私は不言実行を人生のテーマにしているし

それがかっこいいと思っていて

そんなかっこいい自分であるためなら

頑張れる!という原動力に繋がっている。


あ、そろそろ冷蔵庫掃除しなきゃな

と思ったら

今すぐやるか、

もしくは直近でいつできるか考えて

今日、明日でやる。

もし忘れそうならカレンダーアプリに入れておく。


私の価値観では

有言実行の「有言」すら必要ないのでは?と思っている。

やることを誰かに宣言する必要があるのか?

会社やチームならそう言うこともあるだろうが

チーム全体でやることではなく

個人でやる行動に発言は必要なのか?

と思ってしまう。



夫はそうじゃなく

「そろそろ冷蔵庫掃除した方がいいね」

と口に出すタイプだ。


これは暗に私にやれと言っているのか?

ただの情報共有なのか?

自分は冷蔵庫掃除をする気がある、というアピールなのか…?


一つ分かっていることは

このまま待っても一向に冷蔵庫掃除はされず、

「俺は冷蔵庫掃除しようってずっと言ってたよね」

と怒り出すということだ。



私はこういう時

陰で他人に夫の悪口を言ったり

勝手に敵対心を燃やして

「どうせ夫は〜だから、私が〜すれば気が済むんだろ?」

といじけて我慢したりはしないように、

心掛けている。


私のポリシーとして

こういうパートナーへの違和感は

他人ではなく、夫本人にぶつけなければ

本当の答えが出ず、効率が悪い

と言う考えだ。


(とはいえ10個問題があったときに流石に10個全部夫に指摘するわけにはいかない…。2個はすぐに言う、6個は様子を見たり時間を開けて言う、2個は一旦我慢する、といった具合だ。この要領で、夫の問題に対する私のタスクが膨大に増えていくのは正直ストレスは大きい。これを繰り返していくことで将来的に問題の数を減らし、その場で指摘するだけで済むようになることで私の抱えるタスクも減っていく算段だ。)


なぜ自分が宣言したことが実行されない時に

私に腹を立てるのか?

行動する現実的な予定がないのになぜ口に出すのか?

試しに夫に聞いてみた。


すると、口に出すのは自分の中の確認だそうだ。

冷蔵庫掃除しなきゃな、

と思ったことを心に収めておくよりも

口に出すことで

一歩実現に近づけたい、記録したい、

自分が動く原動力にしたい、

と言うことだそうだ。


私から見た感じ

口に出して満足して終わってしまっている気はするのだが…。


そして、それが実行されないとき

なぜ私に腹を立てるか?

これは無意識に私に甘えてしまっているのだそうだ。


夫は私のことを、完璧な人だと思っている節がある。

やるべき事はやる、

必要なことは必ずきちんとやってくれる、

正しいことを選べる、

教科書のようにできているのが当然でデフォルトで

それができていないのは異常だ、

なぜできていないんだ、

と責めてしまうところがあるとのことだ。


子供の頃、私も

無意識に大人はなんでもできるのが当然だと思っていた。

それと同じ仕組みだそうだ。


理解はできるが、

私は人間で、同じ歳の対等なパートナーだ。

間違いもあり、面倒がることもあり、

冷蔵庫掃除したくなるタイミングも夫とは違うことがある。


夫が口に出せば

私が聞いて、やってくれると思うのは

あまりに身勝手だ。

ここは夫の課題として、私離れし、

自分がやりたいと思った事は自分でやってもらわねば困る。



他にも

「一生トイレ掃除俺がするから、トイレのブラシはこれにして!」とか

「俺のせいで私に迷惑をかけた分、数年後にボーナスから〇〇円分のプレゼントをしたい!」とか


妙に大きな事を言ってその場を収めようとする節がある。

「それが叶わないなら、もう俺はこの家には住めない!」

とかいう脅しもセットで付いてくるので私は承諾するしかないのだが…。

もちろんトイレ掃除は結局、

それから半年間一度も夫はやっていない。

数年後はまだ来ていないがプレゼントもくれるかどうか期待はできない。



本当に口ばかりよく動いて、

行動をしないのは

恥ずかしくないのか?

嘘ばかりついて気まずくないのか?

行動をせずにどう言う仕組みで毎日暮らしてる?

本当に不思議だ。


指摘しても正当化したりかわしたり、

色んな話題を出してきて面倒くさいから話すのを辞めようと思わせるのが上手い。

自分を守ることには異常に長けている。

本当にやったもん勝ち、言ったもん勝ちの仕組みは悲しいなと思うが


私は嫌な事はすぐに忘れてしまうし

やったもん勝ちでやりたい放題するには

良心が邪魔して罪悪感が勝ってしまう。

私はどうしたって泣き寝入りする側の負け組なんだよな、

と思いながらも


記憶力とストレスと体力と時間のバランスをとりながら

必要だと思った部分は夫と話し合っていくしかないのだ。