セカンドライフ -8ページ目

B子『その後…』

それから

B子の母親と引越しを手伝い、パソコンの設定をし、千駄ヶ谷の美味しいレストランでステーキをご馳走になりました。

二人で並んでいる間、B子からメールが来たらしく、母親が見せてくれました。
『すごく優しい人だから、ママも優しくしてあげてね』
少し涙が出そうになりました…散々私は、B子にひどい事をしたはずなのに。

今度会ったときは、きちんとしたいとB子に伝える事にしよう!

その時、決意した事だけは間違っていなかったと、私は今でも信じています。

結果は抜きにして…

『グランド戦争』

当時私は野球部に入っていました。

皆さんも経験あるかもしれませんが、野球部とサッカー部のグランドは一緒の場所にあり、ヤンキーグループの多くはサッカー部に所属していた事から、野球部は多少形見の狭い思いをしていました。

私は多少ツッパッテいたものの、多数勢力を嫌い一匹狼的な存在でしたので当然奴らからは目を付けられていました。

そんな中、かなりカラダを鍛えていた事もあり、直接対決には至りませんでしたが、ある日ヤンキーグループの『タカシ』が因縁をつけてきました。

多分タカシと事を構えると奴らが出て来てしまい、野球部にも迷惑がかかる…とゆーか我が身も危うい。

と分かっていながらも、ヤング(死語)であった私は我慢出来ずにやってしまいました…

新章『ヤング三年寝太郎』

さて、皆さんは『運命』というのを信じるでしょうか?

結論から申し上げますと、そーとしか思えないことが今までの人生の中で沢山ありました。

もっとも良い事ばかりではなく、悪い事にも沢山遭遇しましたので、ある意味では運の総量バランスは取れている。
と言ってよいのかもしれませんが…

最初にツイていると感じたのは高校に上がる時でした。当時私は結構なおバカちゃんで、近隣でも有名なヤンキー中学でした。
それこそ、四階の実習室が集まる階にはヤンキーがたむろし毎日ガラスが割れるような所でした。

私はとゆーとヤンキーになりたかった訳ではないのですが、みんないじめられない為に喧嘩が強くなる必要に迫られ中には、キックボクシングジムに通う奴までいる始末でした。

当時は体罰なんて当たり前で、弱いからいじめられるのだという、皆がある意味ストイックな考えを持って生きていたのだと思います。
お陰で今でも毎日カラダを鍛えるクセがついている訳ですが…