてくれた
その似顔絵の出来栄えに
僕と由依さんは目を見張った。
それは、
白黒なのにどこか温かみがあり、
笑顔の少女が生き生きと描かれていた。
僕らは感心して、
その似顔絵を讃えていた。
「ボク、画家というか、
イラストレーターというか・・・
一応絵を描いて生計を立ててまして」
星賀さんはそう言うと
少し頬を赤くし頭を掻きながら照れた。
その照れ方は可愛げが有り、
やたらと人間臭かった。
彼は少女の似顔絵を僕らに手渡すと、
どこか懐かしむように目を細め
遠くを見た。
そして、
自らの事を語り始めた。
星賀さんは、
今から約二十五年前に
地球に降り立ったという。
初めて記憶を捕食した地はアメリカで、
最初の被捕食者は
大学で近代美術史を専攻し、
イラストレーターを志していた
学生だったらしい。
その学生の記憶を捕食したことで、
絵を描く事に興味を持ったという。
そして、
最初の被捕食者に敬意を払い、
その学生が好んで身に付けていた
黒のキャップと
カーキ色のモッズコートを
着るようになったようだ。
最初の被捕食者の
ファーストネームはルークだという。
その被捕食者ルークさんが、
誕生日に友人からプレゼントされた物が
内側の踝部分に星があしらわれた
定番のハイカットスニーカーだった。
そこからラストネームに
“スター”を入れることを思い付き、
Luke Starman(ルーク・スターマン)
にしたという。
また、ルークという名前にはラテン語で
光を導くという意味があるらしい。
その意味から連想した心象風景は、
夜空に導かれた光が星になり
キラキラと瞬いている感じだったという。
それで日本名を
星賀光(ほしがひかる)にしたそうだ。
つまり、メモリー・イーターには
本来名前はないということだった。
絵は見様見真似で描き始めたようだ。
描いていると楽しくなり、
段々と悦びを感じるようになったらしい。
そんな時、道行く人に
「その絵を販売してみてはどうか」
と声を掛けられたという。
それをきっかけに、
アメリカ各地で露店を開き
ハンドメイドのポストカードを
販売するようになったそうだ。
そして、そのついでに、
人間観察をし、捕食の起点となる人物を
見つけていたらしい。
そんな生活を五年程続けたある日、
一人の少年がクリスマス用の
ポストカードを買い求めに来た。
その少年にお釣りを手渡した時、
星賀さんは自分好みの匂いのする記憶を
見つけたらしい。
その少年の記憶を読み取り、
ターゲットとした記憶の持ち主が
日本にいるとわかると、
拠点をアメリカから日本に移す事を
迷わず決めたという。
その少年とは土生さんの事、
そして、
ターゲットである記憶の持ち主とは、
由依さんと僕の事だった。
「お二人の記憶は、ボクにとって
極上のスイーツみたいなものです」
星賀さんはそう言うと、
生唾を飲み込んだ。
やめろっ!生唾飲むなっ!!
星賀さん曰く、
メモリー・イーターにも味覚があり、
人間でいうところの
甘党、辛党みたいなものがあるらしい。
因みに星賀さんは甘党なのだそうだ。
彼は、たいして知りたくもない情報を
ニコニコしながら教えてくれた。
「本当に美味しかったです」
いや全然嬉しくない。
「ただ甘いだけではなくて、
所々甘酸っぱかったり、
少し辛味が利いていたり、
大人になってからのビターな感じも
どれも味わい深くて・・・」
チョコレートみたいだな・・・
嗚呼、でも何だか妙に気恥ずかしい・・・
「特に彼女の味わいはたまりません」
おいっ、変な言い方するなっ!
「もう想像しただけで
ヨダレが出そうです」
出そうじゃなくて、出てるからっ!
ってか、そんなとろけそうな顔で
由依さんを見るなっ!!
「せめて匂いだけでもっ」
やめろっ!!!
それじゃ、
ただの変態じゃないかっ!!!!
