前に読んだ本で「人間の意識は1秒で変わる」と書いてありました。
そのことと近いと思うんですが、最近よく考えることがあります。
私は学生の頃、凄くお金に困っていました。
6千円の家賃のアパートに住んで、睡眠時間はバラバラでしたが、平均2時間程度でした。
それも夏場眠っていると、シロアリが体中を這っていて、むず痒くて目を覚ますことがよくありました。
シロアリに噛まれた事があるのは、世界広しといえども、先進国の人間ではあまりいないのではと思います。
(ちなみに中学の時にアルバイトしていた喫茶店でゴキブリに噛まれたこともあります)
バイト代が入っても、支払いに全部消えてゆく現実に、心が折れそうになって「死にたい」と思った事もありました。
まぁ自業自得なんですが。。
私がその経験をして決断したことは「絶対に前のような生活するのは嫌だ」ということです。
そのことが志となり、仕事や生活基盤の行動になって現れているんだと解釈しています。
以前に釣り鐘を作っている会社の社長さんの話を書きました。
その社長さんはこんな志を持って生きてらっしゃいました。
戦争中に徴兵された社長さんは(その時は社長じゃありませんが)軍から指令を受けて、機銃の弾丸を製造していらっしゃったそうです。
当時から日本は金属や石油など、ほとんどと言っていいほど輸入に頼っていました。
戦争中は当然輸入も規制されていて、材料不足に陥っていたようです。
ちなみにゼロ戦の機体は、一部紙で出来ていたそうです、なるほど軽くて小回りがきくはずです。
それでお寺にある釣り鐘を材料に、全国の寺院から軍がかき集めて、その青銅と溶かして加工していたそうです。
当時300貫以下の梵鐘は終戦までかき集めたそうで、その青銅を溶かして海軍の戦艦や弾丸などを作ったそうです。
Kgで言うところの1,125Kgですね(1貫=3.75Kg)
社長さんは寺院のシンボルである梵鐘を、割ってバラバラにして溶かしていくことが、とても辛かったと仰っていました。
戦争が終わり、実質社長さんは失業します。
そして、国に言って、銅を溶かすための炉を払い下げで安く分けていただいたそうです。
土地も払い下げてもらって、そこに工場を建てました。
炉を使って、自分が溶かしてきた青銅の梵鐘を各地の寺院に復活させたいと思ったからでした。
自分が心苦しくも溶かしてきた梵鐘に対しての償いの気持ちもあったと仰っていました。
奈良時代の製法を独学で勉強して、全国各地に粘土や砂、土などを探して歩いて、何年か後に梵鐘を作ることに成功したそうです。
そして、全国各地の寺院を回って梵鐘を軍に持っていかれたかどうか、行脚されたそうです。
1件見つけて、また1件見つけてとしているうちに、重要文化財の復元や国宝のレプリカを製作するようになっていったそうです。
また、はじめは1人で始められたそうですが、そのうちに1人職人が入ったり、鋳型や原型の先生の生徒さんが入社してこられたりして、15名ほどの会社になっていったそうです。
今では檀家さんや寺院の関係者さんも大変喜んでおられて、社会の役に立てる会社に成長しておられます。
また、息子さんに代替わりをしていますが、社長さんの意思を継いで、今でも梵鐘や銅像を作り続けていらっしゃいます。
社長さんが戦時中に人を殺す道具を作るのではなく、皆さんが喜ぶものを作りたいと決断された結果が、今に受け継がれているのだと思います。
人間は決断をするとその後の行動が変わります。
そして、行動の結果が因果関係で必ず出ます。
それがよい方向か悪い方向かは行動の結果で、つまるところ決断をするか、しないか次第なんだなって思います。
こうしよう、と思っても、決断しないと結果が伴わないのだと思います。
自分にとって「決断」とは、腹を括る事と思っています。
それは「挫折」する事なく、「あきらめない」事だと思っています。
皆さんと一緒に人生を掛けて、腹を括ってこれからも取り組んでいきたいと思います。
社長さんのケースように、将来私の意志を引きついてくれるであろう誰かのために、精進することを決断いたします。