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立国は公にあらず私なり    

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今日は建国間もない南スーダン出身の男性から南スーダンの話や彼の宗教観、生活習慣や文化等を勉強させて頂きました。

彼自身は東京赤羽で生まれ育ち(お父様が職業柄日本に滞在しています)、現在は千葉県在住。

メインテーマ

①イスラム教が宗派を越えてどう言う価値観なのか?
②イスラム教から見る日本
③南スーダンの近代史(植民地として統治されてきた時代から現在の建国までの話)

テーマを通してお互いの共通認識は以下の通り。
日本から見るイスラム社会はメディア・マスコミから断片的な世界しか報道していないと言う事(偏向報道)。
そしてイスラエル(シオニスト政権)の無慈悲で残虐非道な行動は容認出来ない事。
また日本は倫理観が高く、それは近隣諸国のみならず、アフリカや中東の一部地域にも尊敬と感動を与えていると言う事。

ではまず①から。
南スーダンは基本的にイギリス領だった事もあり、キリスト教がマジョリティ。
その中で、彼はイスラム教スンニ派で日本に在住しながらもコーランをアラビア語で読む程の知識レベル(コーランは他言語で翻訳し、それを読んでも正統なイスラム教徒は認めない人達もいており、基本的にアラビア語を通したコーランを読む事が正統なイスラム教徒(ムスリム))。

ムスリムの信仰行為として定められている5行
・シャハーダ(信仰告白)
・サラー(礼拝)
・ザカート(喜捨)
・サウム(断食)
・ハッジ(巡礼)

この中で喜捨とは別名救貧税。
つまり信仰行為の中に恵まれない人達や貧困の人達に救済する価値観が存在します。

「南スーダンではそれで生計を立てて暮らしている人達もいます。」
「その価値観は日本の価値観とも合致しており、とても日本の人たちに共感を覚える。」

とも彼は言っていました。

これを聞いて思った事は日本の利他の精神はイスラム社会でも受け入れられていると言う事。しかし現実は日本のメディア・マスコミが彼ら(イスラム社会)の事を正しく伝えていなく、日本はイスラム社会を全体的に偏見で見てしまっている。
日本社会ではマイノリティの立場に立つ彼らの様な人達に閉塞感を与えているんだと言う事も感じました。

② ①でも触れましたが、イスラム社会は日本の利他の精神を認めており、かつ希望の眼差し(先進国としてイスラム社会に出来る事があるのではないか?)もあるんだと感じました(link 有り)。 このニュースは実際に彼も言及していて、報道されない不都合な真実なんだとやはり感じました。そして現日本政権の流れから非常に憂慮している事も彼の話し言葉のニュアンスで感じました。


③彼はお父様の職業柄日本で生まれ育ったので、そのお父様から聞いた話も含めて南スーダンの近代史を聞かせて頂きました。

スーダン共和国から分離、独立。そのスーダン共和国の植民地時代はエジプトとイギリス二つの国が統治。
エジプトの権力が弱まる中で、イギリスが分断統治(北にイスラム教、南にキリスト教を布教させてイギリス統治の懸念回避が目的らしい)を行い、現在の南スーダン共和国の建国に至ったと言う事。 2011年に建国されてからも北と南の紛争は絶えず、自国経済も彼らの国の財界人の癒着で成り上がっており、それの恩恵に与れない貧困層が数多く存在していると言う話でした。 そのお父様の話曰く、植民地として統治されていた時の方が国民全体はまだ豊かな生活を送れていたとの事でした。




この時代の移り変わりの中で、私達はイスラム社会から憎悪や失望の眼差しでこれから見られていくのでしょうか? 



link 
駐日アラブ各国大使 日本にイスラエルへガザでの虐殺を止めるよう働きかけ要請


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