星賀さんは、
由依さんの匂いを嗅ごうと
身を乗り出して来たので、
僕は慌てて彼を制止した。
油断も隙もあったもんじゃない。
「ああっっ、ごめんなさい」
我に返った星賀さんは、
顔を真っ赤にして謝った。
「そんなに僕らの記憶って
美味しかったんですか?」
僕がそう聞くと、
星賀さんはこんな風に応えた。
「美味しかったです。
空腹が満たされるだけで
幸せを感じますけど、
とても美味しいもので
腹を満たせる事は、
この上なく幸せな事だと思うんです。
だから、お二人の記憶をいただく時は
幸せを噛み締める感じでした」
僕は何故か、坂道グランドホテルの
パティスリー欅でしか提供していない
スペシャルメロンショートケーキを
思い出していた。
星賀さんにとって僕らの記憶は、
あのケーキに匹敵するのかもしれない。
いや、違うか・・・
僕らにとってあのケーキは
ただの贅沢品だ。
食べても食べなくてもいいもの。
けれど星賀さんは
人間の記憶を食べなければ
生きていけない。
人間は穀物や野菜、動物の命をいただく。
星賀さんたちメモリー・イーターは
食料である人間の記憶を獲るために
人間を殺したりはしない。
ましてや、
意地汚く一人の人間の記憶を
食べ散らかすようなこともしない。
それに、
余った記憶は律儀に返還してまわる。
考え方によっては、
メモリー・イーターは人間よりも
遥かに高潔な生き物なのかもしれない。
僕は由依さんの手元に
そっと手を伸ばし手錠を握った。
彼女はハッとした顔をしていたが、
僕を見ると小さく頷き
手錠から手を離した。
僕はその手錠を
後ろポケットにねじ込み、
星賀さんの視界から消した。
何となく感覚的な問題なのだけど、
これで星賀さんと僕らは、
正式に依頼人と探偵の関係に
なったような気がした。
星賀さんは真面目に、
だけど何だか楽しそうに
何枚も何枚も女の子の絵を描いた。
登下校している女の子、
制服姿の女の子、
友達と遊んでいる女の子、等々・・・
それはまるで
変態ロリコンストーカー
のようにも見えた。
たぶん人間だったら完全にアウトだろう。
でも、絵を描くことが
心底好きなのだということはわかった。
そんな事を思いながら
星賀さんが描く少女の絵を見ていたら、
一枚の絵に目が止まった。
それは少女が猫を抱いている絵だった。
僕はその猫に見覚えがあった。
「星賀さん、この猫の毛色って
わかりますか?」
すると星賀さんはニコリと笑って、
「白ですよ。綺麗な毛艶の白猫です」
と言った。
もしかして・・・
「では、この白猫の名前はわかります?」
そう聞くと彼はコクッと頷いた。
「たしか、ユイという名前です。
女の子のおじいさんが
飼っている猫だったと思います」
あっ、ビンゴッ!!
由依さんと目が合った。
彼女は微笑んでいた。
僕らには探偵としての
運があるのかもしれない。
それと、どうやら星賀さんの猫好きが
吉と出たようだ。
ユイと言う名の
白猫を飼っているおじいさんは、
たぶん片流楢(かたるなら)さんだ。
そして、片流楢さんには、
近くに住んでいる孫娘がいる。
だけど一点だけ引っ掛かった。
この絵の少女は片流楢さんの孫よりも
たいぶ幼く見えた。
僕は、
「この女の子に最後に接触したのは
いつですか?」
と星賀さんに質問した。
すると星賀さんは、
「三年前です」
と即答した。
小学生なら三年もあれば
かなり成長するはずだ。
ということは、
この絵の女の子は片流楢さんの孫娘
望来(みらい)ちゃんでほぼ確定だろう。
「星賀さん、この女の子なら
知ってますよ」
そう言うと、星賀さんは、
「本当ですかっ!?」
と興奮気味に立ち上がった。
そして、彼は子供のように
ピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。
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