中野信子さんの「努力不要論」という本を読みました。

今の、この歪に感じる世界の在り方の原因の一つを示唆している本かと思います。


努力してる姿は美しくみえる。

けど、それを利用して、人を使い潰す存在がいる。

努力して、自分の願いを達成するのはいい。

けど、

自分の願いじゃないもののために、

無駄な努力を強要させられる事が多い世の中です。

長い時間かけて洗脳され、

やがて自分の願いさえ、自分の幸せさえすり替えられる。

死の間際まで、或いは死ぬまで、

その間違いに気づかない。


やたらと苦しい思いをする努力を強要する存在を私は憎みます。

そんな努力でも、続ければ何かを達成できるんですが、

達成した時にあるものは、達成感ではなく、

「もうこの努力をしなくていい」という安堵だけです。

実際のところは、さらなる成果を求められて、さらに苦しい努力をさせられる事になるんで、結局この安堵も一瞬だけだったりしますが。

苦しい思いの積み重ねの先にあるものは、さらなる苦しい思いです。


やってよかった、とか、達成感を感じることができた時の努力は、
だいたい、しんどさ以上に楽しさが伴ったものでした。
自分の感情が素直に表現できて、これが上手くいったら人に楽しんでもらえる、というワクワク感みたいなものが伴うものでした。

もちろん、この楽しさも、誰かに強要されるものであってはならない。

何を楽しむかを決めるのは自分です。



しんどいだけの努力なら、

その努力はきっと、

間違ってるんです。

それこそ、

報われ得ない努力なのだと、

私は思います。