ナナメ俯瞰から見た僕 -708ページ目

しじゅう惑ってます

40歳になりました。



しんりさん、ありがとうございます。
プレゼントのシステムがどういうものなのか、まだいまいちよくわかっていないのですが、失礼があったらすいません。




ブログでは40、40って書いていましたが、
正直、自分で言うほど数字に節目的な意味は感じていないです。
もう30超えてしまうと、どうでもいいっていうか。
二十歳みたいに、法律的に何か変わるわけでもないし。

「40歳になるまでは、回るところ以外の鮨屋に入ってはいけません」とか、
「お酒の中でも、純米酒が飲めるのは40歳を過ぎてから」とか、
「銀座のクラブに40歳未満は行っちゃいけません」とかいう法律でもあったなら、
少しは何か感じるところがあるんでしょうが。
あ、銀座のクラブにはべつに行きたくないや。

見た目は若いとよく言われる僕ですが(言われるんですってば、ホントに)、
実は中味もあまり成長していないので、
高級クラブなんか行った日にゃ、
自分の半分ぐらいの歳の女の子にすら子ども扱いされちゃうのが目に見えてるし(^_^;)



ところで、40歳になった人が、誕生日に書くブログ記事は、
おそらくその多くが
「不惑になったけど、惑いっぱなしです」
みたいなことになるのだろうから、
筋金入りの天の邪鬼である僕としては、ここはあえて、

う~ん、惑ったことなんか、一度もないっすね。
もう、びしーっと一本の道が伸びてるっていうかァ、
俺が通った後にィ、
道ができるっていうかんじ?(クチャクチャ)

ぐらいなことを言ってみたいところではありますが、
(あれ? なんでゴーマンな若者風?)
嘘書いても仕方ない。
いつも惑ってますねぇ。
いつまでこうやっていられるかなぁ、とか。



僕は、大学2年の時に親父を脳腫瘍で、
就職して4~5年目ぐらいの時にお袋を大腸癌で亡くしてまして、
それぞれ享年55歳と50歳だったものですから、
織田信長の人間50年じゃないですが、
60歳ぐらいまで生きられりゃそれでいいや的な感覚があります。
親父の脳腫瘍は、たまたまできたところが悪かったのですが、
母方は癌家系で、叔父もがんで胃を取っちゃっているし、
たぶん俺もそのうち癌にかかって死んじゃうんだろうな、と。

そういう意味じゃ、40歳なんて、
人生の折り返し点をとっくに過ぎて、
もはや終盤にさしかかりつつあるわけですな∑(゚Д゚)

両親の死は、何気に大きな影響があって、
僕がフリーランスで編集やライターの仕事をしているのも、それと無縁じゃありません。
僕が大学4年生の時は、まだバブルが弾ける寸前で、
企業に就職しようと思えば、高望みしなきゃどこにでも行けた(と思う)のですが、
「生きてるうちに好きなことしなきゃつまらない」と、好きな本やザッシの世界に行き、
その後「もっと自由に仕事がしたい」と、後先考えずにフリーになっちゃいました。

ちなみに、名古屋の実家には妹がいるのですが、
彼女もお袋が亡くなってしばらくしたら、
それまで勤めていた某教育大手企業を辞め、
ガーデニングの仕事を始めました。
たぶん、同じようなことを考えたのでしょう。

何だか、兄妹そろってたがが外れてしまったような。

もちろん、親父やお袋の人生をつまらない、というつもりはまったくないですよ。
そもそも、何か人生に後悔することがあったのかどうかもよくわかりませんし。
生んでフツーに育ててもらったことに対して、ただただ感謝あるのみです。

でも、人生、どこで終わりが訪れるかわからない。

やっちまったことで悔やむよりも、
やらなかったことについて、
後で、ああしたかったこうしたかった、
と考えるほうがもっとイヤじゃないですか。




ん? 待てよ?
そう考えると、僕って何だかまだ、言うほど
やりたいことをやっていないような気もしてきたぞ。
まだぜんぜんやりきっていない。
「いつまでこうやっていられるかなぁ」なんて、
後ろ向きなこと考えていてどうする。
惑っているヒマなんかないでしょ。
もっと冒険しないと。

って、記事を書き終えてもいないのに、
途中の自分につっこむなんて、
何やってんだかなぁ(・・。)ゞ

でもホントに、これで惑いを捨てて、不惑といきたいですね。
いや、不惑でいこう!





ところで…。
さっき、うちの母方は癌家系と書きましたが、
じつは父方は親父を別にすれば比較的長寿な家で、
祖父なんか96歳まで生きたんですよね…。
そっちの可能性なんか、まったく考えていなかったのですが、
もし長生きしちゃったら、どうしましょうかね(;´▽`A``