僕の中の固定観念というやつが
崩壊していた。
凝り固まったモノが
解れるというのは良いことなのだろう。
だけど、
こうもガタガタ音を立てて崩れていくと、
どうしようもないくらい力が抜けてしまう。
僕らの目の前にいる依頼人は
地球外生物だ。
依頼人は、
探し出して欲しい少女が特定できた途端、
立ち上り飛び跳ね喜びを表現した。
普通に日本語を話し、
見た目は人間そのもの、
それでいて、どこか可愛いげが有り
子供のように無邪気。
これが僕が知っている地球外生物
メモリー・イーターだ。
人間よりもずっと穏やかな生物。
それでも幼い頃から時々見ていた
フィクション映像なんかで、
地球外生物とは“こういうもの”
なんていう考えがこびりついていた。
常識を疑え、固定観念にとらわれるな。
そんな言葉をたまに耳にするが、
K探偵事務所の中では
今まさにその言葉が体現されていた。
ソファーに座り直した星賀さんは、
床に置いていたバッグパックを持ち上げ
膝の上に乗せると、
何やらゴソゴソと取り出した。
「これ、報酬として
受け取ってもらえませんか?」
それは、ブロンズの額縁に入った
A4ノートサイズ程の二枚の絵だった。
一枚の絵には、
黄葉した大きな木の下で、
段ボールに入った白猫を撫でる
小さな女の子と男の子が描かれており、
もう一枚の絵には、
クリスマスツリーのオーナメントに
じゃれつく黒猫が描かれていた。
「あ、すみません。
急に現金を用意できなかったもので・・
でも、ボクの絵、
一応それなりの価格で
取り引きされてるんですよ」
星賀さんはそう言うけれど、
こちらとしては半信半疑だった。
僕らの顔色を察すると、
星賀さんは少し不満そうな顔をして
言った。
「あの、本当ですよ、
嘘はつきませんから。
Luke Starman(ルーク・スターマン)
で検索してみてください」
僕らは言われるがまま
星賀さんの英語名で検索してみた。
すると、かなりの件数がヒットした。
正体不明の人気画家・イラストレーター
なんていう見出しもあった。
多くの見出しの中から
オークション履歴というものを見てみた。
そうしたら、目が点になってしまった。
ノート程のサイズの絵が
日本円に換算すると
500万円前後で落札されていた。
あまりの金額に呆然とし、
僕は口をだらしなく開けていた。
「有名どころと比べたら全然ですけど、
マニアもいるみたいなので、
後で売ってください。
この絵が報酬ということで
いいですよね」
充分すぎます・・・
もう怖いくらいです。
僕と由依さんは、あまりの衝撃に
たぶん笑顔が引き攣っていた。
星賀さんはそんな僕らを見ながら、
満足そうに微笑んだ。
地球外生物って、すげぇ・・・
そんなこんなで、
何とか気を取り直した僕らは、
望来ちゃんに接触するための
予定を立てる事にした。
星賀さんが描いてくれた
望来ちゃんの絵には、
制服姿の絵もあり、
その制服から小学校は特定できた。
自宅は片流楢さんの家の近所で、
スープの冷めない距離だと
以前聞いていたから、
片流楢さん宅から
徒歩五分圏内にはありそうだ。
だから、
自宅の特定も直ぐにできるだろう。
問題は、
どこで望来ちゃんに接触するかだ。
子供に接触を図るわけだから、
下手に動けない。
近年、不審者の声掛けや
連れ去りが相次いだため、
町内の老人会等が登下校の時間帯に
見廻りをしている。
その見廻組に
不審者扱いされないことが大事だ。
何故なら、
過去に不審者扱いされ
調査を棒に振ったことがあるからだ。
だから、
望来ちゃんの生活パターンを掴んでから
接触した方がいいと僕らは判断した。
その事を星賀さんに提案すると、
彼は少しのあいだ考え込んだ。
「ボクも確実な方法を
選びたいのですが・・・
実のところ、ボクはもうn・・・」
星賀さんが
そう途中まで言い掛けた時、
事務所の玄関チャイムが鳴った。
ドアの向こう側にいる人は、
どこか急いでいるようで、
何度もチャイムを鳴らしドアを叩いた。
今、事務所はブラインドを下ろし、
鍵を閉めた状態だ。
星賀さんからの依頼を受けると決めてから、
念のため外を警戒していた。
依頼を受ける以上、
依頼人を優先させるのが礼儀だ。
誰だろう・・・
急ぎの依頼だろうか?
すると、聞き覚えのある声がした。
その声の主は、
「由依ー、平手くーん」
と僕らを呼んだ。
僕と由依さんは思わず顔を見合わせた。
理佐さんだ・・・
ヤバいっ!? どうしよっ!?
外には窓掃除の道具が
出しっぱなしなっており、
窓掃除自体がまだ途中だった。
今の状況で勘の鋭い理佐さんに対し
居留守を使っていいものなのか?
