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友人、のぶ氏が来年2/21日、心斎橋バロンにて開催するアニソンメインの音楽イベント、

「アニバース」のフライヤーを描かせていただいた。

アニバースの由来は、

アニメ+のぶ氏の父の誕生日が2/21というところから来ている。

だが、この言葉にはそれ以上の沢山の意味が、関わる人達によって込められる事になるだろう。


それは、

彼にとっての「anniversary」となり、

それは、

私にとっては絵描きとしての「rebirth」の時となり、

そして、これは、

このイベントに関わる全ての人達が織りなす「universe」に成り得るもの。


"君はきっと宇宙でできた一粒の8分音符だから、どこへでも行ける"



音符は、同じ形をしていても、在る場所によって、楽器によって、また、他と合さる事で、

無限の音色を奏でる。

人と音楽の在り方はよく似ている。


奏でたい音楽を奏でればいい。

生きたい人生を生きればいい。


2月21日、アニバース。

人と音楽でできた宇宙に、

是非、貴方も。

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「あんたたち人間しゃんは、ほんとおかしな生き物でチュねえ。 まるで、バラバラになったカガミのかけらのようでチュよ。」   チュチュ(Xenogears)


写真とセリフはさして関係は無い。


さて、ゼノギアスというゲームが、
私の人生観に与えた影響は大きい。

最近特に、人を鏡の欠片と考えるようになった。

他人を見るとき、
自分じゃない誰かを見ているようで、
実は少し違った形で投影された自分を見ているのだと私は考えている。
鏡の欠片は一つ一つ違う形をしているから、
自分自身を映してしながら、違ったように見える。

誰かの良い面を見るとき、それは、
自分自身が持っている、あるいは欲している自分自身の面が見えている。
誰かの嫌いな面が見えた時、それは、
自分自身が密かに持っている、或いは持っていると認めたくないよ自分の一面をその人に見ている。

誰かに語る言葉は、実は自分自身に言い聞かせるための言葉でもある。

自分では無いと思っているものは、自分自身の別の表現のされ方の結果。

他者をみているのではなく、他者に映った自分の一面を見ている。


そして今日、ある本からとても面白い言葉を得た。
私のこの人生観にとても馴染む言葉。


「鏡は先に笑わない」


鏡に映った自分を笑わせる唯一の手段は、
自ら笑うこと。


世界は、本当によくできているものである。
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一日(ほぼ)一食を始めて三ヶ月くらい経った。
友人といる時には昼食を取ることもあるので、厳密に毎日という訳では無いが、
平日で特に変わったイベントが無ければ、夕食しか取らない。

身体の調子は良好。
体重の減少も落ち着いて、ここ一ヶ月くらいは学生の時の体重ー1キロをキープ。
たまに気分が悪くなるが、そういう時はだいたい一日一食のリズムが崩れた時。

これまで昼食を取るのに使っていた時間は英語の勉強、読書にあてている。
昼からの仕事も殆ど眠くならなくなった。

よく、三食食べないと脂肪の吸収効率あがってかえって太る、などと言われるが、
実際やってる身としては、
いったい、どういう食べ方をしたら一日一食なのに太るのか、
と思う。
その一食を適当に大量に喰ってるんじゃないか。

私の場合は、
サラダと味噌汁、納豆、あとはその日の気分で肉やナッツを食べている。
米は食べない。
炭水化物を抜くダイエット…というか、単に、米を炊いてもすぐに消費しきれないのが嫌なので炊いてない。


冒頭であげた写真を撮った時のように、外食するときには米をいただいている、というより外食で炭水化物を取らないようにすることはかなり難しい。

外を出歩けば大半は食べ物の店、
テレビをつければ大半は食べ物の宣伝。

世界は太りやすいもので満ちている。
同時に、痩せるための商品でも満ちている。
二つに共通するのはお金がかかるということだ。

ならば、考えられるのは、
ダイエットの悩みが、何かによって仕組まれた悩みである、ということ。