昨年の秋から当院に通院されている関節リウマチのKさんという女性がいらっしゃいます。
リウマチと診断されたのは5年前です。
最初は大学病院のリウマチ科にかかり、リウマチの薬を出され飲んだのですが、吐き気、めまいなどの激しい副作用に耐えられず、そのことを医者に訴えたところ、
「我慢しなさい。ちゃんと薬を飲まないと私のようになりますよ。」
と変形した手の関節を見せられたというのです。(その医者もリウマチだったのです。)
また当時通っていた大学病院のリウマチ科は多くの大学病院同様、待ち時間が恐ろしくかかります。
広いロビーのような待合スペースには大きめのソファーがいくつも置かれ、自分の順番を待つ衰弱した大勢のリウマチ患者がみな一様に苦しそうにソファーに横になっている光景を見て、「私はこんなふうになりたくない!」と現代医学での治療に見切りをつけたそうです。
それから彼女は病気のこと、病院での標準治療のこと、薬のこと、身体のこと、免疫のこと、アレルギーのこと、食のことなど勉強されます。
また病院にかからないで実際にリウマチが治癒した人の存在も大きな助けになりました。
自分がネットや本で得た知識や情報に加え、代替医療の専門家の意見も参考にしつつ、食事を徹底して変えられました。
添加物のない調味料を厳選し、白砂糖、小麦粉を一切使わず、農薬や肥料を使わない自然栽培の野菜を中心にした食事に切り替え、調理器具もアルミやフッ素加工は使わない、など。
時にはファスティングをして身体に蓄積された有害物質、老廃物をデトックスしたり、サプリを使ったクレンズをしたり・・・。
彼女のインスタグラムにはセンスの良い器に配置や彩りを考えて盛り付けされた料理や野菜そのものの写真がアップされていて、まるで雑誌の“Elle”のようです。
徹底した食事療法と言っても本当はあれもこれも食べたいけれど、今は我慢しているという感じではありません。
それぞれに手間暇をかけ、野菜の自然の色彩を生かしたアートのように美しい料理を工夫して、楽しんでやっているのです。
そんな彼女もリウマチと診断された当初は激しい痛みに苦しみ、絶望感でどん底にまで落ちたと言います。
彼女のすごいところは身体の仕組みを勉強して徹底的に生活を変えていったところです。
しかも、何かを鵜呑みにしてそれをそのまま真似するのではなく、自分のフィルターに通して自分に合うもの、自分ができそうなことを自分の身体の声を聞きながら実践されてきたことです。
そのためにはやはり知識が必要なのです。
そうなんです。
これは生き方の問題なんです。
どうありたいか。
どう生きたいか。
たとえば、一般的に治らないと言われる病気になった時、治らない(と言われた)のだから病院で診察を受けて、薬を飲み続けるのか。
あるいは治ると信じてそのためには何を止めて、何をするべきなのか。
自分の今までの生き方を内省し、心のあり方を見直し、ひとつひとつ自然にかなった生活習慣を身につけ、感謝して生きる。
彼女のように自然栽培の野菜を何軒かの農家さんと契約して送ってもらったり、ホルモン剤や抗生物質を使っていない肉や魚を購入するには確かに普通のスーパーよりは高いです。
「そんな高いものを買えない。お金に余裕があるからできるんでしょ。」
と友人から言われるそうですが、その友人たちはブランド物のバッグを買ったり、年に何回も海外旅行をしたり、ネイルやエステにお金を使っていると言います。
結局何を優先するかです。
リウマチは完治しないと病院では言われます。
西洋医学の治療はただ痛みを和らげ、炎症を抑えるのみです。そのために一生、薬(免疫抑制剤、ステロイド)を飲み続けなければいけません。
薬を飲んでいたら変形しないと錯覚しますが、飲んでいても変形する人もいます。
そして身体本来の免疫を抑制する薬を飲んでいるので身体は衰弱していきます。
それでも病院にかかって薬を飲むしかないと思うのか、そうではない、自分で作った病気なのだからその原因は自分の中にあると考え、それを訂正し、生き方を変えるのか。
私は後者の可能性を信じています。
人はなかなか変わることができません。
特に痛い目にあわなければ懲りずに今までの延長線上で生きていきます。
痛みも薬で楽になればなかったこととして過ごします。
しかし根本的に治ったわけではないのでいつまでも自分の身体に不安を抱えたまま生きていくことになります。
絶望からの再生を願い変わろうとするのか、絶望をうやむやにして問題の本質を見ないふりするのか。
難病を患っていることを自分の親しい人に話すと、必ずと言っていいほど
「どこそこの病院がいいよ。」とか「薬はちゃんと飲んだ方がいいよ。」
あるいは「リウマチでも私の知り合いは薬のおかげで元気で普通の人と変わらないわよ。」
とか・・・。
あれこれ言ってくるかもしれません。
おそらくほとんどの人はそういう思考になっています。
でも、これは生き方の問題なのです。
病院の治療が受けたいというのであれば、そういう人はそうすればいいと思います。
しかし他人の生き方をどうこう言うことはできないのです。
ただ病院の治療(現代医学)しかない、そうするしか方途がないと思っているとしたら、やはりいろいろ探してみるべきでしょう。
彼女はまだ完治したわけではありません。
今は確かに手の関節の変形や片方の膝関節の腫脹があるものの、痛みはなくなり、関節の腫脹も少しずつ小さくなっています。
明らかに身体が変わっている手応えを感じています。
そしてただ肉体だけではなく、精神、魂の純化が進んでいると私は感じています。
私は彼女から食や様々な療法の情報を教えてもらうだけでなく、人の生き方として多くのものを受け取っています。