どうなんだ!?
この狭い事務所、隠れられる所といえば
机の下くらいだった。
僕は星賀さんの手を引き、彼を無理矢理
机の下に押し込んだ。
それを確認した由依さんが解錠し、
ドアを開けた。
突然ドアが開いたので、
理佐さんは驚いた表情で由依さんを見た。
「理佐どうしたの?」
由依さんが落ち着き払った声で
そう言うと、
「あっ、ビックリしたぁ~
いきなりごめんね」
と理佐さんが安堵の表情を浮かべた。
けれどその目差しはどこか鋭く
隙がないように見えた。
「この辺りで
46番が出没したらしいの。
それで、見廻りに来たのよ」
ここにも見廻組がいた・・・
僕らは、「へぇー・・・」とか、
「そうなんだぁ・・・」なんていう
歯切れの悪い返ししかできなかった。
事務所には、
どこか張り詰めた空気が漂っていた。
自身の鼓動が飛び跳ねたように脈打ち、
それは耳障りなBGMとなっていた。
理佐さんの視線は
周りを見渡すように動き、
どういうわけか僕の足下で止まった。
その視線に僕は足がすくんだ。
ゆっくりと恐る恐る自分の足下を見た。
「あっ!?」と思わず
声が出そうになったのを堪えた。
僕の足下には
黒のキャップが落ちていた。
それはたぶん
僕らよりも理佐さんの方が
幾度となく見ているであろう
メモリー・イーター46番が
身に付けているアイテムだった。
これは言い逃れできない・・・
僕は手錠を掛けられ、
地球外追放される星賀さんを
想像してしまった。
うわぁ・・・星賀さん、ごめん。
すると、理佐さんは
くるりと僕らに背を向けドアを開けた。
そして、
「仕事の邪魔しちゃってごめん・・・
探偵が二人の天職なのかな・・・うん、
あとは任せたから!じゃあ、また」
と言い、
背を向けたまま右手を振って
事務所を出ていってしまった。
「理佐、気がついてたよね・・・」
由依さんがポツリとそう言った。
僕は、
「うん」
と二文字の返事しかできず、
ヘナヘナと椅子に座り込んでいた。
もしかしたら理佐さんは、
僕らが記憶保安管理局に復職することを
望んでいたのかもしれない。
でも、
彼女は僕らの意志を尊重してくれた。
少し遠回しに、
僕らに探偵のままでいて欲しい
と言ってくれた。
それは今の僕らにとって
何よりも嬉しい言葉だった。
“あとは任せた”かぁ・・・
僕らと46番との因縁。
その落としどころは何処なのか、
僕にはわからない。
ただ、探偵として
この因縁と向き合えたというのは、
やはり僕らにとってこの仕事が
天職なのだと思わずにはいられなかった。
あ、忘れてた・・・
机の下を覗くと長身の星賀さんが
体を折り曲げるようにして収まっていた。
手を貸し引っ張り出すと、
彼は真っ赤な顔をしていた。
よほど窮屈だったのだろう。
すると星賀さんは
口元を緩めてこう言った。
「あの人、綺麗な人ですよねぇ。
理佐さんって言うんですかぁ・・・
彼女に追いかけられると
もっと追いかけて欲しくて、
逃げたくなってしまうんです・・・
理佐さんかぁ・・・うふっ」
開いた口が塞がらなかった。
メモリー・イーターは
記憶保安管理局に捕食した記憶を
申告しなければならない。
度重なる申告漏れがあると
地球外追放される。
星賀さんはたしか地球外追放が
決まっていたはずだ。
もし、申告漏れの理由が、
理佐さんに追い掛けられたいから
だったら洒落にならない。
まあ、地球外生物の性癖も
多種多様ということなのだろう・・・
すると、由依さんがしれっと、
「理佐、結婚したわよ」
と言ってのけた。
その言葉で、
紅潮していた星賀さんの顔からは
見る見るうちに赤みが引き、
彼はしょんぼりと俯いてしまった。
なんてわかりやすい地球外生物なんだ・・・
名前を知った日に失恋するなんて
少しだけ可哀想に思ってしまった。
由依さんは僕を見るなり
舌をペロッと出して戯けてみせた。
さっきの一言は、
“名前の記憶”を捕食された彼女の
ささやかな復讐だったのかもしれない。
彼女の戯けた顔は
どこか涼やかに見えた。
そんな彼女を見て、僕は自分の顔が
自然と綻んでいくのがわかった。
僕らは因縁相手を前にして
微笑み合っていた。
これって結構すごい事じゃないか!
でも、まだまだ
秋晴れのような心とまではいかない。
それでも、
僕らはこうやって
少しずつ前へと進んで行ける。
それを確認できた気がした。
誰かのお腹が鳴った。
そろそろ昼食にしよう・・・って、
えっ・・・
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